南三陸・責任ある養殖推進プロジェクト

自然環境と共生した漁業や街づくりの応援

2011年の東日本大震災で養殖施設のほぼすべてを失った宮城県漁協志津川支所戸倉出張所のカキ生産者は、震災以前に問題となっていた過密養殖を改善し、海の環境にも配慮した復興をめざして、養殖密度を半分以下に削減しました。WWFジャパンは同年より「暮らしの自然と復興プロジェクト」を立ち上げ、戸倉出張所の活動を支援。2016年にはこの復興したカキ養殖が、養殖版・海のエコラベル「ASC認証」を、日本で初めて取得しました。第二期となる本プロジェクトでは、認証の継続と他地域への拡大のためのさまざまな課題解決にあたっています。

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WWF Japan

暮らしと自然の復興プロジェクトの着手

自然環境と共生した漁業や街づくりの応援

2011年3月11日に起こった地震とその後の巨大津波は、多くの人命や生活・社会基盤を奪っただけではなく、自然環境にも多大な影響を与えました。 この未曽有の自然災害に対し、WWFジャパンはただちに被災地のための募金活動と、WWFのもつノウハウやネットワークを活かした「震災復興支援プロジェクト」の立案に着手。 集められた募金を被災地域に届けるとともに、地域の要望や課題に関する情報、ならびに生物多様性に関する情報収集にあたり、復興を通じた海の環境保全を目指す取り組みを開始しました。 そして、自然環境・水産業・海洋汚染の専門家の助言を受け、支援地域のひとつとして選定したのが宮城県南三陸町です(図①)。

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南三陸町は宮城県の北東部に位置し、志津川湾を取り囲むような地形をしています。 志津川湾ではギンザケ、カキ、ワカメなどの養殖が盛んに行なわれています。 また南三陸・金華山国定公園(現・三陸復興国立公園)や、ラムサール条約潜在候補地にも指定されている生物多様性の豊かな地域です。

戸倉カキ生産部会の挑戦

この志津川湾の南側を管理する宮城県漁協志津川支所戸倉出張所では、震災後の養殖再開を検討する中で、施設台数を半分以下に削減することを決断しました(写真①)。

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過密養殖による生産性の悪化が、震災以前から課題となっていたためです。 通常、カキは1歳になる稚貝を海中に沈めてから収穫までに1年以上(2年子といいます)かかります。しかし過密養殖が顕在化していた志津川湾では収穫までに2年以上(3年子)かかることもあったといいます(図②)。

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しかし、施設台数の削減は、収入の減収に繋がります。 また、津波で養殖施設をすべて失い、過密養殖を解消しても増収の保証がない中で、この決断を下すにあたっては、連日におよぶ話し合いと、同じ過ちを繰り返したくないという生産者の熱い想いがありました。 その試みの成果は、ほどなくして確かな形となりました。 震災があった年に海中に沈めたカキは、改善された良好な生育環境のもと、一年どころか半年足らずで、収穫可能なサイズまで育ったのです(写真②)。 震災という大きな教訓を契機に海が本来の生産性を取り戻したこと、海の環境に配慮した養殖を行なえば良い結果が返ってくることが明らかになった瞬間でした。

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日本初のASC認証取得を目指して

WWFジャパンは、専門家の協力を得て環境と社会に関する調査を行なうとともに、復興に向けた提言をまとめました。 また漁業者とASC認証取得について意見交換するとともに、認証取得に要する条件の整理と環境影響調査を行ないました。 ASC(水産養殖管理協議会)認証とは、自然環境や労働者・地域社会に配慮した養殖業を認証する国際的な仕組みです。 しかしプロジェクト開始当初は、国内でASC認証水産物は流通しておらず、またカキ養殖の審査できる認証機関すら存在していませんでした。 状況が好転したのが2014年のこと。ノルウェー産のASCサーモンが国内の大手量販店で販売開始され、2015年には二枚貝の審査資格を持つ認証機関も誕生しました。 そこでWWFジャパンは2015年2月に、国内の環境認証に携わるコンサルティング企業に予備審査を委託し、認証取得にかかる課題を洗い出すとともに、自治体、研究機関、NGOなどに協力を要請して各種資料の作成にかかりました。 同年11月には、宮城県漁協志津川支所戸倉カキ生産部会の合意のもと、南三陸町の補助金を活用してASC養殖場認証審査を受審、翌2016年3月に日本初となるASC認証養殖場が被災地域から誕生しました(写真③)。 東日本大震災から5年後のことでした。

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自然と調和した持続可能な養殖業の確立

新たな5か年プロジェクトへの移行

ASC認証は数ある世界の養殖場認証の中で最も厳格なものです。 その信頼性と透明性の担保のために、審査には客観的な証拠の提示と、ASCからも水産業界からも独立した第三者の認証機関が必要となります。 そのため、認証取得とその維持に費用がかかるだけではなく、多様な関係者によるサポート体制を確立しなければなりません。また日本では水産エコラベルに対しての認知度が低く、多大な費用と労力をかけて認証を取得しても、販売価格への上乗せや販路の拡大はあまり期待できないのが現状です。 そこでWWFは、引き続き戸倉地区の養殖業をサポートし、地域が主体となった受審体制の確立と、経済的にも持続可能な仕組みづくりなど、ASC認証に内在する課題の改善を目指す新たな5か年プロジェクトを立ち上げました。

戸倉のカキ養殖が示した新たな価値

戸倉のカキ養殖業者は、養殖密度を削減し海の環境に合わせた養殖へと転換したことで、養殖にかかる期間を大幅に短縮することに成功しました。生産量を半分にしても、生産サイクルも2分の1に短縮されるなら、計算上収入は変わらないことになります。 さらに養殖密度を削減したことで、施設にかかる初期投資だけではなく、日々の作業時間も短縮されました。これまでは午後遅くまで作業をしていたのが、今ではお昼すぎには帰れるようになったといいます。新たにカキ養殖を始める若者も出たといいます。 また東日本大震災時のような大津波は1000年に一度だとしても、台風や悪天候による被害は毎年のように起こります。施設台数を増加するほど、育成期間が長期化するほど、自然災害による被害リスクは増大します。 海の環境に合わせた養殖は、新たな経済的メリットの創出につながったのです。

ブランド化と戸倉の牡蠣のファン拡大へ

これまで宮城県内で生産されるカキは、基本的に「宮城県産カキ」として販売され、産地ブランド化が難しい状況でした。 戸倉ではASC認証を取得したカキを「南三陸戸倉っこかき」として命名し、大手量販店でもその名前で販売することに成功しました(写真④)。

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そして日本初のASC認証取得した養殖場が東日本大震災の被災地から誕生したことは、復興の優良事例として様々なメディアや企業・団体の注目を集めました。 産地や品質にこだわる大手の食品宅配業者でも、そのストーリーと共に取扱が開始されたほか、若者のユニークな食イベントなどでも取り上げられるなど、「南三陸戸倉っこかき」の環は着実に広がりを見せています。 今後、新たな企業や仕組みとのタイアップを企画し、さらなるファンづくりへ、そして経済的付加価値の創出へとつなげるパイロットモデルを構築したいと考えています。

サポート体制の強化と認証の拡大

ASC認証を取得するためには、行政、研究機関、NGOなどさまざまな団体の理解と協力が必要です。 特に審査基準に明記された環境要件は高い専門性が求められるため、民間の環境調査会社に委託すると高額の費用が発生します。幸いなことに南三陸町をフィールドとして、さまざまな研究機関が調査分析を行なっており、ASC認証のための環境調査についても協力体制が構築されています。 戸倉のASC認証取得で培われた経験と支援体制は、宮城県石巻市のカキ養殖での認証取得にも活かされました。 宮城県漁協石巻東部支所、石巻湾支所、石巻地区支所は2017年12月に監査を受け、翌2018年4月にASC認証を取得しました。これで宮城県産カキの約6割がASC認証を取得したことになります(図③)。

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現在、戸倉出張所ではカキ以外の養殖水産物についてもASC認証の取得が可能かどうかの検討を続けており、さらなる支援体制の強化と販売先の協力が必要です。

生物多様性保全と責任ある養殖

南三陸町では2015年に町有林と民有林の一部が、森林と木材製品の国際認証であるFSC(森林管理協議会)認証を取得しています。 さらに2018年10月にドバイで開催されるラムサール条約第13回締約国会議では、志津川湾が登録される予定です(写真⑤)。ラムサール条約とは、沿岸を含むウェットランドとそこに生息する生物を保全するための国際条約です。

WWF JAPAN
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環境保全と水産業の発展の両立が課題となる中、戸倉の実現した「責任あるカキ養殖」は、ラムサール条約の基本理念であるワイズ・ユース(懸命な利用)の優良事例として世界的にも注目を集めるでしょう。 その一方で、海と森との国際認証と、環境保全のための国際条約と連携させ、地域と環境のために活用していくかが試されると言ってもいいでしょう。 またASC認証に即した「責任ある養殖」が拡大した場合、本当に海の生態系は保全されるのか、生物多様性は向上するのかは、WWFにとっても重要なテーマです。志津川湾をモデルとして検証作業を行なう予定です。

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