ほとんど問題にされない富の話

すべての社会問題を世代間闘争に帰結するのは好きではありません。 でも、昔の階級格差が今は資本の蓄積と分配をめぐるグローバルな世代間格差にとってかわった、最近それを示すデータが次々出てくる気がします。

少し前のThe Economistのテクノロジーと世界経済の特集がバツグンによかったです。

ニュースは昔はいろいろ読んでいましたが、子どもが産まれてからは時間がないのでThe Economist以外は読まないようにしています。 重要なことをわかりやすくまとめる編集力と事象に対する分析力が数ある競合他誌の追従を許さない気がします(6年前のエントリーですが→『The Economistを読もう!』)。 週1回というところもよい、それでも追いつけず常に2、3週前のを読んでいる現状です。 とてもよかったので下記()内に特集記事のリンクを貼っておきます(購読が必要)。

この特集では、

- アルビン・トフラーが『第三の波』と呼んだデジタル革命が世界的に労働市場に与えている影響(→『The third great wave』

- 情報テクノロジーがもたらした生産性の向上が実質賃金の上昇につながっていない現実(→『Productivity - Technology isn't working』

- 先進国ではミドルスキルの仕事がなくなり高スキルの一部に恩恵が集中していること(→『The privileged few - To those that have shall be given』

- 最も魅力的なグローバル都市では住宅価格の高騰がその成長を阻害していること(→『Home economics』

- 日本・韓国をはじめ最近では中国が果たした、工業化による発展途上国からの脱皮・成長モデルが崩れてきたこと(→『Emerging economies - Arrested development』

- 世界のどこにいてもグローバル市場や世界最高峰の教育にアクセスできるようになったこと(→『New opportunities - Silver lining』

- 変化する世界に対応できず労働市場とミスマッチを起こしている人材をマッチさせる政策(→『Means and ends』

まで包括的にカバーしていて必読。

『Home economics』の記事なんか前回書いた『都市は人類最高の発明である』の主張そのままで、最近気になっていた金融危機後の世界経済をビシーっとまとめている力作でした。

日本の経済系オンライン記事を眺めていると、「グローバル人材にならなければ、急速に変化する世界に対応できない」というような「自己研鑽を積んで一生懸命働いたら見返りがくる」という夢を売る(逆に「できなければ仕事がなくなる」という脅しをかける)論調が多いような気がします。 ところが最近起きていることは「働けど働けどラクにならず」という現象です。

それを端的に現しているのが上の2つのグラフ(『The privileged few - To those that have shall be given』より)。 1つめのグラフは国民所得における労働分配率が各国で下がっていることを示すもの。 一部の高額所得者(企業CEOや成功した起業家など)を除き、普通の労働者は働いても働いても(生産性が向上しても)実質賃金が上がらなくなっていることを示しています。

2つめのグラフは1700年から現代までの国民所得における富の分配率を示したものです。 20世紀初頭までは特にヨーロッパ諸国では、そしてアメリカでも富は一部の資本家に集まり、資本(資本家の利益・家主の地代など)は国民所得の7倍(アメリカでも4倍)にも達していました。 一方、労働者は困窮し、極度に高いレベルでの不平等で安定していました。 共産主義が誕生したのはこういう環境下においてです。

ところが第一次大戦後の経済・政治的ショックで起こった税制改革(累進所得税・法人税・資産税の導入)やインフレ、資産価値の下落などで富の分配が起こり始めます。 第二次大戦後、すべての先進国が高い経済成長を遂げ、すべての社会グループが経済成長の果実をエンジョイし不平等の解消が進みました。 富は国民所得の2倍から4倍の間まで落ちているのがグラフで分かります。 この期間に先進国で大規模な中産階級が出現します。

富の集中が再び起こり始めるのが情報テクノロジー産業革命が産まれ進行した1980年代以降です。 近年、イギリスとフランスで資本/所得の比率は20世紀初頭のレベル(6倍近く)まで急激に回復しています。 資本の収益率が労働による所得成長率を大きく上回っており、急速に富める者がますます富む世界になっています。

今回のタイトルを「(日本で)ほとんど問題にされない」とつけたのは、その富の中身です。 一世紀前の富裕層が地主や資本家であったのに対し、現代の富裕層ランキング上位は企業オーナーや大成功した起業家などが占めているのはよく知られたところです。 しかし、とりわけ21世紀に入ってから先進国で急増している富の中身は不動産価格の上昇です。 上の2つめのグラフの右端にあるボックスに資本/所得の比率のうち住宅の資産価値が占める割合がありますが、フランスでは国民所得の3.7倍、イギリスでは3倍にも上っています。 どこの国でも住宅を持っているのは中高齢者です。 ロンドン・ニューヨーク・サンフランシスコなどでは住宅価格が天文学的な数字にとなり、若者は家など買えません(前回のエントリーでなぜこれらの都市で住宅価格が高騰したか書いています)。 つまり、一部の勝ち組都市に不動産を持っている大家や高齢者層に富が集まり、その富の収益率が労働による所得成長率を遥かにしのいでいるのです。

例えば、私の家がある通りは去年1年間で住宅価格が20%上がりました。 すでに高いレベルにあるロンドンの住宅が去年だけで20%上がったのです。 同じ通りですぐに何本も「売家」の不動産屋の看板があがり、60代夫婦がこの機にリタイヤして湖水地方へ、すでにリタイヤしていた80代夫婦は娘夫婦の住むバースへ移っていきました。 家を買ったのは、それまで住んでいたロンドン中心部が高くなりすぎて移ってきたファミリー世帯(私たち世代)です。

橘玲さんが、『橘玲の世界投資見聞録:ほとんど問題にされない巨大な経済格差、"法外な幸運"を享受する産油国の実態』で次のように書いています。

2011年9月に"We are 99%"のプラカードを掲げた若者たちがウォール街を占拠したとき、アメリカ人は「格差社会」に本気で怒っていた。(中略)

その一方で、世界にはさらに巨大な経済格差がある。だが不思議なことに、それについてはほとんど問題にされることはない。

ここでいう「巨大な経済格差」とは地面を掘ったらお金が出てきた産油国のことです。 それより遥かにレベルは低いですが、ロンドンやサンフランシスコなどの都市で「昔から持ってた小さい家の資産価値が大幅に上がった」ラッキーな中産階級の中高齢者層が無数に存在します。

あなたが働いても働いても所得が増えない、ひと昔前だったらあなたに分配されていたその富は複雑な世界経済システムの中で回り回って、ロンドンの60代夫婦が湖水地方にリタイアする老後の生活資金になっているかもしれないのです。 日本でそんなことを言ってもピンとくる人が少ないのだと思いますが。 人間、日々の生活の中で目に見える格差の方が反応しやすいのでしょう。

すべての社会問題を世代間闘争に帰結するのは好きではありません。 でも、昔の階級格差が今は資本の蓄積と分配をめぐるグローバルな世代間格差にとってかわった、最近それを示すデータが次々出てくる気がします。

ここで書いた21世紀に入って資本の集中が進み不平等が進んでいる話はトマ・ピケティの『21世紀の資本』に基づいています。

最近顕著なこの傾向がこのまま続くのだとしたら、子どもには「起業家になるか、それとも大家になれ」とアドバイスしなければならなくなるのでしょうか? いずれにしても「グローバル人材になって働けば報われる」という単純な話ではなさそうです。

今までブログ書いた関連エントリー:

アルビン・トフラーの『富の未来』の感想→『日本はなぜ成長しないのか?』

ジャック・アタリの『21世紀の歴史 - 未来の人類から見た世界』の話→『未来の歴史とノマドの時代』

テクノロジーに代替される仕事の話→『仕事がなくなるのはミドル層』『要注意なお仕事リスト』

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