起業家教育のススメ

日本の子どもの自己肯定感の低さは、この国の将来に大きな不安を投げかけています。

「自分はダメな人間だと思う」という子どもの多さが問題になっています。国際比較調査では、日本の高校生の83%がこう答えており、米国52%、中国39%より突出しています。逆に、自分を「価値ある人間」と肯定的にとらえることができる「自己肯定感」の数値は、日本は米国、中国の半分です。

自信のなさは、新しい挑戦やここ一番の踏ん張りに支障をきたします。日本の子どもの自己肯定感の低さは、この国の将来に大きな不安を投げかけています。

これに対する解決策の一つが、学校における実践的な学習の推進です。その中でも、「起業家教育」の手法を取り入れた学習の効果に注目が集まっています。

起業家教育とは、学校において、起業家や経営者の話を聴いたり、児童・生徒で模擬会社を設立・運営したりする体験的な学習です。一部で誤解されているのですが、必ずしも起業家になってもらうための教育ではなく、起業に関する体験を通じて、チャレンジ精神や行動力を身につけてもらうことを主眼としています。

現在、キャリア教育の一環として、総合的な学習の時間や課外活動で実施されることが多くなってきました。経済産業省が全国5583校の小中学校に実施した調査では、小学校の14%、中学校の24%で起業家教育が実施されています。

そして、調査では、起業家教育を実施した小中学校の約7割で、「児童・生徒の自己肯定感が高まった」との回答が寄せられています。また、小学校の約9割、中学校の約8割で「チャレンジ精神や積極性が高まった」とされています。また「何のために学ぶのかへの理解が進んだ」との回答もそれぞれで8割を超えます。小さなきっかけで子どもは大きく変わるのです。

起業家教育の1つの例として、青梅市立第三小学校(佐藤広明校長)の取り組みを見てみましょう。同校では、青梅の魅力を多くの人々に知ってもらうという目標のもと、5年生の児童133人が模擬会社によるビジネスに取り組みました。商品は青梅名産のヒノキを材料にした携帯ストラップ。会社設立、商品企画、資金調達、地元企業への商品発注、販売など、大人の指導を受けつつ、児童中心で取り組みました。青梅マラソンなどのイベントで1200個のストラップを販売し、見事完売。収益は、ヒノキの記念プレート、学校のボールの購入、社会貢献としての寄付などに使いました。

小学生会社「ヒノキコーポレーション」社長の黒田将平君、副社長右田歩美さんは、「自分たちが考えたものが商品になっていくのがうれしかったし、商品で青梅の紹介ができてよかった。販売のとき、工夫をしたらたくさん売ることができた。お金の取り扱いが難しかったけれど、勉強になった。もしできるならもう一度、今度は服やタオルを商品化してやってみたい。」と語ります。

チャレンジ精神と郷土愛を育む起業家教育として同校の取り組みは成功しました。

それでも、昨年4月に青梅に赴任したばかりの佐藤校長は、ゼロから起業家教育を導入するのはたいへんだったと語ります。

「馴染みのない取り組みにはプラスの力が働きません。ゼロはゼロのままです。起業家教育について校長の姿勢を発信し、子どもたちに興味をもたせ、教職員への周知、保護者への説明、地域ネットワークの構築などに半年をかけ、ゼロをイチにしていきました。イチとなった取り組みはどんどん大きくなります。

子どもたちは商品化が見えてくるにつれて意欲が高まり、チャレンジ精神に行動力、協働の姿を発揮しました。保護者の無関心は、期待や声援に変わりました。協力してくれる地元ネットワークも広がり、地域を巻き込んだ総合的な授業とすることができました。」

佐藤校長の言葉に見られるように、起業家教育の導入には多くの壁があります。「学校でお金儲けなんて」という意識面の壁もあるでしょう。しかし、起業家教育は、お金儲けを目的としているのでなく、子どもたちが何かしらの価値を世の中に提供し、その対価としての収入を得る体験学習。

経済活動を通じてのチャレンジ精神や行動力の涵養を目指すもの。起業家教育に取り組む先生が、周りの先生方や保護者にこのことを丁寧に説明し、理解いただくことが第一歩と考えます。

もう一つの壁は、学校の先生が忙しいことや、起業や会社経営を経験していないことです。OECDの調査では、日本の先生は世界一忙しいとのこと。授業だけでなく、会議、部活、保護者対応など、たくさんのことをやらなければならないのに、更に起業家教育なんて、との声もあると思います。

しかし、経験を持つ人達の力を活かすことで対応できるのではないでしょうか。青梅市立第三小学校の例でも、起業家教育の支援企業や地元企業の協力を受けています。実際、学校の外には教育に貢献したいという企業人や地域の人々がたくさんいます。学校がよりオープンになり、地域・企業の支援を活用することで、新たなステージが開かれると考えています。

「三方よし」という言葉があります。「売り手よし、買い手よし、世間よし」。商売を通じ顧客と社会に貢献し、収益も上げる。ビジネスの鉄則とも言える近江商人の言葉です。起業家教育の実践的な活動で、この言葉に通じる経験をすることが、自己肯定感の向上につながり、自信を持つ子どもが増えるのではないでしょうか。

商家に生まれ育った筆者は強くそう思いますし、共感してくださるビジネスマンも多くいます。起業家教育の進展に、大きな期待を持っています。

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