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2018年05月02日 14時52分 JST | 更新 2018年05月02日 14時52分 JST

どう防ぐ?トラと人との衝突問題の報告書

279の事例のうち57%を占めるのは、トラが家畜を襲う例でした。

生息地の消失や、個体数の増加など、さまざまな原因で野生動物と人が衝突し、軋轢(あつれき)を生じる問題が今、世界各地で起きています。極東ロシアでも、人や家畜が野生のトラに殺される事件が発生。そうしたトラがまた人に殺される負の連鎖が生じています。2018年4月、WWFロシアは、トラと人の衝突事例について分析した、初めての報告書にまとめました。何がトラと人間の距離を近づけているのか。その原因を究明することで、トラの保護が強化されることが期待されます。

どうして起きる 人との衝突?


極東ロシアの森に生息するトラの亜種、シベリアトラ。 オスは全長3メートルを超えることもある、野生のネコ科動物では最大の種です。 この大型肉食獣のシベリアトラと人との間で、遭遇事故などの衝突が多発しています。 森の中だけでなく、市街や集落に野生のトラが出没し、人や人の飼育しているイヌなどの家畜を襲う例が、後を絶たないのです。時には犠牲者が死亡するケースもあります。 一方で、人に極端に接近したトラが、危険と見なされ殺されることもしばしば起きています。 2000年から2016年に起きたこうした衝突事例は、実に279件。 こうした問題について、WWFロシアは詳しい分析を行ない、その結果を2018年4月14日、報告書『The Way of the Tiger: a WWF report on human-tiger conflicts in the Russian Far-East』にまとめ、公表しました。 この報告書では、衝突の原因として、次のような点を指摘しています。

●密猟によるケガ:密猟者の罠や銃によって傷ついたトラは、野生での狩りが困難になり、家畜などの襲いやすい動物を獲物にするようになる
●草食動物の密猟:トラの獲物となるシカなどの動物が、密猟され数を減らすと、トラは獲物を求めて移動し、それまで現れなかった場所にも姿を見せるようになる
●森林の消失:火災や伐採などによりトラの生息に適した自然環境が失われると、トラは人間の居住地近くに出没するようになる
●不十分な家畜の管理:飼い主が適切に管理していない家畜が、トラにとって狙いやすい獲物となる
●トラの個体数の増加保護活動によりトラの個体数が増え、生息域が広がると、トラの行動範囲が人間の生活圏と重なるようになる

衝突事例の特徴


WWFロシアの分析によれば、279の事例のうち57%を占めるのは、トラが家畜を襲う例でした。 ウシなどを襲った例も報告されていますが、最も多く犠牲になったのはイヌで、件数としてはウシの約5倍にもなります。 また、トラが人間を襲った例は26件。この結果、4人が死亡、14人の負傷者が出ています。 一方のトラの方も、一連の衝突事故の中で、33頭が駆除されるなどの形で命を落としました。 人身事故にまで至らなくても、トラと人との間で衝突が増え、住民の間にトラへの恐怖心や否定的な感情が広がれば、それは、トラの保護活動にとって、大きな障害となります。 こうした衝突問題にかかわるトラは、成獣のトラばかりではありません。 成獣のトラがかかわっていたのは、全体の41%。15%は子どものトラが関係し、さらに6%が子連れのメスでした。 38%の事例では、性別や年齢を特定することができませんでしたが、大きく強い成獣の個体ばかりが問題にかかわっているわけではない現状は、明らかであるといえます。 シベリアトラは19世紀までは相当数が生息していたと考えられていますが、20世紀以降、数が激減。 その原因の一つには、トラを危険な動物と見なし、殺すことで問題を解決しようとしてきた歴史があります。 しかし、1930年代には20~30頭ともいわれたシベリアトラは、長年にわたる保護活動の成果により、今では500頭以上にまで回復。現在もわずかながら増加を続けています。 極東ロシアの森の広さを考えれば、まだ決して十分な数とはいえませんが、それでも回復が進めば、こうした人とトラの軋轢問題が増加する可能性も高まるといえるでしょう。 WWFロシアのトラ保護の専門家であるパベル・フォメンコも、「極東ロシアでトラの個体数が増えていることを考えれば、将来的には事故も増えていく可能性がある」と、懸念を述べています。

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トラ保護の最優先課題となりつつある衝突の抑制


そうした中、WWFロシアでは、衝突事例に対処する施策として次の2つの取り組みを行なっています。

●トラ出没時の緊急対応チーム(Rapid Response Team)の結成と稼働

●保護した個体を野生に戻すための「リハビリセンター」の設置と、野生復帰後の調査システムの導入

緊急対応チームについて

緊急対応チームは、2人の政府担当者と1人の獣医、そして1人のWWFスタッフから構成されており、衝突事例や密猟事件に迅速に対処するために設置されました。 チームは、トラが人や人の飼育する動物を襲った事例、人里近くでトラが目撃されたという報告を受けると、現場に急行。 到着すると、情報を集め、トラの行動を把握した後、閃光や花火、ゴム弾などでトラを追い返すか、麻酔で眠らせて捕獲し、リハビリセンターへ運ぶ一方、医学検査と治療を行ないます。 この取り組みは、極東ロシアのプリモルスキー(沿海)地方と、ハバロフスク地方にある2つのトラのリハビリセンターと連携して行なわれており、WWFロシアではこれを技術面や物資供給の側面から支えています。

リハビリセンターと野生復帰の取り組みについて

捕獲したトラは、ケガをしていたり、病気になっている例が少なくありません。 このため、リハビリセンターでは捕獲した個体の回復をはかり、再び野生で狩りができる能力を取り戻させて、野生に戻す訓練を行ないます。 2000年から2017年までにリハビリセンターで保護されたトラは24頭。 そのうち、13頭がリハビリ訓練後に、人の居住区から離れた場所で野生に戻されました。 しかし、全ての個体が回復し野生に戻せるわけではありません。 残る24頭のうちの5頭は、結局野生に戻せないと判断され飼育と回復が継続されています。 また、6頭は、ケガの程度がひどく、死んでしまいました。

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一方、野生に戻された13頭のトラは、保護された時点で9頭が子ども、4頭が成獣になる前の若い個体でした。 こうしたトラには、再び野生に適応し、繁殖活動に加わって、新たな世代に命をつなぐ期待がかけられています。 実際、2012年2月に保護されたメスの子どものトラが、リハビリを経て野生に戻され、4年近く経った2015年12月に、子どもを連れた母親トラの姿で確認された事例があります。 さらに、この13頭のうちの10頭にはGPS装置がつけられ、野生に戻された後も追跡調査が行なわれました。 再び、人間と衝突することのないように、行動を調査し、事故の再発を未然に防ぐためです。 現在も2頭がこのGPS装置の信号を発信しつづけており、5頭は信号が確認できなくなったものの、他の方法での調査の結果、今も生きていることがわかっています。 しかし、2頭はその後、密猟の犠牲となり、残る1頭は消息不明となっています。 保護活動により数が回復しているとしても、まだ500頭ほどしかいないシベリアトラを守るためには、この野生への復帰率を、さらに高めていくことが求められます。

今後に向けた取り組み


緊急対応時のスタッフのトレーニングの強化や、トラの野生復帰に際しての適切な場所の選定。 野生復帰させるトラの個体のリハビリの改善。 そして、生息地である森の保全と、密猟の防除。 WWFロシアでは現在、こうした一連の取り組みをさらに向上させるために、さまざまな協力や資金の提供、提言活動などを実施。WWFジャパンでも、その活動を支援しています。 個体数の回復や、生息環境の改善、生息地の拡大、そして人との衝突事例の低減は、ロシアに限らず、トラの全ての生息域での大きな課題といえるでしょう。 その中で、WWFロシアの懸命の努力と取り組みは、他国のよいお手本としても注目されています。たとえば、政府が関与する形の緊急対応チームの活動は、ロシアで初めて設置され、その後、他の国にも広まっていきました。 極東ロシア、東南アジアのスマトラ島など、これまで保全活動に取り組んできた、トラの各生息地で、WWFはこれからもトラと、その生息環境の保全を進めていきます。

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