中国が影を落とす中、日本の積極的平和主義を歓迎した小国シンガポール

シンガポールが日本を「歓迎」することで、シンガポールは中国を刺激するリスクを負います。そのリスクをとってまで、今回、シンガポールが「歓迎」を表明して得たかったものは何でしょうか。

アジア安全保障会議 (シャングリラ・ダイアログ)

安倍首相が5月30日と31日、シンガポールを訪問していました。2013年12月にシンガポールのリー・シェンロン首相が訪日、安倍首相との会談で、リー首相がアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアログ)に招待したのに安倍首相が応じたものです。

利害関係を超越できるシンガポール開催

アジア安全保障会議はシンガポールの団体が主催でもなく、イギリスの国際戦略研究所 (IISS) 主催です。アジア関連諸国の国防大臣などが、地域の安全保障を議論する場として、シンガポールのシャングリラホテルで毎年開催されています。今回は開催13回目です。

自国が話題の主要関係者からずれていることを活かして、諸陣営から多様な利害関係者を招き、会場の提供で自国の存在感を出すのはシンガポールらしいアプローチです。

安全保障の役割をアジアで拡大する日本を歓迎したシンガポール

安倍首相がアジア安全保障会議で基調演説を行った翌日、安倍首相とリー首相の首脳会談がもたれました。

Facebook: Lee Hsien Loong

リー首相から,日本が日米同盟を基礎として,「積極的平和主義」の下,地域の平和と安定に貢献しようとしていることを歓迎する旨の評価が示された。 (外務省)

と外務省は発表。リー首相は「アジアでの安全保障における日本の貢献を歓迎する」とツイッターで直球を送り、シンガポールの政府系最大手有力紙ストレイトタイムズも

Singapore welcomes Japan's desire to contribute to peace and security in the region, within the framework of the US-Japan Security Alliance, said Prime Minister Lee Hsien Loong on Saturday. (Starit Times)


「リー・シェンロン首相は『日本が日英同盟の枠組みの中で、地域での安全保障への貢献を望むことを、シンガポールは歓迎します』と発言。」

と書いています。

人口わずか540万人と小国のシンガポール。小国でありながら埋没せず独立を維持するため、大国の間でのバランサーを志向する外交方針です。そのシンガポールが、自国に直接利害関係しないのに、他国の安全保障政策に言及するのは珍しいです。例えば、リー首相はアジア安全保障会議の前の「アジアの未来」に先立った会談で、下記のように中国への評価を避けることで、中国とのバランスもとることにも腐心しています。

中国が南シナ海で「挑発的」行動をとっているのでは、との質問に対しては「挑発とはみなさない」と退けた。


AsiaX: 日本は中国、韓国と信頼関係構築を=リー首相

シンガポールが日本を「歓迎」することで、シンガポールは中国を刺激するリスクを負います。そのリスクをとってまで、今回、シンガポールが「歓迎」を表明して得たかったものは何でしょうか。

日本経済新聞社「アジアの未来」でのリー首相演説

このシンガポールの政策を理解する伏線は色んな所にあります。最近のものでは、5月に日本経済新聞社が東京で主催した「アジアの未来」でのリー首相の基調演説です。以下は今後20年において、アジアが平和であり続けるためのポジティブなシナリオ、その前提条件をリー首相が語った箇所です。私の訳をつけます。

一つのシナリオでは、アジアは平和であり続ける。国々は共通の利益を進展させるために協力して活動し、その一方、平和的に競争しあう。米国はアジアへのリバランスを持続的な管理で維持し、幅広くアジアにかかわる。これは安全保障だけでなく、貿易・投資・教育・人の交流などの面においてでもある。


力強い中国は現状維持勢力として自身を位置づけ、国際法規を順守する。他の大国と建設的な関係を維持し、その一方、小国に成長する余地を与える。


日本は経済力を復活させ、自信を取り戻す。ウィンウィンの原則を全方面に推し進めるために、日本は近隣諸国と共に戦争の歴史を過去のものとし、信頼を勝ち得る。これには日米安全保障条約にとりわけ依存することになる。米国の積極的な関与によって、(日本が)全方面に適度な影響力を発揮するからだ。


Prime Minister's Office Singapore: "SCENARIOS FOR ASIA IN THE NEXT 20 YEARS"

シンガポールが支持したのは日本ではなく日米安保条約、更にその先の米国

アジアの平和はハブ国家シンガポールの国益

ハブ国家であるシンガポールが繁栄するには、周辺貿易国が活発に活動できる平和な状態が望ましいです。

アジアが平和であるためには、(中国のみが存在感を持つのではなく)アメリカの積極的なアジアへの関与が必要だとリー首相は明言しています。

現状の南沙諸島の紛争で、中国が国際法規に反しているとシンガポール政府は発言していません。しかし、反すると捉えているなら、リー首相演説にあるように、自国のルールでなく「国際法規を順守する」ように中国を促す必要があるとシンガポールは考えているはずです。

演説の「全方面」とは、「(中国を含む)全方面」と解釈するのが適切でしょう。アジア最大の力を持つ中国に日本が対峙できることがアジア全体の繁栄(ウィン)には必要だが、それには日米安全保障条約の十分な活用が欠かせない、なぜなら、米国の主体的なアジアへの関わり無しでは、日本は中国に十分に対峙できないからだ。と、解釈できます。

そして、この平和によってシンガポールのような小国にも、繁栄のチャンスが残されるというシナリオです。

勿論、このシナリオが妥当なのか的中するのかは分かりませんが、シンガポールの国の動きを理解するには役立ちます。

日米安全保障条約は、日本を通じてアメリカをアジアから離さないための重要なツールとシンガポールは捉えています。つまり、シンガポールが支持したのは、日本そのものというより、日本の先にある日米安全保障条約であって、更にはその先にいる米国です。米国の影響下にある日本が、米国の信任を受けた代理者として活動するのを歓迎しているのです。

国益を最も達成できるとシンガポールが考えているこのシナリオ実現のために、シンガポールはバランサーとして活動しています。

シンガポールと米国の緊密な軍事関係

シンガポールと米国は同盟国では厳密にありません。しかし、友好国として、お互いの基地の利用など同盟国に匹敵する緊密な関係を持っています。

日本の中国との国交正常化は1972年ですが、それに引き換え、シンガポールが中国と国交樹立したのは1990年11月です。インドネシアの中国との国交樹立が1990年8月に行われてから、ようやっとです。インドネシア・マレーシアというイスラム国家に挟まれており、自国民の3/4を中華系が占めることへのバランス配慮と言われています。イスラム国家に挟まれた中華系の島、という表現もされるのがシンガポールです。

Google Mapsより筆者編集

経済では、中国の輸出で10位がシンガポールで、ASEANでは1位です。これはシンガポールの人口を考えると驚異的な結びつきの強さです。

つまり、シンガポールと中国とは、経済関係では緊密でも、政治的・軍事的には一定の距離をとっています。

シンガポールは、アジアの平和と自国の独立を守るため、米国をアジアに関与させるのに躍起になっています。逆に中国とは、特に中国と国境を接している国と違って、地理的隔たりにより中国からの影響に対し比較的自由な位置にいます。これらからも、「シンガポールは中華系国家だから、中国の衛星国」という理解は間違いなことがわかります。むしろ、シンガポール人は国民感情として、大量の中国人移民がなだれ込んでいることで、反中国感情が高まっています。シンガポール政府の、中国への政治的・軍事的な一線の引き方は、国民の中国への警戒意識ともリンクしています。このシンガポール人のメンタリティについては、下記を参照下さい。

リー・クアンユー初代首相から引き継ぐ安全保障政策

リー首相のこの考え方は、シンガポールのこれまでの安全保障政策を引き継ぐものです。シンガポール三代目首相リー・シェンロン氏は、初代首相リー・クアンユー氏の息子です。シンガポールという資源も何もない南の島を強烈に牽引したリー・クアンユー氏は以下のように語っています。

『アジア太平洋地域で、安全保障や経済の主要プレーヤーとしての役割をアメリカが果たしつづけられるかどうかだ。もしそれができれば、東アジアの未来はきわめて明るい。』


『アメリカが日本を見捨てることはできない。日米安全保障条約を結んでいてもいなくても、勢力バランスを保つには、一方に日本とアメリカ、もう一方に中国という三角関係を保つしかない。』


Amazon: リー・クアンユー、世界を語る 完全版

勿論、親子でも異なる考え方をしている内容もあります。例えば、リー・クアンユー前首相は前著で『アメリカに中国の台頭を抑えることはできない。大国中国と共存するしかない』と考えていますが、リー首相は『中国は豊かになる前に老いる可能性が高い』(China is likely to grow old before it grows rich. (日経新聞「アジアの未来」))と語っています。

※本記事は下記ブログ記事の抜粋です。割愛している論も含めた全体・引用箇所・参考文献などを見たい方は下記で確認下さい。

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