入社式で新入社員をずぶ濡れにする企業と、それをほのぼのエピソードとして放送するNHKについて。 ~ブラック企業は永久に不滅です~

ニュースでは鴨川シーワールドの入社式が報じられていた。通常の入社式の様子が流れた後、新入社員がシャチのパフォーマンスで水槽からの水しぶきを受けてずぶ濡れになっている。一体何をやっているのかと思っていたら、なんとこれは社員研修の一環だという。

最近、経済ニュースでは就職活動に関する話題も多いが、無事入社が決まった先輩は来月4月1日に入社式を迎える。一部企業では3月中に入社式を行う企業もあるが、その様子が先日NHKのニュースで報じられていた。

■水族館の入社式。

ニュースでは鴨川シーワールドの入社式が報じられていた。通常の入社式の様子が流れた後、新入社員がシャチのパフォーマンスで水槽からの水しぶきを受けてずぶ濡れになっている。一体何をやっているのかと思っていたら、なんとこれは社員研修の一環だという。

水しぶきが少し飛んで濡れてしまった、という状況ではなく、映像ではシャチのしっぽを使って新入社員に水をわざとかけているのがわかる。社員は皆リクルートスーツの上にレインコートを着ているが、その程度で防げる水量ではない。これを他の一般客がいる前で行っている。

これだけブラック企業批判がなされている今の時期に、新入社員をずぶ濡れにして、しかもそれをテレビで放送させるというのは一体どういう感覚なのか。水族館であれば仕事で濡れる事は日常だろうが、スーツを着たままずぶ濡れになる事は日常ではないだろう。

ウェブで検索をすると、鴨川シーワールドはこの入社式についてプレスリリースを出している。プレスリリースによればこれは今年初の試みだという。長年の伝統行事で社員の感覚がマヒしている状況かと思ったら決してそういうわけでもない。

■新入社員をずぶ濡れにする事に合理的な理由はあるか?

このニュースを見て、不思議に思ったのが途中で誰一人として新入社員をずぶ濡れにするなんてやめようと言う人はいなかったのか?そしてプレスリリースを打つにあたって社外の人に知れたら大問題になりかねないと誰一人として思わなかったのか?ということだ。テレビカメラが入ってプレスリリースまで打っているということは、新入社員をずぶ濡れにする事を宣伝に利用しようと当初から考えていたことになる。

これは部活動や会社でよくある、あえて嫌な事をさせて仲間入りの儀式とするような洗礼と同じではないのか。今のご時世にまだこんなことをやっている企業があるのかと呆れてしまう。しかも今年が初の試みで、なおかつわざわざプレスリリースを外部に打つとなると自分の理解の範疇を大きく超えている。これをおかしいと思う自分の方がおかしいのだろうか。

知人の社会保険労務士にこのニュースをどう思うか確認してみたところ「厳しい研修等は業務上必要な範囲ならば認められると思うが、水族館に入社したからといってずぶ濡れにされなければいけない合理的な理由は無い。これは新入社員歓迎会で裸踊りをさせる悪ノリに近いものを感じる。場合によってはパワハラと認定されかねないのでは?」との事だった。おそらく、本来であればこのように考えるのが現代の企業として常識ではないのか。

■あまりに日本的な「洗礼」の文化。

このニュースがNHKで放送されたことについても驚きだが、番組では一番最後に放送されていた。視聴後に殺伐とした雰囲気にならないよう、最後は明るい話題で終わる事はニュース番組では珍しくないが、動物が登場するほのぼのとしたニュースとしての扱いになっていたようだ。この感覚もまた理解できない。

今回の記事でNHKや鴨川シーワールドを批判したいわけではない。NHKはメディアの中でも倫理観が高いメディアだと思う。公共放送という事で特に批判にさらされやすいため、過剰なほど放送内容には気を使っている部分もある。

鴨川シーワールドも歴史のある水族館として昔から多くの顧客に支持されている。そんなまともな企業ですらこういった問題に鈍感であるということはその他の企業も推して知るべし、ということになるのだろう。新入社員は誰一人嫌がっていなくて「ああ、これで自分も仲間入り出来たんだなあ」と思っている人もいるのかもしれない。しかし、これは個人の好き嫌いで片付けていい問題では無いだろう。

■ブラック企業は永久に不滅です。

先輩にしごかれた1年生が、進級すると後輩を同じようにしごく......自分は子供の頃からこういう文化がとにかく嫌だった。もし自分がこの水族館の新入社員だったならずぶ濡れにされる事は拒否しただろうし、先輩社員の立場であれば「こんな下らない事は止めろ、ましてやプレスリリースを打つなんてバカじゃないのか」と徹底して反対していただろう。

繰り返すが、NHKや鴨川シーワールドを非難したいわけでも批判したいわけでもない。世の中にはサービス残業等をはじめとして、違法行為を平気で行っている企業が多数あり、それらが放置されている現状で今回のニュース一つで過剰に批判する気はない。これは特定の企業の問題ではなく、日本の文化の問題ではないかと思う。

以前「サービス残業は日本の文化だ」という記事を書いたが、ブラック企業もまた日本の文化なのだろう。今回のよう事案がまっとうな企業でアイディアとして検討・採用され、プレスリリースとして外部に公開され、そしてテレビのゴールデンタイムでほのぼのニュースとして放送される......この過程に携わった人の数は確実に3ケタには上っているはずだ。その中で誰一人としておかしい、止めようと言わなかったのは、相撲業界で「かわいがり」という名のいじめ・暴行が長年放置されていた状況と似ているのではないか。

相撲業界は閉鎖された空気の中で外部とは異なる常識がまかり通っていたと思われるが、今回のずぶ濡れニュースを見ると、日本の企業全てが外部とは異なる常識で動く「空気」を持っているように見える。つまりその空気の中では異常なことも普通のことになってしまう。しかし、企業文化とは無縁の一自営業者から見ると、新入社員をずぶ濡れにしようとする発想も、それを誰一人として止めようとしない事も、はっきり言って異様だ。そしてこのような企業内の異様な文化が日本では決して珍しくないこともまた容易に想像出来る。

■ブラック企業は日本の文化だ。

ブラック企業の問題が報道されるたびに「これは過剰な利益の追求が原因だ」といった批判がなされる事に自分は強い違和感があった。本当にそれだけが原因なのかと。

もちろんそういった要素もあるのだろうが、それ以上に部活動で繰り返される先輩からの新人イビリや顧問からのシゴキに近いものがブラック企業の下地としてあるのではないか。これは一言で言えば「同じグループを構成する人間内同士ならば多少の無茶は許される」という発想だ。部活動や相撲部屋でシゴキやイジメという名の暴行を行っていた人も、何の関係もない通りすがりの人に同じような事をする暴力人間だったわけではないだろう。同じグループ内という閉鎖された空気が、問題発生の大きな要因となる。

部活動は数年もすれば部員は入れ替わり、10年・20年も経てば顧問等も含めて全て入れ替わるだろう。イジメやシゴキの防止に関する啓蒙も昔とは比べ物にならないほど進んでいる。それにもかかわらず、大昔と同じように部活動でイジメやシゴキの問題がいまだに続いているのは、これはもう文化の問題として考えたほうが良いのではないか。そしてこれと同じ感覚がブラック企業の根っこにはあるのではないか。

働き方・ブラック企業に関しては以下の記事を参考にされたい。

■就職活動を始めた大学生はNHKのお天気お姉さん・井田寛子さんに学べ。

■就職活動を始めた大学生に伝えたい、幸運は偶然じゃない件について ~お天気お姉さんになる方法~

■女子大生でも分かる、3年間の育児休暇が最悪な結果をもたらす理由。

■ブラック企業を消す方法。 ~解雇規制・雇用流動化について~

■持ち家は資産か? 持ち家に関する二つの幻想

■サービス残業は日本の文化だ ~ブラック企業が生まれる下地~

この程度で目くじらを立てなくてもと思われるかもしれないが、割れ窓理論やハインリッヒの法則を引っ張り出すまでもなく、小さな問題を放置することが大きな問題につながる事は様々な研究で指摘されている。イビリやシゴキの文化がブラック企業の蔓延する下地になっているのではないか?と指摘しておきたい。

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