今も拡散し続けるハンセン病をめぐる誤った物語。

ハンセン病の歴史は、まさにフェイクニュースの歴史でもあったのです。
1910年11月18日付けロサンゼルス・ヘラルド紙に掲載されたハンセン病に対する差別記事
1910年11月18日付けロサンゼルス・ヘラルド紙に掲載されたハンセン病に対する差別記事
日本財団

こんな物語、あるいは噂がアメリカで流布されていました。「ある若い女性が指に小さな切り傷をこしらえ、その友人が自分の清潔なハンカチで傷を縛ってやった。翌日、指は腫れ上がり、医者の診断を受ける。医者はその結果に驚き、女性の友人にハンカチをどのクリーニング店に出しているかを尋ねた。医者がそのクリーニング店を調べると、その中国人店主が「leper(ハンセン病患者に対する蔑称)」だった。その不幸な女性は、現在カリフォルニア州のらい療養所に収容されている」。

19世紀末から類似した話が新聞にも掲載され続け、20世紀になってからも同様の話が、何度も蒸し返されました。

第二次大戦以降には、こんな噂話が広まったこともあります。「南太平洋に従軍したアメリカ兵が、そこの住民が作ったブレスレットを故郷のフィアンセに送り、ブレスレットを身に着けたフィアンセがハンセン病を発症した」というものです。

もしかすると今もどこかで、そんな話がまことしやかに囁かれているかもしれません。

これらはハンセン病の発症力の弱さも潜伏期間も無視した、典型的なフェイクニュースです。差別の対象をハンセン病患者とみなすことは、実は古代から何度も繰り返されてきました。ハンセン病の歴史は、まさにフェイクニュースの歴史でもあったのです。

西欧社会でハンセン病のイメージ、それも誤ったイメージを定着させたことについては、聖書の記述、より正確には、その原典からの翻訳が果たした責任が大きいと言えます。旧約聖書の『出エジプト記』、『レビ記』や『列王記』にはすでに、「lepra(ラテン語)」が登場し、福音書ではイエスがハンセン病患者(leper)を癒す印象的な場面が描かれています。聖書では一般にハンセン病は「罪の穢れ」であり、イエスによる癒しも単なる病気の治療ではなく、「罪からの清め」でもあると表現されました。lepraもleperも、原典の「Zaraath(ヘブライ語)」の訳語です。しかし「Zaraath」は本来、皮膚病全般をあらわすもので、必ずしもハンセン病ではないことが現在の定説となっています。聖書の記述も、「重い皮膚病」や原語をそのまま表記した「Zaraath」に修正されつつあります。

ただし医学が未発達な時代、感染経路等が謎に包まれたハンセン病が、遺伝病や穢れによる病いとみなされ、過度に怖れられたことを簡単に批判することはできません。とくに効果的な治療法がなかった時代には、誰もが患者になり、あるいは差別する側になる可能性がありました。そして恐怖心から様々な憶測が生まれ、根拠のない噂話が流布することになったのです。

問題は、ハンセン病の病原菌が発見され、治療法も確立した現在でもなお、誤った情報が生き続けていることにあります。しかも過去の誤った情報が訂正されないまま、「科学的な事実」であるかのように装った、その実、矛盾だらけの物語がインターネット等を通じて拡散しているのです。

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