「援助したのになぜ狙われるのか」ではなく、「援助したからこそ狙われた」という発想転換を

次の犠牲者を出さないためにも、問題の本質を問う報道をしてほしいと願うばかりだ。

バングラデシュのテロ事件を受けて、被害者の1人が「日本人だから撃たないで」と言ったことが返って悪い結果をもたらしたのではないかとか、「日本が援助をたくさんしてきた国で、なぜ日本人が犠牲になったのか?」とか、事件と日本を結び付けたがる人がいるが、私はその行為に何の価値も見出せない。

事件は非イスラム教徒を狙った無差別テロの可能性が高く、ターゲットとなったレストランに不幸にも「たまたま」日本人がいただけである。日本人がいたから大きなニュースになっただけで、外国人が集まる所が無差別に狙われたテロ行為は他にもたくさんある。それらの事件と重ね合わせ、相対的に事件を分析することが再発防止策につながるのではないか。

例えば、2013年9月にケニアのナイロビで起きた無差別テロ事件。ウェストゲートという多くの外国人が利用する高級モールで67人が無差別に殺された。犠牲者の国籍数は13カ国に上り、イギリス、ペルー、中国、オーストラリアなど、各大陸にまたがった。

私は2010年から12年まで、ケニアで暮らし、そのモールを頻繁に利用していたから、少し時期がずれていたら、私も犠牲者になっていた可能性がある。しかし、たまたま日本人が犠牲にならなかったため、日本での扱いは、ものすごく小さいものだった。

日本人が巻き込まれた時のみ、大きく取り上げられるのは仕方ない。しかし、だからといって、事件の分析に「日本人」要素を無理やり組み込ませるのはどうかと思う。

ケニアのウェストゲートは、前々から「テロリストに狙われるとしたらここじゃないか」という噂が流れており、実際、友人の中には行くのを極力避ける人もいた。そして、私が現在暮らしているヨルダンも、イスラム過激派によるテロ行為への注意喚起があり、やはりターゲットとして囁かれるのがウェストゲート同様、外国人が多く利用する高級モールだ。

バングラデシュも、外国人ら富裕層が多く使うレストランが狙われたという意味では、西洋や富裕層の象徴が狙われるパターンになっている。

だったら、そういう所に行かなければいいじゃないかと思うだろう。しかし、それは難しい。まず、治安が良いとされる地域に富裕層が固まり、そういう所に高級モールができる。そうすると最寄のスーパーが高級モールの中だったりする。一般のスーパーでは手に入らないエビやサケ、海苔やミリンなどが売っている。ケニアの場合、日本で食べられるような、美味しいパスタやカプチーノを堪能したければ、モール内のレストランやカフェ以外に選択肢はあまりなかった。

さらに、渋滞もひどいから、最寄のスーパーでなく、少し遠めのスーパーに行こうと思えば、余計に数十分費やすことになる。日本で、数年、数十年に一度起きるか起きないかの災害を避けるために、毎日数十分余計に時間をかけて、より遠いスーパーに行くというのは、そんなに簡単なことではないはずだ。

それでは、こういった「高級モール」はどれくらい高級なのか。ヨルダンの大卒の平均月収が4-5万円。大衆食堂だと一食400円とかで腹一杯食べれるが、高級モールだとスムージー一杯が700円だ。夕食は2-3000円。高級モール付近のマンションの家賃は、15万から25万はする。なぜ、これだけの格差社会ができあがってしまうのか。

ケニア、ヨルダン、バングラデシュの三つの国に共通している点は、たくさんの国連やNGOなどの援助機関が入っているという点だ。ケニアのナイロビは世界で4番目に国連職員が多い都市だし、ヨルダンは近年のシリア難民問題で、比較的治安が良いことから、多くの援助機関の活動拠点となった。バングラデシュも最貧国の一つとして、日本などから多くの援助を受けている。

援助機関が多く入れば、超格差社会ができあがる。本部採用の国連職員の給料は、米国の外交官の給料を基準にし、赴任先の物価に応じた額が支給される。例えばヨルダンの国連職員なら、手取りで少なくとも月70-80万円。ナイロビなら60-70万円もらう。地元住民の10倍以上である。

多くの場合、国連は援助プログラムを組んで、実際の支援活動は欧米のNGOに任せるため、国連機関が増えれば、その分、NGOの数も増える。そして、これらNGO職員の給料も、日本のNPOとは比べ物にならないくらい高い。

さらにJICAなど、欧米各国には政府系援助機関があり、その家族も含めれば、数千、数万人単位の大金持ちコミュニティーができあがるのである。これはヨルダン人にとっては、千載一遇のビジネスチャンスであり、その人たち向けの高級モールができ、レストランができ、年間の学費が300万円するインターナショナルスクールができる。

東京に置き換えるとすれば、世田谷区の一角に、毎月300万円稼ぐ外国人数千人のコミュニティーが出来上がるようなものである。年収200万円にも満たない人からしたら、「俺たち日本人がこんなにヒーヒーいってんのに、俺たちを助けに来るといいながら、何贅沢な暮らししてんだ」と感じる人もいるかもしれない。

私はケニアで、1年間、ダダーブという難民キャンプの国連機関で働いていた。そこの国連機関の職員は、インターナショナルスタッフと呼ばれる本部採用組、ローカルスタッフと呼ばれる現地採用組、そして難民従業員の3つに区分され、月収は、それぞれ、30-100万円、5-30万円、5000-1万円と、組織内で最大200倍の格差があった。難民従業員から「あなたたちはたくさん稼げていいですね」と嫌味を何度言われたことか。

私は国連職員の給料が高すぎると言いたいのではない。援助をストップしろとも言っていない。ただ、「この国にはたくさんの援助をしてきたのに、なぜ日本人が殺されたのか」というナイーブな問いかけだけは、やめてほしい。逆に「援助をしたから狙われる」という発想転換が必要な時に来ているのかもしれない。次の犠牲者を出さないためにも、問題の本質を問う報道をしてほしいと願うばかりだ。

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