変わりゆくキューバの深層 新しい消費主義に揺らぐ庶民の暮らし

キューバ政府は、平等主義(格差のない社会)という革命の理想を維持しながら、ビジネスの自由化をどこまで押し進められるだろうか。

カストロのカリスマ性

1960年5月1日、メーデーで演説するフィデル・カストロ

前回は、キューバ革命の「二層性」について述べた。逃亡奴隷の反逆精神がキューバの戦争や革命の根底にながれており、59年の革命では、そうした精神性の上に社会主義イデオロギーが載っていたのである。革命後、小国キューバは冷戦下で強大なアメリカ合衆国から敵対視され、ソ連を中心とする社会主義陣営に加わった。

指導者フィデル・カストロのカリスマ性は、演説のときに発揮された。人心をつかむ説得術は、黒人信仰の司祭のそれと通底している。社会的なエリートであるにもかかわらず、いちばん周縁に追いやられている者たちの立場に立ち、適切かつ現実的な政策を取ったからだ。教育や雇用の機会、医療の機会などで、カストロ政権下でいちばんの恩恵を受けたのは、黒人と低所得者と女性だった。それ故に、「フィデルはシマロン(逃亡奴隷)である」という、カストロを賞賛するメッセージが、サンティアゴ・デ・クーバの郊外、エル・コブレの逃亡奴隷の記念碑のそばに書かれている。

キューバの現代彫刻家アルベルト・レスカイ:「逃亡奴隷」の像

「サンテリア」とは

黒人信仰と言っても、キューバにはアフリカの各地から異なる言語を話す多民族の奴隷たちが連れてこられたので、さまざまな宗派が存在している。ハバナやマタンサスなど、西の地方で信徒が多いのは「サンテリア」である。「サンテリア」は、アフリカのヨルバ語族の信仰が白人のカトリック信仰とドッキングした、カリブ海に独自の混淆信仰。黒人信仰の中ではいちばん体系化・科学化が進み、呪術的、神がかり的な要素が影をひそめて、都市の宗教に変容を遂げている。いま、キューバだけでなく、コロンビアやベネズエラなどの南米や、北米にも大勢のサンテリアの信者がいると言われる。アメリカ合衆国だけで、2万人以上いるという。

庶民の暮らしの中の「イファ占い」

ババラウォと呼ばれる「サンテリア」の司祭は、エコレやインキンと呼ばれる特殊な道具を使って、人々の(ときには、共同体や国家全体の)運勢を占う。コンピュータと同じように二進法を使用する、この科学的なシステムは「イファ占い(Ifá divination)」と呼ばれ、2005年にユネスコの「人類の口承・無形遺産」に登録されている。

「サンテリア」は、さまざまな人間臭い神霊(オリチャ)を信じている。その中で、この世界の運命を知ることを許された神霊がオルンミラであり、ババラウォたちはオルンミラの言葉を信徒たちに伝える、一種の「翻訳家」である。

「イファ占い」が巷に溢れる商業的な占いと異なるのは、儀式の重要な一部であるという点だ。言い換えれば、占いにはお祓いの儀式が付随している。どのようなお祓いをするかも占いによって決まるのである。

2014年に、私は大勢の司祭のもとで秘儀をおこない、日本人で初めてババラウォになった。それ以来、キューバ人の信徒たちの入門式に立ち会ったり、占いを行なってきた。拙著『あっけらかんの国キューバ』(猿江商会)では、庶民の日常生活に深く根づいている「サンテリア」の儀式や占いの面白いエピソードを通して、キューバ人の考え方や価値観を語っている。

これからのキューバ

2016年3月23日撮影

キューバ人の友人たちは、配給物資だけでは足りないと言う。市民の平均的な月給は、500人民ペソ(2,580円)ぐらいだという。月給だけではきついはずだ。きっと何かほかに収入源があるに違いない。

2013年の冬あたりから個人ビジネスが目立ってきた。目にするのはパラドールと呼ばれる食堂や立ち食いのカフェテリア、音楽や映画をコピーしたCDやDVDの店、床屋、黒人宗教グッズの店だった。

2015年の夏には、さらに業種が増えていた。ハバナの街は、役所に登録して正式にやるにせよ、もぐりでやるにせよ、これまで抑えつけられてきた商売への意欲に満ちている。一気にビジネスチャンス到来というわけだ。

女性も例外ではない。いや、女性のほうが熱心かもしれない。

女性の商売と言えば、伝統的に外国人観光客相手の民宿や、カフェテリア、小さい食堂の経営などだが、いまではサンダルや靴、女性服やアクセサリーの仕入れと販売、マニキュア師やペディキュア師、美容師、美容植毛師など、それぞれの能力や資金に応じてやるようになっている。

もちろん、元手のない女性にとって古典的な商売と言えば、売春だ。ヒネテラと呼ばれる売春婦は、プロも素人もいるが、観光客相手に20兌換ペソ(2,580円)が相場だという。こちらは外国人向けのホテルの入口にたむろして声をかけられるのを待つか、ナイトクラブで挑発したり誘惑したりする。

だいぶ昔のことだが、イギリス作家のグレアム・グリーンは1957年から1966年まで6度もキューバに滞在した。なぜそれほどキューバに引きつけられたのか? という質問に、グリーンは率直に答えている。「淫売屋だよ。わたしは淫売屋に行くのが好きだった。好きなだけ麻薬を、好きなだけ何でも手に入れられるという考えが好きだったのだ」

これまで医者や弁護士であろうと、工場労働者であろうと、それほど収入に差はなかった。だが、いま海外から仕送りをもらえる家族や、いちはやくビジネスに乗り出す元手のある人たちは、どんどん裕福になりつつある。だから、そういう機会のない者たちとのあいだで、経済格差がひろがっている。

街なかにも平均月給だけでは到底買えそうもない外国製の商品を売る店が増えてきて、庶民のあいだに消費主義がはびこりつつある。今後、観光客がどっと押し寄せてくるとなると、そうした消費への欲望は、これまで以上に膨らむにちがいない。

キューバ政府は、平等主義(格差のない社会)という革命の理想を維持しながら、ビジネスの自由化をどこまで押し進められるだろうか。

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