移民と年金:「日本のような高齢化社会にシンガポールをしてはならない」と指摘するシンガポール首相

日本に続いてシンガポールを含め、アジア各国でも急激な少子化と高齢化に突入しています。

シンガポールのリー・シェンロン首相がジャパンタイムズ記事を引用した投稿を、自身のFacebookに載せました。

シンガポールの社会が高齢化するにつれ、国民はどんな問題に陥るのだろう?現役世代と高齢世代の摩擦だ。この記事は日本で何が起こっているかを書いている。

日本の現役世代は不幸にして、自分達が財務保証して、年金と健康保険を高齢世代のために払わねばならない。その一方で高齢世代は、現役世代がおもいやりがなく感謝をしないため、いらだっている。

日本は社会団結と共同体のつながりの濃さで名高い。だが、高齢者が電車で座席を占有し、スーパーで列に割り込む話が記事になっている。

これはシンガポールにとって教訓だ。日本のように、シンガポールも急速に社会が高齢化している。昨年、9人中1人が65歳以上だった。今年既に8人中1人になった(日本では4人中1人である)。シンガポール人はお互いを大事にし、この記事のようなことをシンガポールで起こしてはならない。

シンガポールは日本を、高齢化社会の対応に遅れており対策も不十分と見ています。これは日本を「だからダメだ」と上から目線で見ているわけではなく、「アジアのトップランナーだったあの日本でさえ失敗した危機が、自国にもやってきている」という、見えづらい課題に対して自国民に問題意識を提示するアプローチです。シンガポール人が元々ダメだと思ってる国を、引き合いにだしても説得力がないですから。

高齢化社会への対応に日本がつまづいていると見ているのは、リー・シェンロン首相に加え、シンガポール初代首相のリー・クワンユー氏も同様です。『経済展望→人口問題→高齢化社会→移民政策→日本は移民反面教師』という論旨はリー・クワンユー元首相のおはこです。

李元首相は「人口の減少は国の致命傷になる」と指摘する。高齢化が進む日本について同氏は「日本は高齢化や景気減速による苦境に陥っている。これは移民拒否と関係している」と分析した。(中略) 李元首相は「シンガポールも出産率が低いが移民を通じて人口不足を補っている」と説明した。

急激な高齢化社会突入に迎撃体制をとるシンガポール

日本に続いてシンガポールを含め、アジア各国でも急激な少子化と高齢化に突入しています。下記チャートでバブルの大きさは60歳人口以上がしめる割合。バブルが大きいほど高齢世代が多く、社会負担が大きい。縦軸は出生時平均寿命、横軸は合計特殊出生率。

(データ出所) 出生時平均寿命(2012年): WHO: Global Health Observatory Data Repository

(データ出所) 60歳以上が人口に占める割合(2014年): Global AgeWatch Index 2014

シンガポールでは65歳以上の高齢者1人に対して、1970年には現役世代は13.5人でしたが、2015年には4.9人に、2013年以降は移民を迎えない前提とすると2030年には2.1人にまで落ち込みます。

日本は2015年に高齢者1人に対して現役世代2.1人、2060年には1人の高齢者に対して1.2人の現役世代。シンガポールが限界と考えている2030年の2.1人の水準に、現時点で既に達しているのが日本ということです。

シンガポール首相が他国を引き合いに出してまで高齢化社会への警告をFacebookにしたのには、勿論これまでの文脈があります。最近のシンガポール政府への批判で最も大きいのが、高齢化社会に備えるシンガポールの武器であるはずの移民政策と、CPF (Central Provident Fund) という年金制度だからです。

シンガポールでの移民政策への批判

人口動態がどうなるかは、出生率/平均寿命/人口分布から何十年にわたる長期予測が可能です。シンガポールは政府主導でお見合いや婚姻政策を実施していますが、出生率は低下の一途をたどっています。他に人口動態に影響を与えられるものが、移民の受け入れ。シンガポールは547万人の人口の1/3が外国人で、年に3万人に永住権 (PR) を発行し、2万人を国民 (SC) として新しく受け入れています。

2011年の総選挙で、シンガポール与党PAPは87議席中81議席、得票率60%をとり、建国以来の圧倒的多数での政権を維持しましたが、支配体制にほころびが見られていると言われています。これは、その前回の2006年総選挙での、84議席中82議席獲得、得票率67%と比べて勢いが落ちてきていることからも分かります。

前回選挙でも最も批判されたものの一つが、特に過去10年で増加した外国人への移民政策です。国民と移民との職の奪い合い、公共交通機関の混雑、不動産投資等による物価の上昇、など。

シンガポールが今後も経済発展を行うために、2013年初頭に、当時の人口500万人から、2030年に690万人を目指す人口計画を発表。これが「今でも人口が多すぎる」と考える一般国民からも含めて激しく批判されました。その議論の中で国民に衝撃を与えた、政府が提示したのはこの図。

現在の合計特殊出生率1.2のままでは、2060年には国民人口は2/3に減少する。これを食い止め国民人口を安定させるには、毎年2万人の移民による新国民が必要というものでした。シンガポール政府は、激しい批判を受け、労働ビザ発給を厳格化し、永住権保持者の受入数は最盛期の年に8万人から3万人に絞りましたが、新国民の数はこの長期的視野に基づき毎年2万人の受け入れを着々と実行させています。

National Population and Talent Division, Prime Minister's Office, Government of Singapore: Population in Brief 2014

なお、日本は現在の1.2億人の人口から、2060年には2/3に減少して8,700万人になります 。

シンガポールの年金制度CPF

シンガポール政府が最近攻撃されているもう一つが年金を骨格とする社会保障制度CPFです。2014年にはCPFへの批判が過ぎて、ブロガーが首相のCPFからの横領を憶測で示唆したため、首相から名誉棄損で訴えられる出来事も起きました。ブロガーの敗訴が確定し、S$25万(約2,200万円)を超える賠償額が今後決められます。

CPFには幅広い社会保障の役割があり、その最大のものが年金です。他には医療口座や不動産購入の資産形成などの役割もあります。

シンガポールの年金制度は日本と全く異なります。日本は現役世代が支払った掛け金で、高齢世代の年金を払うもので、現役世代比率が低下すると財源困窮に陥ります。

シンガポールのCPFは、政府による強制貯蓄です。国民は現役世代の間、年齢にもよりますが、給与の毎月20%(ボーナス等を除き最大S$1,000)をCPF口座に強制貯蓄し、雇用主の企業も17%を支払う必要があります。

CPFは国民総背番号制と結びついている国民一人ひとりの積立口座のため、CPF口座の積立額をインターネット上で確認可能です。老後は年金として自分の口座から支給されます。口座に残高を残して亡くなると、CPFは遺産相続されます。

現役世代の日本人からすると、画期的な制度なのですが、シンガポール人はこれに不満なのです。

  • 利息が2.5%から5%と低い。 ※積立額や目的により利率が異なる。シンガポールで銀行定期預金は1%を切っています。差分は政府系投資ファンドの運用益で出している。
  • 自分達の預金なのに自由に使えない。 ※年金なのに支給対象になるまでに自由に使えると、使いきって老後に年金が無くなる人が出てきます。
  • 55歳になるとミニマムサムと言われる金額を残して、現金に引き出し可能。そのミニマムサムの金額が年々上昇している。 ※インフレ・医療高度化・長寿命化のため老後に必要な金額は上昇

このため、シンガポールの反政府の立場をとるオンラインメディアからは、首相のFacebook投稿に批判が出ています。シンガポールは、国境なき記者団の世界報道自由度ランキングで180カ国中150位ですが、実は「この国のお作法」を守れば、政府批判を含めた言論活動はインターネットを含めて可能です。

Reporters Without Borders: World Press Freedom Index 2014

日本もシンガポールも同じ危機が目の前に迫っています。進め方への手法や政策への方針に賛否はありますが、国民を説得して強力なリーダーシップで政策を進めるシンガポールの強さは、収賄などの腐敗が少なく安定政権を維持してきたことにあります。

『そもそも年金についてマジメに考えている政治家や役人は過去にも、そして今現在も、いないと思ったほうがいい』(大前研一氏)という解説が説得力を持って聞こえる日本国民の私からすると、シンガポール人がシンガポールの年金制度を不満と言っても、「恵まれてる人には恵まれてる人なりの、不満と苦労があるんですね」という反応しか私にはできません。

リー・シェンロン首相と安倍首相と日本

余談ですが、、、安倍晋三首相とリー・シェンロン首相は、意見交換を緊密に行っています。2014年には一年間に四度も首脳会談を行っています。安倍首相が解散総選挙での再任時には、ツイッターで祝福のメッセージをリー・シェンロン首相が安倍首相に送り、安倍首相もそれに礼を述べています。

また、リー・シェンロン首相は2013年6月に休暇で富士山を観光していたことを明かすなど、プライベートでも日本を訪れる大の日本好きのようです。貴重な友好関係は大事にしたいものです。

※本記事は下記に投稿した記事の転載です。今後、記事に補足や追記が発生した際には、下記リンクで行います。

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