化血研不正で分かった血液製剤の危うい構造

「国内自給の国策」と「安定供給」と「法令遵守」のすべてを満たすことがどうしてもできなかった。

化学及血清療法研究所(以下化血研)が承認書と異なる手順で血漿分画製剤を生産し、その隠蔽を続けていた問題には、衝撃を受けた方も多いことでしょう。なぜ化血研は違法と知りながら隠し続けたのか、その周辺事情を探っていくうち、単純な勧善懲悪論では済まされない、危うい構造が隠れていると分かってきました。

まず、最初に用語を説明してしまうと、血液から赤血球、白血球、血小板を取り除いた残りの部分が血漿です。で、化血研が製造していた血漿分画製剤というものは、普通の医薬品と少し性格が異なることを知っていただく必要があります。何が違うかというと、製剤の有効成分を、メーカーである化血研が化学合成で作り出しているわけではないという点です。

では一体誰が作り出したのか? それは血液を提供した人たち、その遺伝子なのです。

私たちの血液の中には、遺伝子によって作られた生理的働きを持つ様々なタンパク質が、雑多に存在します。病気やケガで、自らはそのタンパク質を作れないか、自ら作る量では足りないという時に、他人が作ったタンパク質で補う、それが血漿分画製剤の役割です。

化血研などの国内メーカーがやっているのは、献血由来の血漿に含まれる有象無象の混合体から、必要とされるタンパク質を純度高く抽出するという工程に過ぎません。

そして、このことから当然分かるように、メーカーは、原料の血漿からある有効成分を抽出した残りから別の有効成分を抽出し、そのまた残りからさらに別の有効成分を抽出し、そのまた残りから……という連続の工程で複数の製剤を抽出しています。この流れのことを「連産」と呼びます。連産できる各製剤の量の比は、元々血液に含まれていた有効成分の割合を反映して、ほぼ一定になります。

ここまでが、これからの話を理解していただくための基礎知識です。

●「国内自給」という国策

さて、化血研の第三者委員会報告書には『「自分たちは血漿分画製剤の専門家であり、当局よりも血漿分画製剤のことを良く知っている。」、「製造方法を改善しているのだから、当局を少々ごまかしても、大きな問題はない。」という「研究者としてのおごり」』があったと書かれています。

監督官庁で生殺与奪の力を持っているはずの厚生労働省に対して驕りを持てるとは不思議な話だと思わないでしょうか?ここに、血液製剤の抱える特殊な事情があります。

2002年制定の「安全な血液製剤の安定供給の確保等に関する法律(以下・血液法)」に、「献血による血液製剤の国内自給」との方針が明記されています。「献血による国内自給」が国策となったのは、血友病の方などに多くの感染者を出した薬害エイズ事件が契機となっています。

法律に書いてあるわけですから、厚労省には「献血による国内自給」を達成すべく努力する義務があり、また患者によっては命に関わる薬ですから安定供給も大前提です。自給による安定供給を達成すべく、その製造を任せていたメーカーの一つが化血研でした。

第三者委員会報告書には、『化血研の製造する製剤の中には、シェアが高く代替性が困難なものが多い』とも書かれています。つまり、自分たちが製造を引き受けなかったら、厚労省だって困るはずだ、と思い上がる要素はあったのです。

もちろん世界を見渡せば、化血研が作っているものを製造供給できるメーカーは複数存在するのですが、ベトナム戦争をきっかけに血液製剤の輸出は実質的に禁じられている(*注参照)ため、国内の献血を原料とするとなると、ほぼ自動的に国内メーカーに製造させざるを得ず(原料血漿の国外持ち出しが難しいため。海外メーカーが国内に工場を造れば別)、その中では化血研の技術力は一定の評価を得ていました。厚労省からすると、他に選択肢がなく、そう強くも出られない相手だったということなのです。

●市場が先細り

強く出られない理由は、まだあります。

血漿分画製剤が最初は大変に儲かったのだけれど、今では旨みがなくなり、しかも市場は先細りする一方ということです。このため、新規参入を期待することすら難しくなっていました(ただし化血研自体は、現在もワクチンなどでガッチリ儲けています)。

血漿分画製剤の市場が先細りになる理由は二つあります。

一つ目が、主に海外メーカーの遺伝子組換製剤にシェアを奪われ続けていることです。

理屈上、体内で作られているタンパク質と、そのアミノ酸配列を指定する遺伝子が同定されれば、その遺伝子を細菌や細胞に組み込んで、その物質だけ大量に作らせることができます。その方法で製造されたものが遺伝子組換製剤です。

ピンと来ない方には、今まで他人から提供される臓器を移植するしかなかったのが、iPS細胞から臓器を作れるようになったのと同じだと言ったら、その性格の違いを分かっていただけるでしょうか。

ヒトの血液に潜む未知の病原体による感染のリスクが理論上なくなること(組み込む細胞由来のリスクは残ります)、医薬品としての改良を行えること、原料の量の制約から解放されることなど、遺伝子組換製剤には多くの優れた点があります。改良して新製品とすることで薬価を付け直せるというメーカーにとっての経済的メリットもあります。

患者にとっても遺伝子組換製剤のメリットは大きかったため、当初は血漿分画製剤の花形的存在だった凝固因子製剤もシェアを落とし続けてきました。

日本勢が遺伝子組換の技術を持っていなかったわけではありません。1988年に我が国の遺伝子組換医薬品第1号として登場したのは、他でもない化血研のB型肝炎ワクチン「ビームゲン」でした。

それなのに血漿からの抽出を続け、遺伝子組換製剤を開発しなかったのは、先ほど説明した連産構造と輸出禁止が影響したと考えられます。

血漿から生産できる連産品の量の比は、ほぼ一定になると書きました。つまり、国内だけを販路として、最も売れる製剤の量に合わせて原料血漿を準備すると、その他の製剤に関しては原料が多過ぎることになります。

現在のところ日本で最も大量に売れる血漿分画製剤はアルブミン製剤です。困ったことに、アルブミンというのは、連産の最後にようやく抽出できるものなのです。

つまり、アルブミンの需要に合わせて原料を用意して製造した場合、凝固因子製剤などの半製品も出来てしまい、輸出できない以上は確実に余るのです。製品にして出荷しなければ全部捨てるしかないわけで、元が善意の献血であることを考えたら、それを捨ててまで遺伝子組換製剤を製造しようとは思わないことでしょう。

市場先細りの二つ目の原因は、薬価の持続的な下落です。

血漿分画製剤も、卸から先の流通は通常の医薬品と基本的に変わりません。通常は2年に1度ある薬価改定の対象となっています。

薬価改定は、市場の実勢価格に合わせていく方法で行われます。国内メーカーが複数(2015年では3社)存在し、加えて海外メーカー製品も入ってきているという競争があって、しかも納入価格の交渉は卸業者と医療機関との間で行われるため、メーカーが何と言おうが、医療機関への納入の際には、薬価から値引きが行われます(ここの所には医薬品流通の抱える大きな問題が存在するのですが、今回は触れません)。

この結果、改定の度に薬価が下がります。これを20年以上続けてきた結果、利幅がとても薄い製品群となってしまったのです。通常の医薬品であれば、改良を加えて新製品として出し薬価を再取得することも可能なのですが、血漿分画製剤ではほとんど期待できません。同じ献血から作られる輸血用血液製剤(赤血球や血小板など)に競争がなく、その薬価は下がるどころか、安全対策を加える度に上がり続けているのとも好対照です。

●割当配給制の原料

さて、血液製剤やワクチンなどの「生物学的製剤」は、原料と製造法が承認書通りか確認される一般医薬品同様のチェックに加えて、国立感染症研究所による国家検定で、製品そのものの品質もチェックされています。純粋な工業製品と異なり、原料や製造手段に生物由来の物を使い、その性質に元からバラつきがあるため、承認書通りに製造していたとしても基準から外れた物が出来てしまう可能性はあるためです。

化血研の製品群も、国家検定は通り続けていました。つまり、品質の基準は満たしており「自給による安定供給」へは貢献していたわけです。残った問題の、承認書と違う方法で製造していた法律違反に関して、承認書の方を実際の製造法に合わせて訂正することで解消をめざすというのが、部外者から見れば当然の判断です。

しかし、第三者委員会報告書は『一度開始された不整合や隠ぺい工作を当局に知られることなく中止することは極めて困難であり、化血研の役職員は、先人達が始めた不整合や隠ぺいを当局に報告する勇気もなく、それらを改善する方策も見つからず、先人達の違法行為に呪縛されて、自らも違法行為を行うという悪循環に陥っていた』と記します。

承認書に訂正を加えるには、製造法の変更申請をする必要があります。そして、変更が認められると、その日までに国家検定を通過している製品か、製造変更承認日以降に生産を開始した製品でないと出荷できなくなります。

一般に、生産開始から国家検定終了まで9カ月近くかかるそうです。その間に欠品が起きないよう、前もって9カ月分を余計に生産して在庫にしてから変更申請する、というのが通例となっているそうです。

今回の化血研にとって致命的だったのは、連産の最も上流にある凝固第9因子製剤を抽出する段階で承認書と異なる工程を入れていたため、もし変更申請するなら、下流の計10製剤でも同時に変更申請が必要になってしまった、ということです。その中に、国内の需要が最も多い、つまりは原料の余らないアルブミン製剤が含まれており、余計に9カ月分作るためには、原料も9カ月分余計に必要でした。

ここで「国内自給」が壁となります。余計に生産するための原料血漿は、献血由来の物を日本赤十字社から買うしかなく、しかし各メーカーが買える量は、1年ごとに国の薬事・食品衛生審議会血液事業部会で決定されることになっています。割当量は献血の目標量とも連動しており、例年以上の割当を受けるためには、皆を納得させる理由が要ります。

ですが、原料が余っていて製造法改良のメリットが見えにくい凝固因子製剤で製造変更するだけでも不自然なのに、それだけ多くの製剤を道連れにするなんて、怪しまれるに決まっています。化血研は、既に製造法が違うとバレるリスクを冒してまで、割当を増やそうとはしませんでした。

要するに化血研は、課せられた「国内自給の国策」と「安定供給」と「法令遵守」のすべてを満たすことがどうしてもできず、法令遵守の部分で頬被りをした、ということになります。

この問題、まだまだ奥が深そうです。次号以降も報告を続けます。

*注 国会で、兵士の治療に用いることができる「後方支援物資」ではないかとの議論があり、1966年から、武器に転用できる物資の輸出を制限する「輸出貿易管理令」の対象となっています。

(2015年12月29日「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)

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