21世紀後半に、温室効果ガスの排出をゼロにすることを世界が約束した「パリ協定」。2015年に採択されたこの協定を、どのように実施していくかを定めるルール(実施指針)が、2018年末にポーランドで開催される国連会議(COP24)で決定されることになっています。その準備会合として、タイのバンコクで、9月4日から9日にかけて、国際会議が開催されます。各国代表が集い、パリ協定の実効力を左右することになるルール作りが佳境に入っています。
パリ協定のルール作りの交渉が進むか?
パリ協定では、基本的なルールや原則は決まっていますが、いかにそれらを実施していくかの詳細なルール(実施指針)はまだ決まっていません。そもそもほとんどのルールは、パリ協定が発効するまでに作られ、第1回パリ協定締約国会合(CMA1)で採択される予定でした。しかし、2016年にパリ協定が早期発効したため、発効直後の2016年末、国連気候変動枠組み条約第22回締約国会議(COP22)で開催されたCMA1までにルールを整備し、採択することは不可能に。 そこで、COP22では、CMA1を中断し、2年後の2018年に開かれるCOP24において、あらためてCMA1を再開し、ルールを採択することとなったのです。 国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)事務局が、パリ協定のルールブック策定に向けて提供している「進捗確認表(Progress Tracker)」で挙げられたルールは61項目にものぼります。 京都議定書よりもはるかに複雑で多岐にわたるパリ協定のルールを、2018年のCOP24までに策定し終えることは、なかなかに野心的な試みです。 このため、COPの場だけでなく、ルール作りを進めるための国際会合が、年間数度にわたり、開催されてきました。 その一つである今回のバンコク会議(APA1-6及びSB48-2)は、COP24を前にルール作りを議論する最後の準備会合であり、その行方を握る大事な会合といえます。 各国の代表はこの場で、交渉を最大限に加速する必要があります。
バンコク会合の期待される成果
バンコク会合の期待される成果としては、「Paris Agreement Work Programme (PAWP)=パリ協定の実施指針」がCOP24で採択されるよう、準備が進むことです。 ルール策定の交渉とは、各国の主張をテキストに落としながら、実施のための細則(ルールブック)の文書としていく作業です。その大まかな流れは下の通りです。
① どんな項目が必要か(章立て)
② 項目ごとに各国の意見を回収して、お互いに理解を深め、議論していく
③ 項目ごとに各国の意見で似ているところ(convergence)、相反するところ(divergence)を整理し、項目ごとに各国の対立する意見のところをカッコ書きとして入れながら、一つの文書にしていく。
④ 事務官レベルで可能なところまで交渉した後に、政治的判断が必要な箇所はCOP24のハイレベル会合に挙げて、大臣や首脳レベルで最終交渉を行なう。
これまでの交渉では、③番目までが実現して来ました。 しかし、まだCOP24で採択できるような、決定文書の言葉使いにはなっていません。それをバンコク会合では、交渉の土台となるような、法的な文章から構成される文書にすることを目指し、仕上げていくことが求められます。 そして、2018年末にポーランドで開かれるCOP24に間に合わせるために、バンコク会合の議長たちに、バンコク会合の議論を反映した決定文書のドラフトを作成する権限を与えることが重要です。各国がそれぞれの見解を言いっぱなしにするだけでは、交渉の土台となる文書がまとまらないからです。 これらを実現するためには、世界約200か国が可能な限り議論を進めて、お互いに疑心暗鬼にならずに、ある程度の信頼感を議長たちに寄せて、バンコク会議が終了することが必要となります。
バンコク会合の難しい点
ルールブック交渉は多岐にわたりますが、最も困難と目される点は、以前から温暖化をめぐる国際交渉の場で繰り返されてきた、「先進国 対 途上国」の歴史的な排出責任をめぐる対立です。
すべての国を対象とするパリ協定が成立したことによって、「先進国対途上国の歴史的な排出責任をめぐる対立」は詳細なルール作りの議論に形を変えて移り、代理戦争の様相を呈しているのです。
その一例は「国別目標の削減のガイダンスにおけるスコープ(範囲)」を巡る議論です。これは、各国がそれぞれ設定している温室効果ガスの排出目標に、何を情報として入れるべきか、という議論ですが、その範囲を巡って、先進国と途上国が鋭く対立しているのです。先進国の側には、削減目標のルールをなるべく世界共通でしっかりと作っていくことによって、排出量が増えつつある中国、インドなどの新興途上国にも、排出量削減の負担をもっと負って欲しいという強い意向があります。
一方の途上国側には、先進国がこれまできちんとやってこなかった削減努力の責任転嫁をするのではないかと警戒しており、見返りとなる「支援」をきちんと引き出したいという強い意向があるのです。 そのため途上国側では、国別目標の議論に、削減のルールだけではなく、温暖化による災害への「適応」のルールや、特に先進国からの資金や技術支援についても、議論の範囲内にすべきである、と主張しています。 この対立は、国別目標だけではなく、ほかのルール作りのプロセスにおいても顔を出しています。
また、すべての国を対象としたパリ協定において、先進国と途上国の間でどのように衡平感を持ったルールにしていくか、という論点も政治的に非常に難しい点です。たとえすべての国を対象とするパリ協定といっても、開発の程度に大きな差がある先進国と途上国に、等しく同じルールを当てはめることはできません。
ではどのような柔軟性を持ったルールにしていくのか、という点は、まさにパリ協定が成立したときからの歴史的な対立点なのです。 もっとも、先進国と途上国で分けたルールにしたいと激しい主張を繰り返す新興の途上国グループがある一方、温暖化の悪影響を最も強く受ける島国のグループやアフリカ諸国の途上国グループもあり、それがやや先進国よりのポジションをとったりするなど、途上国側のポジションも今は一枚岩ではありません。
さながら複雑な連立方程式を解くような交渉が、多岐にわたるルール作りのそこかしこに表出しています。 これらの難しい論点は、バンコク会合では解決はできませんが、COP24で政治的に大臣や首脳レベルのハイレベルで最終的に交渉して合意できるように、それらの選択肢をなるべく整理しておく必要があります。
国連交渉を注視する非国家アクターたちの動き
国連交渉の主役、議決権を持つのは、あくまで各国の政府代表ですが、それ以外の主体も近年は大きな役割を果たすようになってきました。 パリ協定成立の大きな力となった、政府よりも積極的な自治体や都市、企業、投資家、市民団体などの非国家アクターたちの同盟も、COP24に向けてその活動を活発化させています。 この動きが、膠着している政府間交渉にも大きな影響力を及ぼすことは必至と見られており、バンコク会合でも、COP24に向けた機運の盛り上がりを導く一つの主体として注目されています。
日本においても、105の企業・自治体が参加する「気候変動イニシアティブ(JCI)」が2018年7月に発足。参加団体数を8月末の時点で182に増やしながら、政府とは別の立場から、パリ協定の実施を後押ししようとしています。日本政府は、これらの大きな機運の盛り上がりの中で、積極的にパリ協定のルール作りに関与することが求められています。