国連で働く日本人を増やしたい政府と後回しにされる現場のニーズ

「日本人を国際機関へ派遣したい」という援助する側のニーズが優先され、現場のニーズは後回しになっている。

バングラデシュのテロ事件を受けて、前回書いたブログに4900人の方がフェースブックでライクをし、600人がシェアして下さった。コメントも、ツイッターやフェースブックを合わせると150件以上も頂き、援助業界への関心の高さに驚いた。

コメントは賞賛もあれば批評も多く、特に多かった批評は「援助したからこそ狙われたという発想転換を」というタイトルがわかりにくいということと、「援助をストップしろという結論しか導きだせない」というものだった。これらは私の心の奥底にある「援助不信」を突いたもので、とても的を得ている。

日本は国連への分担金額が世界で第二位の国際協力大国。多くの国際協力プログラムが実施されている中、近年、国際機関で働く日本人を増やそうと、人材派遣プログラムに力を入れている。この派遣プログラムのおかげで国連職員になった私は、当初、日本の若者を世界へ送り出す素晴らしい制度だと思っていたが、今振り返ってみると、「日本人派遣ありき」のこの制度が、現場のニーズを最優先に汲み取ったものだと、胸を張って言うことができない。

私の理想の人材派遣プログラムはいたってシンプル。

例えば、A国が水不足で井戸を作りたいが、お金も技術もない。それで、日本がお金を出し、日本人技術者BさんをA国へ送る。この場合、Bさんの給料がA国の一般庶民よりも10倍高くても、相互理解のもと、派遣されているわけだから、反発も少ないだろう。しかし、A国に技術者が豊富にいるのに日本が技術者を送り、彼らの貴重な就労機会を奪うことになったら、反発を招きかねない。

私は毎日新聞記者だった2009年、日本人15人を選抜して1年間、国連機関へ「ボランティア」として送り込む外務省の「平和構築人材育成事業」に応募した。約100人が応募し、書類審査と面接試験で、国際機関で働きたい意欲や英語力などが精査されたが、具体的にどの国でどんな仕事内容があって、私の資質とどうマッチングするかという話は選考段階では一切なかった。

私を含めた15人が選抜された後、二つのポストを提示された。一つはケニアのナイロビで国際移住機関という組織で国内避難民を支援するポスト。二つ目は、同じくケニアのダダーブという難民キャンプの国連難民高等弁務官事務所で若者支援担当として働くポスト。

難民に関心があった私は、ダダーブの方を選び、ナイロビのポストは誰も行く人がいなかった。選抜された人の中には、提示されたポストを断り続け、7件目でやっと承諾した人もいた。

その時、提示されたポストを断るという行為に何の疑問も持っていなかった。「どうせボランティアだし、日本政府が派遣費用を負担するわけだから、受け入れ側の負担はない。それに危険な難民キャンプで働きたい人はそんなにいないだろう」と。

しかし、現場に行ってみて、それは完全な勘違いであることに気づいた。ダダーブ難民キャンプには当時25万人難民がいて、国連やNGOで働く1000人以上のスタッフがいた。大部分がケニア人で、その人たちの給料は、国内でも最高峰のものだった。ケニアでは国家公務員の給料が月2-3万円で、1年目の医師でも5万円ほど。一方、ダダーブでは、国連の運転手でさえ、毎月10万円ほどもらっていた。

私は「ボランティア」契約だったが、手当が毎月27万円出た。それだけお金が出るのに、なぜ「ボランティア」と呼ばれるのかはよくわからないが、要するに、多くのケニア人、さらには他のアフリカ諸国の人々にとっては喉から手がでるほどほしい就職口なのである。

アフリカ出身の同僚たちは、現地採用として国連に採用され月10万、15万稼ぎながら、何とかこの「ボランティア」契約をもぎ取り、最終的には正規の本部採用の国連職員になって月50万-60万円を稼いで、子どもたちを欧米の良い大学に送りたいと願っていた。

国連やNGOで働きたい人がたくさんいるなか、大学院で移民学を勉強し、日本で新聞記者を3年半やった29歳の日本人が、「若者支援の専門家」として、やってくるのである。ケニア国内には、スラムや避難民キャンプの国際機関で若者支援を何年もやっている現地スタッフがたくさんいるにも関わらずにだ。

ちなみに、この若者支援担当のポストは、私が着任するまで存在しなかった。「日本政府が人件費を全額負担して送ってもらえるのなら」ということで作られたポストだった。つまり、現場にとってどうしても必要なポストではないのである。それは、数件ポストを提示され断ることができたということを見てもあきらかである。

平和構築人材育成事業を修了した後、私は、日本政府実施の「ジュニア、プロフェッショナル、オフィサー(JPO)派遣制度」に応募した。これは、35歳以下の日本人30人を選抜して正規の「国連職員」として国際機関に2年間派遣する事業だ。約300人の応募者から、書類審査、英語試験、面接を経て私は選抜された。

その後、外務省からアフガニスタンか南スーダンの「国連プロジェクトサービス機関」という機関の渉外担当官のポストに関心はあるか聞かれた。しかし、両国とも家族同伴不可能なため、妻との家族生活を優先したい私は断り、その代わりとして、ジュネーブの国連難民高等弁務官事務所本部にある環境エネルギー部署に配属された。

私はケニアでは若者支援担当をし、その後、同じキャンプで活動するNGOに移って、環境保全を目的として七輪を配布する事業に1年8ヶ月従事していたが、大学で環境を勉強したわけでも、エネルギーの専門家でもない。

私はジュネーブで毎月手取りで70万円もらっていたが、世界には、環境やエネルギー分野で修士号、博士号を取り、長年その分野で勤務し、このポストで働きたいと思う人は山ほどいるだろう。

その私が、国連機関本部の環境、エネルギーの専門家として、難民キャンプの環境政策作りに関わり、各国にいる環境専門の職員の研修やワークショップを実施したのだ。

ちなみにこのポストは、歴代、日本のJPO制度で送られる人が就くポストで、私が着任するまでの1年間は空席だった。私が今年3月に去った後も空席のままである。要するに、国連機関が自分たちのお金を出してまで必要なポストではないが、日本政府が人件費を出してくれるなら人を置いてもいいという中途半端なポストなのだ。

二つの制度の共通点は「日本人を国際機関へ派遣したい」という援助する側のニーズが優先され、現場のニーズは後回しになっていることである。

日本政府は2025年までに邦人国連職員を現在の800人から1000人まで増やすことを目標にしている。JPO制度も派遣者数年間30人から60人に増えた。平和構築人材育成事業と合わせれば、年間数十億円の予算が、この邦人派遣制度に費やされている。

なぜ、ここまでして日本は国連で働く日本人を増やしたいのか?昨年9月、日本政府の懸念表明にも関わらず、潘基文国連事務総長が中国の抗日戦勝70周年記念に出席。

その直後、ユネスコが「南京大虐殺の記録」を記憶遺産に登録し、それを受けて、元フランス大使の小倉和夫氏は朝日新聞で、国際機関の邦人職員の少なさを指摘した上で『国際機関で活躍する人材育成を国策に』と提案した。国連分担金額で世界第二位の座を、中国に猛追されていることも関係しているかもしれない。

日本の存在感を国際社会で示したい気持ちは私も同じだ。しかし、ここは冷静に、現在の人材派遣制度を国内でやった場合どうなるか、想像してみよう。

東日本大震災直後、他の道府県よりも存在感を示したい東京都は選抜した都民15人で作る「東京災害派遣チーム」を結成。書類と面接で選び抜かれた15人の派遣先選定を宮城、岩手、福島各県へ要請。都から多くの支援を受けている各県は、都との良好な関係を維持したいがために、ポストをいくつか用意。選抜されたCさんは元記者だが、宮城県の青少年支援センターか、岩手県の環境センターのポストを提示され、「環境に興味がある」という理由で環境センターのポストを受諾。東京都は「わが都は、震災復興へ向けてこれだけ貢献しています」とアピールする材料として、Cさんの支援活動の写真をポスターにするのだ。

JPO派遣制度は他の欧米諸国も実施しているが、多くは、どの国でどんな仕事をするのか具体的な公募案件を最初に提示した上で、派遣者を選定している。そうすれば、私の様に、合格した後、家族と一緒にいたいからという理由で提示されたポストを断るというミスマッチングは起きない。

そして、その国でその分野の専門家がいないのかどうか、日本政府は国際機関だけでなく、派遣先の国ともしっかり連携してやってほしい。現地にある人材を有効に活用できない人材派遣制度は、不要な超格差社会を作り、かえって地元の反発を生みかねない。

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