クレヨンしんちゃん視聴に保護者が必要なシンガポール

シンガポールでクレヨンしんちゃんの映画が上映されました。『オラの引越し物語 サボテン大襲撃』です。

シンガポールでクレヨンしんちゃんの映画が上映されました。『オラの引越し物語 サボテン大襲撃』です。日本語音声に、英語字幕と中国語字幕が付いています。

おしりを出したら子どもだけで見れない

この映画、"PG13" (Parental Guidance 13) というシンガポール政府メディア開発庁(MDA)のレーティング(格付け)が付きました。映画館では "SOME SEXUAL REFERENCES(性的表現あり)" との説明がありました。

シンガポールではメディア開発庁に映画検閲委員会 (Board of Film Censors) があり、そこが年に1万3千もの映画を映画法(Films Act)にもとづきレーティングしています。シンガポールの多民族社会で社会規範や価値観を豊かにするために、ガイドラインにもとづきレーティングしていると説明しています。

レーティングは全部で6種類あり、PG13とは「13歳以上の視聴には適しているが、13歳より下の子供には保護者の指導がアドバイスされる」というものです。13歳未満でも保護者がいれば劇場鑑賞可能です。

MDA: Regulations, Licensing & Consultations: Films & Videos

レーティングの理由も開示されています。私の訳を付けておきます。

しんちゃんのいたずら好きな仕草を描写しているシーンが数ヶ所ある。そこでは、しんちゃんは自分のズボンをおろして、攻撃のために他の登場人物におしりをさらしている。また、ズボンの上にガチョウの衣装を身にまとっているしんちゃんのシーンでは、衣装の突起物がしんちゃんの性器を暗示し、クラスメイトが突起物をふざけて叩いている。「穏当で頻繁でなければ、性的なほのめかし、下品なハンドサイン、性的比喩を許容可能とする」というPG13分類ガイドラインの下で、このような描写は許容される。

There are several scenes depicting Shin-chan's mischievous antics where he pulls down his trousers to bare his buttock to various other characters in the film in order to outrage them, and a scene of Shin-chan wearing a goose outfit over his trousers where it is suggested the protrusion in the outfit was his genitals with his classmate hitting it playfully. Such portrayals are permissible under the PG13 Classification Guidelines which state that "sexual innuendoes, crude hand gestures and sexual imagery can be allowed if mild and infrequent."

https://app.mda.gov.sg/Classification/Search/Film/RatingInfo.aspx?sType=Feature&sRowID=AAAH4UAAPAAAExsAAC

日本で嫌われ者のクレヨンしんちゃん

クレヨンしんちゃんは日本で保護者に嫌われています。

2012年に発表された日本PTA全国協議会「子どもとメディアに関する意識調査」において、「見せたくない番組」で2位がクレヨンしんちゃんで、9.0%が見せたくない支持をしました。(注:「見せたくない番組」調査は2012年が最後)

クールジャパンでの文化輸出

日本政府はクールジャパンと名づけた文化輸出を図っており、その中にはクレヨンしんちゃんのようなアニメも含まれています。日本は日常での性的表現に寛容ですが、アニメ輸出は文化輸出であり、より制限が厳しい国は珍しくありません。また、性的表現のみでなく、宗教などが表現を制限する場合もあります。例えば、マレーシアでは「ウルトラマンをイスラム教の神「アラー」と比べている部分がある」としてマレーシア内務省がウルトラマンを発禁にしたことがあります。

しんちゃんがおしりを出す行為は、本題のストーリーには不要でも、作品の世界観に極めて重要です。あれがなければ、クレヨンしんちゃんでないと思う人も多いでしょう。最近の映画だと、マッドマックス「怒りのデス・ロード」のギター男は、彼が映画に登場しなくても映画の筋には影響ありませんが、あの映画の世界観で重要な役割を占めているのと同じです。

とは言っても、映画やテレビでタバコを吸うシーンは激減したのが現状です。ハリウッド大作映画のような、全世界展開を前提に、ポリティカル・コレクトネスを踏まえた作品ばかりになるのも味気ないですが、世界各地で売るためには必要な基本設計であるのも事実です。

私が見た回の観客は7割が大人、大半が日本人でなくシンガポール人。子どもとその保護者、日本人が中心ではと思っていたので、意外でした。PG13がどう影響しているかは分かりません。13歳未満の子どもだけで映画を見に来ることは、もともと少ないでしょうから。

レーティングが付かない映画はどうなるのか: 言論の自由

シンガポールでの言論の自由について触れておきます。シンガポールでレーティングが付かない映画があります。2014年、"To Singapore, with Love"にレーティングが付きませんでした。シンガポールから政治的に追放された人をタイ・マレーシア・イギリスに訪ねてインタビューした映画と、映画製作者は説明しています。公共上映が禁止です。シンガポール国内でのDVD販売もできないと、映画製作者は言っています。

メディア開発庁はこれらの判断に声明を出しています。「国家安全保障のために活動し、国家の安定を保護する国防組織の合法的な行動が、無実の個人を犠牲にした行動として曲解されて表現されている。そのことで、国家安全保障をむしばんでいる」ことを、レーティングなしの理由としています。(the contents of the film undermine national security because legitimate actions of the security agencies to protect the national security and stability of Singapore are presented in a distorted way as acts that victimised innocent individuals)

「民族融和>言論の自由」という政策

民族対立を引き起こすことには言論の自由を認めない、という政策を持っているのがシンガポールです。最近の例では、フランスの新聞社シャルリー・エブドが襲撃され、シャルリー・エブドのイスラム教預言者ムハンマドの風刺画をエコノミスト誌が転載した際に、シンガポール版エコノミスト誌はそこが空欄となりました。印刷業者が拒否したためです。シンガポールでは、祝日にイスラム教の行事の日も使われるように、イスラム教は主要宗教の一つです。メディア開発庁は「宗教的に無神経な風刺画は発行が許されず、(出版されれば)"好ましくない出版法" (Undesirable Publications Act) に違反していた」とコメントしています。言論の自由より民族融和を重視しているのがシンガポールです。

これらの結果として、国境なき記者団が出している『2015年版世界報道自由ランキング』では、180ヶ国中153位となっています。しかし、民族対立による暴動は建国直後の1969年を最後に起きておらず、民族融和に成功している国であることもまた事実です。

Reporters Without Borders: 2015 World Press Freedom Index: Singapore

本記事は下記の転載です。今後、改訂・追記が発生した際には、下記で行います。

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