小塚 千雪 (こづか ちゆき) 同僚とオフィスで(筆者右)
静岡県出身。上智大学法学部国際関係法学科卒業後、静岡県富士市役所勤務。その後国際基督教大学大学院で行政学修士号取得。ロンドン大学コモンウェルス研究所博士課程退学。在エチオピア日本大使館政務班、在英国日本大使館政務班にて専門調査員として勤務。国連リベリア・ミッションでの政務官、及び国連本部政務局アジア大洋州部での政務官を経て、2015年より現職
第1回 国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)小塚千雪さん
~効果的な文民保護と国内避難民の帰還に向けて~
2016年8月27~28日、ケニアで第6回アフリカ開発会議(TICAD VI)が開催されます。初めてアフリカで開催されるTICADに向けて、国連広報センターでは日本の自衛隊が国連PKOに参加し、また多くの日本人国連職員が活動する南スーダンを事例にして、様々なアクターの皆さんに、それぞれの立場からTICADで議題となる課題について考えていただくという特集をシリーズでお届けします。
シリーズ第1回は、国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)救援・再統合・文民保護部(RRP)で分析ユニット統括をされている小塚千雪さんです。南スーダンでは、人口の2割もの人々が故郷を追われ、国内避難民(IDP)や周辺国で難民として避難生活を送っています。
小塚さんの統括する分析ユニットは、情報分析を通じて避難民への人道支援や帰還支援が戦略的・効果的に進められるよう提案を行うなど、重要な役割を果たしています。TICAD VIの目標でもあるアフリカの平和と社会経済開発は、小塚さんたち南スーダン再建に関わる人々が共有しているゴールでもあるのです。
南部スーダンの国内避難民
現在、南スーダンは、全人口約1,200万人中、およそ160万人が国内避難民(IDP)、70万人強が南スーダンから近隣諸国に難民として流出しています。
この人道危機は、2013年末の与党スーダン人民解放運動(SPLM)の内部派閥抗争を発端として、キール大統領率いるSPLMとマシャール副大統領(当時)率いるSPLM反対派(SPLM in Opposition)との武力衝突が、首都ジュバからナイル川沿いの州に拡大し、国内の他の地域でも民族、部族間での抗争が悪化しました。13年末の抗争直後には、IDPおよそ8万人が、国内10カ所にあるUNMISS事務所のうち、ジュバ本部を含む5カ所に流入し、UNMISS文民保護区(Protection of Civilians sites)が設立されました。
国内抗争はその後も続き、UNMISS文民保護区のIDP人口は、15年8月時点で計6カ所の文民保護区に約20万人が滞在するまでに拡大したのです。同月、政府間開発機構(IGAD)および関係諸国による調停の下で和平合意文書が署名され、16年4月にようやく暫定政権が樹立されました。
不安定な情勢が続く中、UNMISSによるパトロールや人道支援機関との協力が功を奏し、IDPがUNMISS文民保護区を離れ、出身地や他の地域に帰還する事例も報告されていますが、16年5月末時点で、17万人を超えるIDPが文民保護区に留まっています。
ユニティー地方ベンティウの国連文民保護区。10万人近いIDPを収容し、UNMISS文民保護区のなかでも最大規模(筆者提供)
国連安保理決議とUNMISS RRPの任務
国連安保理決議によるUNMISSのマンデートは、
1. 文民保護、
2. 人権状況の監視および調査、
3. 人道支援実施の環境づくり、
4. 監視検証メカニズムおよび停戦暫定治安メカニズムの履行支援、
の4本柱からなっています。私が所属する救援・再統合・文民保護部(Relief, Reintegration and Protection Section: RRP)は、上記マンデートのうち、1. 文民保護、および3. 人道支援実施の環境づくりにおいて主要な役割を担っています。
具体的には、
1) UNMISS文民保護区内のIDPの保護
2) UNMISS文民保護区内、その他地域にいるIDPおよび脆弱なコミュニティーを対象とした人道支援
3) IDPの安全な帰還、再統合
の3分野での成果を挙げるべく、UNMISSの関連部署、人道支援機関および開発援助機関と調整し、さらには現場の政府機関、住民との協力関係を構築することを任務としています。
さらに、小規模、低価格、短期間で、国連PKOミッションと住民との信頼関係構築を目的としたプロジェクトを行う「クイック・インパクト・プロジェクト(Quick Impact Project: QIPs)」の実施も主要な任務の一つです。
UNMISSで「国連平和維持要員の国際デー」(5月29日)を記念するイベントが開催された。エレン・ロイ事務総長特別代表が挨拶し、各要員の貢献に敬意を表すとともに、マンデート履行に向け引き続き努力を要請した (筆者提供)
RRPという部署は、他の国連平和維持ミッションには存在しません。
南スーダンで文民支援を行う上で、南スーダン固有の課題に対応するために作られた、ユニークな部署です。UNMISS文民保護区は、保護区とはいえ完全に安全ではなく、滞在するIDP同士間での暴力、特に女性のIDPを狙った性と性差による暴力(Sexual and Gender-Based Violence: SGBV)、窃盗などが絶えません。保護区内の治安の悪化は、人道支援にあたるスタッフの身の安全にも影響を及ぼしています。
2013年12月以後も、上ナイル地方、ユニティー地方では抗争が激化し、多くの市民が家を追われ、家畜を奪われ、農作業ができなくなったため、深刻な食糧不足に陥ってIDPとなり、UNMISS文民保護区に流入しました。新たに流入したIDPを保護するためには、保護区を拡大し、IDPが滞在できる仮設住宅を増やし、保護区内の人道支援を増強する必要が生じます。
上ナイル地方マラカルの国連文民保護区。2015年初めに4カ月間で約2万人のIDPが流入し、UNMISSと人道支援機関は仮設住宅の建設に追われた。紛争による疲弊が激しく、ベーシックな建設資材さえも首都ジュバからの輸送に頼るほかない (筆者提供)
さらに、文民保護区にさえ到達できない市民、文民保護区ではなく通常のIDPキャンプに滞在する市民も様々な保護を必要としていますが、こうした地域は舗装道路がなく、治安が極めて不安定であるため、人道支援を安全に届けるためには慎重かつ周到な準備が必要となります。
こうした課題に対応するために多様な部署、機関が協力する必要があり、RRPがフォーカル・ポイントとなって調整を行います。その調整事項は、多岐にわたります。文民保護区内で、IDP同士が些細な言い争いを発端にコミュニティーを巻き込んだ暴動を引き起こした際、仲裁に入ることや、人道支援機関が道路もあまりないような地域に支援物資を安全に届けるうえで助言をすることなど、文民保護、人道支援にまつわるあらゆる課題に対応しているのです。
クイック・インパクト・プロジェクト(QIPs)とは、国連平和維持活動の一環として行われる、小規模かつ短期間のプロジェクトであり、国連PKOミッションと地元住民との信頼構築を目的としています。UNMISSは、前述した4本柱のマンデートの中でも、文民保護、人道支援実施の環境づくりの分野で、地元コミュニティーに直接還元するプロジェクトを実施しています。
例えば、首都を離れた地域で、紛争により壊れた橋や学校を修復したり、基本的な医療を提供できる小さなクリニックを設立したりしています。このようなプロジェクトによって、人道支援団体が橋を渡って対岸の地域に支援物資を届けたり、雨季でも学校の建物の中で授業が受けられたり、子供や妊婦が徒歩圏内で治療を受けたりできる、という結果をもたらしています。
QIPsは、コミュニティーセンターの建築も行っており、やがてIDPや難民が帰還する際に、帰還者と受け入れ側のコミュニティーが対話を持つことで信頼を醸成できるよう、将来の平和構築を見据えた支援も行っています。
建設中のQIPsの現場を定期的に訪れ、進捗状況を確認しながら、地元政府、住民との信頼醸成を行う (筆者提供)
QIPsにおけるRRPの役割は、州政府と協議し、地元コミュニティーのニーズに合うプロジェクトを立案し、実施できるよう助言を行うことです。QIPsでは、UNMISSに参加している加盟国の部隊が建設作業を実施する例もあります。その際にも、州政府と加盟国の部隊の間を取り持ち、地元のニーズにあうプロジェクトを行うよう、コーディネーターとして仲介を行います。
RRP分析ユニットの仕事
RRPの担当官は、全国10カ所に展開するUNMISSフィールド事務所に派遣されています。
これらのRRPチームは、各地の最前線で、UNMISSの様々な部署、人道支援に携わる多様な機関、地方政府関係者と緊密な協力関係を築き、文民保護、IDPや難民への人道支援の拡充および帰還支援に貢献しています。RRPチームは、活動報告書を毎日作成し、RRP本部に送付してくるので、その報告書を取りまとめ、分析するのが、私が統括するRRP分析ユニットの主要な仕事となっています。
分析ユニットはRRPの中でも新しい部門で、私が2015年8月に着任した際に、UNMISS本部にあるRRP本部の分析部門を立ち上げ、強化するよう、直属の上司から指示を受けたことをきっかけに設立されました。
RRPの多様な活動を記録し、分析することは、業務の成果を明確にし、様々な課題の中から優先事項を決め、その実施のために時間や労力を効率よく使う上で重要な作業です。特に国連平和維持ミッションは安保理決議によるマンデートの下に活動している以上、日々の業務をマンデート履行に関連させる必要があり、現状や日常の活動内容を分析することは、仕事の成果を明確にし、マンデート履行に貢献する上で非常に重要です。
分析ユニットを強化する上で、現場にいるRRPチームとの信頼関係が欠かせません。現場の同僚と毎日のように電話会議をし、国内出張も可能な限り行い、フィールド事務所の同僚の仕事に同行する機会をできる限り多く持つよう努めています。そうすることで、最前線の同僚たちが直面する状況や困難を的確に理解し、本部ユニットとして分析的、戦略的な助言を行い、現場での成果を向上させることに繋がるからです。
フィールドにいるRRPチームと緊密に協力しながら、日々の報告書を作成するのみならず、中長期的なトレンドを分析し、UNMISSの他部署、人道支援機関に対する提言などをまとめた報告書も作成できるようになってきたことは、成果の一つです。
さらに、UNMISS文民保護区内での暴力や女性IDPを対象にした犯罪が一向に減少しない問題に対応するため、RRPチームとともに、文民保護区内のIDPを対象とした研修を計画しました。その第1回が2015年12月に行われ、文民保護区内のIDPや文民保護区内で活動する人道支援機関と協力し、約130人のIDPを対象に、ジェンダー保護を向上させるための行動計画などを討議し、策定することができました。
2016年4月には、15年に実施されたQIPsで基本医療施設が完成し、その落成式に参加する機会がありました。落成式では、地方政府高官、地元コミュニティーの長老が参列し、建設された施設が医療事情の改善のみならず医療施設での雇用を促進する機会にも繋がること、そのために州政府は職業訓練を実施すること、設立された施設が安全に維持・運営されるよう、州政府、地元コミュニティーが協力して取り組むことを誓いました。
2016年4月、基本医療施設の落成式。QIPsとしてネパール部隊が建設した (筆者提供)
ただ施設だけ建設しても、地元の医療向上には繋がりません。州政府が予算をつけて医療技術者を養成し、基本的な医療物資を配備したり、地元政府機関と地域社会が一丸となり、医療設備が攻撃や略奪の対象にならないよう警備したりといった協力が不可欠です。
そのためにプロジェクトの企画段階からRRPが州政府、地元コミュニティーと何度も協議し、この医療施設の運営には州政府と地元コミュニティーの協力が不可欠であること、施設が安全に運営されてこそ、UNMISSの貢献も効果を挙げられることへの理解を求めました。
落成式での地方政府、地元コミュニティー関係者による挨拶は、RRPの働きかけが功を奏したと言えるでしょう。落成式の様子は国内の報道機関が取材したほか、地元住民が大挙して押し寄せて様子を見守り、QIPsがUNMISSに対する信頼を醸成する上で大きな役割を果たしていることを肌で実感する機会となったのです。
2015年度(2015年7月~16年6月)には新しい試みとして、RRPの業務評価やトレーニングを計画、立案し、国際コンサルタントから協力を受けながら実施するなど、RRPの業務の質を向上させる取り組みも行っています。このような努力が16年度にどのように実を結ぶか、楽しみにしています。
南スーダン各地からRRP担当官を集め、IDPの帰還と再統合をテーマにトレーニングを行った Photo/UNMISS RRP(右端が筆者)
こうした業務を遂行する上で、国連内外での経験が大いに役に立ち、これまでお世話になった上司、同僚から多くの学びを得られたことを改めて感謝しています。同様に、南部スーダンでの経験もこの先、様々な場面で生かせることを楽しみに、いま学べることを精一杯吸収できるよう、取り組もうと思っています。
IDPの帰還に向けたUNMISSと人道支援機関との協働
2015年8月に和平合意が署名されたことを受け、UNMISSと人道支援機関は協力関係を強化し、IDPの帰還を支援する取り組みを行っています。15年にUNMISS文民保護区内のIDPを対象に調査を実施した際には、UNMISSと人道支援機関、調査を実施するコンサルタントと何度も協議し、UNMISS文民保護区のIDPがどのような状況下で、どこに帰還したいのかを洗い出すために統計調査を企画し、調査結果を分析しました。
その結果を踏まえ、UNMISSと人道支援機関は作業部会を立ち上げ、帰還の意思を持つIDPが、UNMISS文民保護区を出て希望する地域に帰還できるよう、協力しながら多面的な支援を立案、実施する試みを行っています。
国際人道支援の慣習が示すとおり、IDPの帰還は任意かつ安全である必要があり、そのためには、帰還ルートの安全、受け入れ先の地方政府、地元コミュニティーの協力、帰還直後に生活が軌道に乗るまでの支援など、IDPの帰還後の生活も視野に入れた計画が必要となります。
作業部会の仲間と帰還先を視察したり、首都ジュバの作業部会とフィールドの作業部会とが協議を重ねながら、ジョングレイ地方において2016年3月から200名強のIDPの帰還を支援できました。ユニティー地方のUNMISS文民保護区からも、16年3月から5月末までの間に、約2万人が文民保護区を出て地元や他の地域に帰還を始めました。
その一方で、UNMISSは人道支援団体と協力し、限られた予算と人員の中、UNMISS文民保護区の外、特にIDPが帰還すると予測される地域での人道支援と治安を強化する努力を積み重ねてきました。UNMISSの文民保護区の中でもユニティー地方のそれは最大規模であり、紛争の激しさが分かります。その地域で帰還が始まったことは朗報であり、UNMISSと人道支援機関が一体となった努力の成果といえるでしょう。
今後さらに帰還を支援しつつ、帰還先での生活が安定し安全なものとなるよう、引き続き、UNMISSと人道支援機関が協力し、地元政府やコミュニティーとも調整を重ねていく予定です。
素晴らしい和太鼓を披露した日本の自衛隊。娯楽がほとんどない生活環境で、平和維持要員の文化行事は数少ない楽しみであり、文化外交の機会(筆者提供)
終わりに
2015年8月の和平合意の署名に続き、8カ月にわたる交渉を経てようやく2016年4月に暫定政権が樹立されました。和平プロセスへの機運を高め、実施を確実なものとするため、平和の配当として国民の生活が目に見える形で改善する必要があります。IDPが比較的安全となった地域へ任意で帰還を始めていることは朗報であり、期待も高まっています。
とはいえ、南スーダンの状況は脆弱です。本年2月中旬、上ナイル地域の主要都市マラカルにあるUNMISS事務所に併設したUNMISS文民保護区で暴動が発生しました。文民保護区に居住していた多数のIDPが仮設住宅から避難することを余儀なくされ、暴動でIDPを含む25名が死亡する事態となったのです。
2013年末以来、様々な困難をはねのけながら積み上げてきた努力が、一晩のうちに水泡に帰した現実に落胆する同僚を見るのは、辛いものがありました。
和平プロセスは平坦ではありませんが、小さな可能性も見逃さず、一人でも多くのIDPが無事に帰還できるよう、フィールドの同僚、人道支援機関と協力を一層強められるよう、自分の任務を果たしていきたいと思います。