都市は効率的な公共交通と高層ビルでクリエイティブ層を惹き付けるべき、という本著の主張におおいに賛成。がんばれ、ロンドン!
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この本を読みながら、5、6年前に夫と住みたい都市の条件を書き出していた頃を懐かしく思い出しました。 理想的なクオリティ・オブ・ライフ(文化度が高い落ち着いた街並み、街歩きが楽しく車がいらない生活etc.)と現実(英語圏で仕事のオポチュニティーが多い場所)が交差し、インフラ(医療・交通など)が整ったところ・・・といくつか世界中の都市をあげ、Pros & Consを検討した上でロンドンに引っ越してきました(→『ロンドンに引っ越します』)。 本著の原題は『Triumph of the City』、ズバリ「都市の勝利」ですが、本著で定義されている「成功」の定義は明確です。 工業社会を脱し、知識経済に移行した21世紀で成功する都市とは「アイデアを持ち新しいものをつくり出せる高学歴・高スキル人材を磁石のように惹き付ける力を持った都市」のこと。 また「このような都市は仕事の機会で溢れているので農村から貧困層も惹き付ける、それも都市の魅力のひとつだ」という主張。

具体的に成功している都市としてニューヨーク、ロンドン、パリ、シンガポールなどグローバル都市ランキングのトップを占めるような都市を挙げていますが、ムンバイ、デトロイト、バンガロール、リオ・デジャネイロ、リバプールなどさまざまな都市の栄枯盛衰も検証していて実に面白かったです(グローバル都市ランキング→『ロンドン栄光の時代?』)。

さて、私が『ロンドンに引っ越します』に書いた頃と住む場所に関する個人的な嗜好はほとんど変わっていないのですが、ロンドンに来て考えを変えた点があります。 それは、

高さを規制した古い街並みと世界中から人を惹き付けて止まないメガ都市の成長性は両立しない。 だから都市は同心円状にだけではなく上方向にも延びるべき。

という点。 本著では

都市の魅力はそこに住む人である。 都市が成功し続けるためには人を収容するために、歴史的な街並みを保存するだけではなく、戦略的に高層ビルを許さなければならない

と、私が最近感じていたことを明確に、多くのデータで立証しています。

昔からヨーロッパの落ち着いた低い古い街並みが好きでした(→『そこにしかないもの』)。 確かにこれらは開放感と落ち着きをもたらしますが、古い建物が壊されないのは、厳しい建築規制の賜物です。 修復と保存には社会的に多大なコストがかかっています。 この規制はロンドンやニューヨークのようなグローバル都市では不動産価格の高騰をもたらし、中心部は超リッチしか住めないレベルになっています。 ニューヨークは「摩天楼」というくらいだからまだロンドンより高さ制限が緩いですが、ロンドンの住宅価格は平均で£558,000(約1億円)です(2014年9月現在→City A.M: London house prices: Average asking price in the capital reaches £558,000。 また去年のエントリーですが→『有事のロンドン買い』)。 平均1億円って意味不明ですが、治安のいいエリアに住もうとするとこれでもたいした家は買えません。

イギリスでは土地の使用用途は自治体が厳しく管理しており、新たに住宅を建てるためには自治体の建築許可(planning permission)を取得しなければなりません。 マイホーム信仰が強いイギリスでは住人(持ち家がある人、つまり価格が上がる前に家を買った中高齢者)が近隣の新たな開発計画を極端に嫌う傾向があり、地域住人の選挙票で選出されている自治体は有権者が嫌う開発計画を却下するため、とりわけロンドンでは新築の建築許可はほとんど下りなくなっています(右のグラフは新規住宅が減ると同時に住宅価格が上がっている過去40年を現したもの)。 このイギリスを非常によく現す性質をNIMBY(= Not In My Back Yard、「私の裏庭にはダメよ」)と言います(このThe Economistの記事に詳しい→The Economist: House-building - Breaking the stranglehold)。 建築規制による"shadow tax"(影の税金)はロンドンのウエストエンドでは建築コストの800%にものぼるそう。 同じく規制の厳しいパリで300%、ブリュッセルで68%、NYマンハッタンで50%とのことですからロンドンの異常さは際立っています(The Economist: London house prices - The parasitic city)。

グローバル都市として激しい競争にさらされているロンドンの首長であるロンドン市長もこの状況に手をこまねいているわけではありません。 強いオフィス・住宅需要を背景に建築規制が緩い区(つまり税収が欲しい貧困区)で続々と高層建築が建てられています。 ロンドンには100mを超える高さの建築が41ありますが、そのうち24が2000年以降建てられたそう(The Economist: London skyscrapers - The ascent of the city)。 これら現代建築はあだ名で呼ばれ、新たなロンドンの顔となっています(→『現代建築の都』)。

ところが、イギリスには「伝統」という名目のもとシュールな法律がたくさんあります。 そのひとつが「ロンドン各地にある著名な公園や丘からセント・ポール大聖堂が見えるようにしなくてはならない。 大聖堂の後ろに高層建築が建ってもならない」というもの。

例えば、下の写真はロンドン北部ハムステッドヒースのある丘からロンドン摩天楼を見た景色です。 現在高さNo.1のシャードの手前にセント・ポール大聖堂が小さく見えるのがわかるでしょうか? この景色のために数百万人の住人がこんなに高い住宅コストを払わされているのかと思うと泣けてきますが(笑)。

私たちは家を買ったところなのでロンドンの住宅価格が大幅に下がると困りますが、一方で大学を出たばかりの若者や地域に活気を与えるアーティストやデザイナー(だいたいアーティストやデザイナーっていうのは貧乏です)が一生懸命働いてもまともな場所に住めないような現在の状況は長期的に都市の魅力を大幅に毀損すると思います。 若者に夢がない場所って先行き暗いと思うので。

都市は効率的な公共交通と高層ビルでクリエイティブ層を惹き付けるべき、という本著の主張におおいに賛成。

がんばれ、ロンドン!

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