内側から見たジブリ映画の凄さ

はじめまして、映画美術の仕事をしている種田陽平といいます。実写映画の美術での仕事がほとんどですが、現在公開中のスタジオジブリの最新作『思い出のマーニー』で、初めてアニメの美術監督に挑戦することになりました。今月頭に発売した『ジブリの世界を創る』では、『思い出のマーニー』の制作の裏側、スタジオジブリで仕事をする中で気付いたジブリの凄さ、これまでの美術監督としての仕事を振り返りながら大切にしてきたことを紹介しています。

はじめまして、映画美術の仕事をしている種田陽平といいます。

実写映画の美術での仕事がほとんどですが、現在公開中のスタジオジブリの最新作『思い出のマーニー』で、初めてアニメの美術監督に挑戦することになりました。

今月頭に発売した『ジブリの世界を創る』では、『思い出のマーニー』の制作の裏側、スタジオジブリで仕事をする中で気付いたジブリの凄さ、これまでの美術監督としての仕事を振り返りながら大切にしてきたことを紹介しています。

■物語とキャラクターを立たせる美術の仕事

実写映画の美術と言うと、多くの人は大規模なセットのことを思い浮かべるようです。

確かに最も重要なのは、メインセットです。映画美術の場合は、メインセットが何かによって、スタッフの目の色が変わるようなところがあります。「今回のメインセットは城です」となると「おぉ、城か!」と、「今回は寺です」となると「寺か!」とどよめく。江戸時代の村や原始的な集落のこともあれば、ヨーロッパの街並みを作ることもあるわけです。ぼくの場合だと、例えば『スワロウテイル』で架空都市「イェンタウン」を、『キル・ビルvol.1』で巨大なレストラン青葉屋を、『THE有頂天ホテル』で大きなホテルを造るということです。これらは確かにやりがいがあり、そして華のある仕事です。

一方で、ぼくは規模の小さい映画美術の仕事もしています。美術スタッフが2、3人という作品もあります。そういう作品の場合は、主に英語で「ドレッシング」とか「デコレーション」と言われる作業がメインです。日本ではあまり適した言い方がなく「飾り」と言っています。

例えば、ごく普通の会議室で撮影しようとすると、ちょっと味気ないわけです。そこで、テーブルを違うものに替えたり、置物を加えたりする。それがドレッシングです。

高級感を出すために革張りの椅子に入れ替えようとか、置物を置くなら登場人物のキャラクターに合ったものにしようとか、映画に有効な美術的要素を付加する作業。そういう装飾・小道具的なことも美術の仕事なのです。

たいしたことに見えなくともすべてに狙いがあり、その作業を加えることで物語とキャラクターがより鮮明に浮かび上がります。観客に映画の世界観が伝わりやすくなるわけです。これこそが、映画美術の基本です。

Perfumeの新曲「Cling Cling」のPV美術も担当

■高畑監督や宮崎監督に教わった〈空気感〉

ぼくが美術をする上で大切にしていることが、その映画固有の〈空気感〉を出すことです。ストーリーの細部を忘れてしまっても、スクリーンの中に感じた〈空気感〉だけははっきり覚えている。そういう独特の雰囲気を出すことを目標の一つにしています。

この原点にあるのが、子どもの頃に観たアニメ映画の『太陽の王子ホルスの大冒険』という作品です。実はこの映画、東映映画時代に高畑勲さんが監督し、宮崎駿さんが場面設計を担当したものでした。初めて観たときに興奮し、続けて2回見ただけでは足りず、後日もう一度見たことを記憶しています。これまでのアニメ映画にない色使いや子どもには少し難解なストーリー展開以上に、もっと漠然とした、けれどしっかりと映画を覆い尽くしている〈空気感〉を、子どもながらにビビッドに察知し、興奮したのです。

■純粋さが、時を超え、場所を越える普遍性を生む

映画美術の仕事をするようになってからは、ジブリの作品に対して、憧れと嫉妬が綯い交ぜになったような奇妙で複雑な感情を持っていました。

ジブリ作品のようにリアルに見えて、でもファンタジーが成立する世界というのは、実写では意外と難しいものです。

実写映画の場合、みんなで頑張って作り上げて、公開したときはうまくいったと思っても、1年後に見るとなぜか古びて見えてしまうところがあります。一般的に実写の映画は、賞味期限がはっきりした食べ物みたいなものなのです。だけど、ジブリの作品をはじめとするアニメーション映画というものは何年たっても古くなりません。それはなぜなのか、美術監督として常に考えていました。

今回、ジブリの仕事を通じてわかったジブリ映画の魅力が、物語や登場人物の純粋さをより引き出す美術装置や演出です。

『となりのトトロ』や『火垂るの墓』を見直して思ったのですが、ジブリのアニメ映画はピュアを描いているからこそ今も色褪せない魅力を持っている。そのピュアネスが普遍性を持っているために、海外の人たちにも伝わり、古びないのだと思います。

かつて、日本の実写映画にもそうしたピュアネスが確かに存在していました。溝口健二監督や小津安二郎監督の作品を見ればわかると思いますが、ピュアな人間が主役として出てきて、映画全体がそのピュアに洗われる気がするくらい強いのです。監督のスタイルと力量がピュアの保持を可能にしているわけですが、こういう映画は時代が大きく変わっても、映画と登場人物が持っている純粋さが今も生き生きと輝いて観る者を魅了します。そうした純粋さを実写の映画人としてぼくはまだ信じているので、ジブリアニメのようにピュアネスを大切にする仕事をしていきたいという思いも改めて生まれました。

そしてジブリのスタッフは、実社会から少し離れたところで、一人ひとりが純真な気持ちで絵を描いています。それは実写映画のスタッフには少ないものです。仕事の内容が違うといえばそれまでですが、彼らを見ていて本当に頭が下がる思いがしました。

「映画美術の奇才」種田陽平監督を追ったNHK総合「プロフェッショナル 仕事の流儀」は8月29日0時40分から再放送! http://www.nhk.or.jp/professional/

『思い出のマーニー』の世界を再現した「思い出のマーニー×種田陽平展」は9月15日まで江戸東京博物館で開催!8月29日には種田監督によるギャラリートークとサイン会も開催!http://www.marnietaneda.jp/

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