第一次世界大戦から100年、知らない記憶を思い出させるアート

腕のない者。ヘルメットがくいこんだ頭部。曲がった下半身。硬直した身体。 それぞれの最期が、目の前に無造作に転がっている。
ソンムのシュラウド
ソンムのシュラウド
吉荒夕記

首、胴、膝、足首を紐で巻かれ、頭から足先まで白い布ですっぽり覆われた、小さな一体、一体。

布の下に特徴ある鼻がみてとれる。首の向きがぎこちない。

腕のない者。重いヘルメットがくいこんだ頭部。不自然に曲がった下半身。伸びきったまま硬直した身体。

それぞれの最期が、目の前に無造作に転がっている。

緑の芝に見渡す限り、無言のまま。小さな身体たちが、なぜか行儀よく横たわっている。

その数、72,396体。

それは、第一次世界大戦の戦地で死んだイギリスとその連邦国からの兵士、

遺体もみつからず、埋葬されてもいない兵士の数だ。

毎年、11月11日はリメンバランス・デーといって、イギリスでは 戦争で亡くなった人々を追悼する式典が行われる。

イギリスだけではなく、主たる戦地となったヨーロッパは無論の事 、戦争に参加したカナダ、オーストラリア・・・

世界中のあらゆるところで、追悼行事が催される。

この時期に、欧米に旅をしたことがある人は、街行く人々が 赤いポピーを胸につけたり、墓地に飾られていたりするのをみたことがあるだろう。

赤いポピーは、たくさんの兵士たちが死んだ激戦区で、その後自然に群生したといわれ、第一次世界大戦を始め、戦争の犠牲者を悼む象徴となった。

今年、2018年は、その第一次大戦終結の100年目にあたり、イギリスの首都ロンドン各地でも、さまざまな記念行事が開催されている。

逆に日本人が世界大戦と聞いて、 一般的に思い出すのは第二次世界大戦の方かもしれない。

だが、欧米では、被害/加害の大きさだけではなく、それまでの戦争観を大きく変えた事、世界史の流れを大きく塗り替えた事、第二次世界大戦へのしこりを残したという意味で、非常に重要な歴史なのである。

冒頭で紹介したのは、ロンドンオリンピック会場(2012年開催)の敷地内に特別に設置されたインスタレーションアートの作品だ。

タイトルは『Shrouds of the Somme (ソンムのシュラウド)』。ソンムとは第一次大戦の最も悲惨な激戦区(フランス北部)、シュラウドとは死者を包む白布を意味する。

アーティストの名はロブ・ハード。小さな兵士の人形は全て彼が手がけたものだという。

兵士たちが横たわる芝の向こうには、ねじれて赤い巨大な塔が聳えている。

オリンピックの記念塔、現代のイギリスを代表するアーティスト、アニッシュ・カプーアの彫刻作品だ。

生命そのものをテーマとしてきたカプーアの巨大な作品と、無数に広がる兵士たちの白い身体は、不思議に響き合っている。

全体を見下ろす高台の上に立ってみよう。

すると、自分を含めた見物人の大きな影たちが、横たわる白い小さな兵士たちの上を、長く亡霊のように動いているのがみえてくるだろう。

上空では、兵士たちの名前がこだましている。

ボランティアの人々が、会場の脇で、兵士たちの名前や出身地、戦死した原因を、ひとつひとつ読み上げているのだ。これも作品の一部であり、何日にもわたるパーフォーマンスなのだろう。

ここまで、第一次大戦関連行事の様子を紹介してきたけれど、

実は、個人的には、戦没者とか戦争追悼とかのイベントは 好きではない。

負の記憶を忘れまいという姿勢は、そうであるべきだと大いに賛同するが、

母国を守って死んでいった英霊という崇め方をされると、違和感を覚える。

もし、そこに愛国主義的な臭いを強く嗅ぎ取ってしまったら、近づきたくもない。

この『ソンムのシュラウド』での追悼の場は様子が違った。

確かに、かつてのオリンピック会場というセッティングにすっきりしないものを感じたのは事実だ。

けれど、その日そこにきていた人々は、国旗を大きく振りかざす思想の持ち主ではなく、

子供からおじいさんおばあさん、さまざまな人種の人々、

近隣からふらっとやってきたような人々だった。

そこには、若い兵卒たちのひとつひとつの死を、

今を生きるわたしたち一人ひとりが思いやれる時間が流れていた。

会場ルートの最後までいくと、大きなテントに招き入れられる。

中には兵士たちの名前が書かれたパネルが張り巡らされている。

そこにある名前をひとつひとつみてまわっている人々がいる。

知っている人や会ったこともない家族を探しているのだろうか。

Charley Griffin ドーセット州 兵卒 19歳

Clement Griffith ウエールズ、火打ち石銃兵 18 歳

兵士のリスト
兵士のリスト
吉荒夕記

一人ひとりが名前をもち、戦場での小さな使命をもち、

戦争の後ろに生活をもち、家族をもった人々だという、当たり前の事。

そういう普通の人々が戦争の一番の犠牲者だった事を、今更ながらに思い返してみる。

戦没者が「かたまり」として、慰霊される式典では気付かない事だった。

先にロンドンの各地で関連のイベントが行われていると書いた。

実は、数日前、観光名所「ロンドン塔」で行われている式典にも足を運んでみた。

塔をとりまく広大な堀では、この時期毎夜、戦死者の数だけのトーチにひとつひとつ火が灯される。

同じロンドン塔で、2014年、つまり第一次大戦がはじまった100周年の時には、堀一面が戦死者の数の赤いポピ−で覆われた。

どちらも確かに美しかった。

でも、あまりに抽象すぎて、感傷を誘うようで、正直なところピンとこなかった。

自分が体験しなかった歴史は、その時代を生きた人々のパーソナルな存在を通して、はじめて思い遣ることができるのかもしれない。

全体性や形式ばかりを重んじたり、ノスタルジックに訴えかける戦争の振り返り方は、無意識のうちに忘却を呼び寄せてしまうのではないかと危惧する。

忘却するにはあまりにも重い死者たちが、11月の空の下、累々と横たわっていた。

注目記事