「コンプレックス」と「多様性」のあいまいな関係

近年、先進諸国でそれまで良いこととされてきた多様性という価値観に揺り戻しがあった。
Group portrait of people smiling
Group portrait of people smiling
Getty Images

だって私、背が高い金髪のイギリス人じゃないもの。

去年の暮れ、聞いたこの言葉に耳を疑った。

言葉の主は、イギリスのインテリアデザイン業界の重鎮・・・と言っては失礼だが、業界団体会長を務め、雑誌記事の執筆・展示会のトークゲスト、など引く手あまた、ロンドンで最も成功しているインテリアデザイナーのひとりAのセリフである。 オーストラリア出身で小柄なブルネット(茶髪)のおかっぱ頭、50代後半(?)でミニスカートを履きこなし、いつも明るく朗らかで誰とも分け隔てなくフレンドリーに接する彼女のファンは多く、私もそのファンのひとりだ。 あるディナーで彼女の席の隣になった時に、若くしてロンドンにやってきて業界経験なしにデザインビジネスを始めた当初は苦労したことを語ってくれた。 その時に出てきたのが冒頭のセリフで、その後こう続けた。

オーストラリアから出てきたカントリーガールだし。

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去年の暮れ、突然シンガポールに住む友人Bから「出張でロンドンにいるんだけど会える?」とFBメッセンジャーが入ってきた。

インド系シンガポール人で親が始めた法律事務所を継いだ彼女は、フランス人夫との間に2人の男の子がいる二児の母でもある。 親がセミリタイヤしたので最近ファームのパートナーになった、今回は子どもたちを置いてひとりで出張だとのこと。 子どもたちの世話はもちろん家に住み込みのメイドがやっている。 シンガポールに家庭も社会的地位も豪邸もある彼女が、いきなり「ロンドンに引っ越そうと思うんだけど・・・」と相談してきた。 自身も16歳でシンガポールからロンドンに単身で高校留学しケンブリッジ大で法律を学んでいる。 移住の理由は2人の子どもの教育だとのこと。 フランス人の夫は順調な自分のキャリアや高税率のイギリスで可処分所得が激減することを懸念して乗り気ではない。

シンガポールはねー、中華系シンガポール人だったらいい国だと思う。

彼女は特にシンガポール人男子に義務で課せられる兵役を心配していた、インド系と白人のハーフである息子たちがいじめられるのではないかと。

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私はこの2人の話を聞いて暗澹たる気持ちになった。 幸せな家庭生活も仕事上の成功も社会的地位も全てを手に入れている彼女たち、たしかにAがイギリスにやってきた30年前はロンドンは今より遥かに白人英国人中心の社会だったろうし、Bの言うようにどこの国も軍隊はいじめの温床だと聞いたことはある。

でも・・・だいたいあなたたちは英語ネイティブじゃない・・・英語ネイティブじゃない私はどうなるのよ?

『英語コンプレックス – 1』という記事を書いた時のように、一度捨て去ったはずの英語コンプレックスがちょうど再び首をもたげてきたところだったのだ。

私の英語は日常生活は全く支障はないし、仕事をする上でも不便はない、子どもの学校でPTA委員をやれるくらいママ友コミュニティにも入っている。 それでも取引先と仕事を進められるレベルで必要な英語と、クライアントの心を掴んで離さないレベルの英語とは天と地ほど違うのではないか?

「プロジェクトが遂行できる英語」と「プロジェクトを売れる英語」は全く別物ではないか?

そもそも最も生活に密着した「自分の家」をバックグラウンドが異なり共感できない日本人に頼む人はいないのではないか?

・・・と悩んでいたところだったのだ。

英語ネイティブのあなたたちが、ロンドンとシンガポールという「多様性」都市チャンピオンの世界ランキング1位と2位を占めてもおかしくない都市においてコンプレックスを感じるのだとすれば、英語ノンネイティブで30過ぎて新しい土地にやってきて、全く一から新業界で始めた私などどうすればよいのか?

私は髪の色や人種など外見上のことでコンプレックスを感じる余裕なんてないのだ、英語コンプレックスをなめんなよ!

しばらく封じ込めていた英語コンプレックスが吹き出して鬱々としていたが、それを解消してくれたのは去年末からちらほらと飛び込んできた、英語圏メディアに私の住宅改装プロジェクトが掲載されるというニュースだった。

Yoko Kloeden Design

去年末にはロンドンの高級住宅地を読者対象とした雑誌The Residentでのお宅訪問特集 記事はこちら

来週には米ウェブメディアDesign*Spongeでお宅訪問特集が公開され、英ガーデニング誌Modern Gardensや英インテリア誌Kitchens Bedrooms Bathroomsなど他にもいろいろ予定されている。

日本では「東京に住む外国人のお宅訪問」という切り口になってしまいがちなところ、そういう切り口は一切なく「このデザインは何の影響を受けたのですか?」など純粋に思考やコンセプトに興味を持ってもらえるのが嬉しい。 英米メディアのエディターやジャーナリストに"Your home is different."と「他人と違うところ」を長所と認めてもらえるのが嬉しい。 他人と"違う"ことが多い環境を選んできた私には"違う"ことを良いことだと言ってくれる人が多い場所は生きやすいのだ(*1)。

近年、先進諸国でそれまで良いこととされてきた多様性という価値観に揺り戻しがあった。 多様性の中にさまざまな属性の人がいて皆さまざまなレイヤーのコンプレックスを抱えて生きている。 他人から見れば「何て贅沢な」と思わざるをえないコンプレックスを抱えている人もいれば、普通の人間は想像もつかないような逆境でもコンプレックスに昇華していない人もいる。 例えば、私の英語コンプレックスはアウェイで非母語を操って生きる者の宿命として確かにずっとそこにあり続けるものだが(*2)、ちょっと他人に認められたくらいで薄れるようなちっぽけなもので、所詮恵まれた者の言い訳にすぎない、と思うことができる。

以前も書いたように、やっぱりコンプレックスとは人間の心の持ちようで決まるものだ。

そしていろいろな人がいる多様な社会は、さまざまな人が抱えるさまざまなコンプレックスにちょっとだけ優しい。

P.S. 先週お知らせしたオフ会、もうじき参加者を締め切りますので参加希望の方はお知らせください 詳細はこちら

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