五輪で日本と3位を争ったシンガポール卓球は全員が中国帰化選手~移民大国の複雑な心境~

活躍を応援する人ももちろんいますが、国民の反応は冷ややかでした。

シンガポール卓球チームは全員が中国からの帰化選手

リオ五輪の卓球女子団体で、日本が3位決定戦を制し銅メダルを獲得しました。3位決定戦の相手はシンガポール。シンガポールは経済国として知られていますが、都市国家であり国民が338万人と極めて少なく、スポーツには選手の母集団が薄く不利です。

今回のオリンピック出場選手は、日本からは338人ですが、シンガポールは25人しかいません。

前回のロンドン五輪・前々回の北京五輪で、シンガポールがメダルをとったのは卓球でした。ロンドンでは女性個人が銅メダル、女性団体が銅メダル、北京では女性団体で銀メダルをとっています。

活躍を応援する人ももちろんいますが、国民の反応は冷ややかでした。メダリストの全員が外国籍からの帰化選手だったからです。リオ五輪では、シンガポールから男女含めて5人の卓球選手が出場していますが、全員が中国からの帰化選手です。

シンガポールの五輪卓球メダリスト

競泳バタフライ100メートル金メダリスト ジョセフ・スクーリング氏

ところが、今回のリオ五輪でシンガポール史上初の金メダリストが生まれました。競泳バタフライ100メートルのジョセフ・スクーリング選手です。米国マイケル・フェルプス選手を破っての堂々の金メダルです。

スクーリング氏は、シンガポール生まれの21歳。シンガポールの学業エリート校アングロ・チャイニーズ・スクール (インディペンデント) に学んでいましたが、14歳でトレーニングのため渡米。現在はテキサス大学の学生です。シンガポールは世界一高額金メダル報奨金S$100万 (約8千万円) を払いますが、スクーリング氏のトレーニング費用は、これまでに親が数億円を負担していると言われています。

初の金メダリストの誕生に、シンガポールは国民も政府も湧いています。幾つか例をあげます。

すさまじい盛り上がりです。

帰化選手への逆風

これまでも帰化選手に風当たりはありましたが、メダルを逃したこと、自国生まれの金メダリストが出きたことで、更に議論が沸き起こっています。シンガポールで野党を支持するウェブメディア等からの意見を取り上げます。

  • シンガポールが中国から買った卓球チームは、自国で育成された日本に負けた。
  • 手当や中国への帰国費用など帰化選手には良い待遇が与えられているが、自国生まれ選手は経済困窮しクラウドファンディングで遠征渡航費を捻出することもあるのは不公平だ。
  • 男子帰化選手には、自国生まれ選手に義務付けられている徴兵が免除されている。
  • 帰化選手の強化費用を、自国生まれの選手にあてるべきだ。
  • 五輪メダリストの帰化選手リ・ジャウェイ氏は、引退後中国に帰った。
  • 帰化選手がメダルをとるより、自国生まれ選手がたとえ成績は冴えなくとも正々堂々と戦うことを誇りに思う。

シンガポール居住者は3/4が中華系で中国人と親和性がある程度ありますが、人口の1/3が外国人にも増加したことで、中国人移民に対しても国民はストレスを明らかにしています。

経済であれば多くの外国人や帰化した国民が活躍し、外国人に比較的寛容な移民国家のシンガポールですが、スポーツでは一転してかたくなになるのが興味深いです。経済でも排外主義がじわじわと広まっていますが、それでも「外資が連れてくる外国人は、シンガポール人の雇用も作っている」「外国人がいるから、シンガポール人の人手が得にくい仕事を頼める」「シンガポールを好きな外国人がシンガポールに帰化する」という認識があるのが主流です。

ところがスポーツになると、順位や記録といった成果への評価より、感情論の声が大きくなります

リ・ジャウェイ氏は選手でいる時に「なぜシンガポールに来たのか?あなたは自国生まれ選手の成長を窒息させている」「なぜ中国に住みつづけなかったの?」と街中で聞かれたと話しています。その時のリ・ジャウェイ氏の答えは「私はシンガポールが好きだから」とだけ答えたと言っています。国の報奨金制度でS$127万 (約1億円) を7年間で稼いでいますが、「私は傭兵じゃない」とも主張しています。

なぜ帰化選手に共感できないのか

帰化選手に共感できないのは、シンガポール人としてのアイデンティティを見つけられないことが理由と、野党支持のウェブメディアが指摘しています。

これらを選手に見出した時、シンガポール人のアイデンティティとして共感するとのことです。

国境がなくなる世界へ ~才能ある人から流動化~

  • シンガポールで生まれ、海外でトレーニング (スクーリング氏)
  • 海外で生まれ、シンガポールでトレーニング (シンガポール女子卓球)

シンガポールではこの2つを区別し、前者には強い共感をいだき、後者には冷ややかです。

しかしながら、この2つの違いは決定的でしょうか。スクーリング氏は中学生までをシンガポールで過ごしてから海外に移りましたが、物心が付く前に海外に転出していれば、国民の反応はどうだったでしょうか。帰化選手が、幼少期にシンガポールに渡っており、地元食を好み、シンガポールの教育制度や徴兵を経ていれば、国民の反応はどうだったでしょうか。

また、トップアスリートの帰化選手が来ることで、自国生まれ選手の出場チャンスは減りますが、才能が輸出されるとその地での競技レベルは向上します。自国育ちの選手育成の種をまいているのが帰化選手です。スクーリング氏は高度人材の流出であり、帰化選手は高度人材の導入という解釈もできます。つまり、帰化選手の方が国に貢献している面もある、と考えられます。

帰化選手が導入せず、自国生まれ選手に出場枠が渡り「自国生まれ選手が堂々と戦うことを誇りに思う」と考えてみたところで、メダルや記録をとれず成績がふるわなければ、国内で競技自体が注目されないでしょう。国の支援もスポンサーも減少し、一般国民は「誇りに思う」以前に競技が行われていることも知らなくなるでしょう。シンガポール卓球協会 (STTA) も、そのバランスで苦渋の決断をしているはずです。

国籍問題で明らかなのは「優秀な人材から流動化していく」ということです。経済でのグローバル人材でもそうですが、それが世界ランキングで可視化されるようなスポーツ選手でも同様で、元中国籍選手が世界中にいる卓球はその最前線だ、ということです。

国籍問題がおきるのは、オリンピックの出場資格が「世界ランキング上位X位まで」ではなく国単位だからです。それによって、選手は国から強化支援を得ることができていますが、帰化では「どこの国の選手なんだ」という事態にもなります。

オリンピックは国対抗でない

国旗掲揚・国歌斉唱があるので勘違いされがちですが、オリンピックは国対抗ではないと、オリンピック委員会自身が言っています。

オリンピックは国対抗ではないの?

オリンピック競技大会は、個人種目もしくは団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない」オリンピック憲章の第9条には、こう明記されています。

オリンピック中は毎日、国別メダル獲得表が新聞に載りますが、これは読者の関心を高める一助として、メディアが勝手にやっていることで、これについても憲章は「IOCはいかなるものであっても、国別の世界ランキング表を作成してはならない」と規制しています(第71条の1)。

また、開閉会式の入場行進で使われる旗、表彰(メダル授与)で使われる旗、演奏される音楽も、規定上は国旗、国歌ではなく「各NOCの旗/歌」(第69条、70条附属細則)となっています。

要は、オリンピックは、個人の努力の成果をためし、人種・宗教・政治等の国家の枠を超えた相互理解、国際親善を推進するのが大きな目的なので、国対抗になると国家意識が過熱し、逆効果になることを戒めているわけです。

「国対抗でない」というのはオリンピックの理念ですが、オリンピック委員会がこの理念を伝える熱心さは、オリンピック商標取り締まりほどではないように見えます。しかしながら、「国対抗でない」「国家の枠を超えた相互理解」という理念が、帰化選手や重国籍選手の増加というグローバル化の進展で、オリンピック委員会が努力せずとも達成される可能性がでてきました。

現在、オリンピックは理念とは反して事実上は国対抗であるからこそ盛り上がっており、オリンピック委員会も国対抗である現状に有効な対策をうっていません。今後更にグローバル化進展で選手国籍が混沌とすることで理念を達成し、応援する感情を各国民が失いオリンピック人気が凋落すれば、皮肉な状況になります。

「母国出身選手を応援する」ではなく、「素晴らしい競技をする世界中の選手を応援する」ことでオリンピックを楽しまないといけない転換点が近づきずつあるかもしれません。

本記事は下記からの転載です。修正・加筆が発生した際には、下記で対応します。

注目記事