元フジテレビアナウンサーが主張する「専業主婦が増えれば少子化は解決する」という意見がいまさら過ぎて頭痛が痛い。

先日、元フジテレビアナウンサーとして有名な長谷川豊氏が「保育環境を整えれば子供を産む、という大ウソ」という記事を公表し、話題になっている。「専業主婦が増えれば少子化は解決する」という内容だ。
Dejan Ristovski via Getty Images

先日、元フジテレビアナウンサーとして有名な長谷川豊氏が「保育環境を整えれば子供を産む、という大ウソ」という記事を公表し、話題になっている。「専業主婦が増えれば少子化は解決する」という内容だ。

主な論点をに整理すると以下の通りだ。

●女性は働きやすい環境が整っても子供は産まない。

●少子化は専業主婦・主夫がいれば解消する。

●若い女性は専業主婦家庭を望んでいる。

●会社で男女差別は無い。

専業主婦・主夫とあるが、実際には専業主夫がほとんどいない事を考えれば女性が仕事をしない方が子供は増える、という事になるだろう。

これらの内容はハッキリ言って酷過ぎるの一言だ。

■若い女性の専業主婦願望は強く無い。

長谷川氏は以下のように書く。

有識者会議に出てるおばちゃんとか、ものすごい勢いで口が達者だからどんどんごまかすんですけど、この際だからはっきり言いますが...女性の社会進出と少子化対策はリンクしませんから。

みんなわかってるでしょ?もし、子供を増やしたいのであれば...少子化対策をしたいのであれば...一番手っ取り早いのは、言うまでもなく「専業主婦や専業主夫を増やす」に尽きます。

~中略~

いや、断っときますが、僕はその方がいいとか思ってませんよ?

でも「国」って言う単位で物事を見て、「子供を増やすんだ!」っていう方向にもっていきたいのであれば、何よりも専業主婦や主夫を増やすことが何よりも有効打だってことです。

保育環境を整えれば子供を産む、という大ウソ 長谷川豊公式ブログより 2014/12/12

驚くほど力強い断言ぶりだが、その根拠は特に示さないまま、若い女性は専業主婦になりたいという調査結果を出して、自身の意見と若者の希望が合致するという。そこまで書くならどの調査なのか示して欲しいが説明が無い。

このような結果が出ている調査はいくつかあるが、その一つに厚生労働省の「若者の意識に関する調査」がある。2013年9月に公表され、15歳~39歳の独身女性の3人に1人が専業主婦になりたいと答えている、と過去に報道された。

女性の社会進出を心よく思っていない人は、この調査を「やっぱり女性は働きたくないんだ!」と主張する際の根拠にしているが、問題が2つある。

1つはデータをよく見れば専業主婦願望が強いとは到底言えないことだ。

「結婚したあとは専業主婦になりたいと思いますか」というアンケートで、「そう思う」が8.2%、「どちらかと言えばそう思う」が26%となっており、どちらかと言えばの割合が随分多い。全体で見ても1/3という数字は決して専業主婦願望が強いと言える結果では無い。そう考える層も居る、という事だろう。

男性側の意向として、結婚相手に専業主婦になってもらいたい男性は「そう思う」が3.9%、「どちらかと言えばそう思う」が15.4%、合計で18.3%と女性よりかなり低い。自分は過去に「日本の不景気は女性差別が原因だ」という記事を書いて随分批判をされたが、女性よりも低いのは意外な結果だ。

一方でこんなデータもある。

平成22年の男女共同参画白書の「女性の就業に関する男女の意識」によれば、「夫に十分な収入がある場合には、妻は仕事を持たないほうがよい」という項目に、20代、30代、40代の大卒女性はいずれも賛成が5%未満となっている。高卒女性の回答も賛成が10%未満だ。先ほどの数字とはかなり違う。

専業主婦になりたいか?という質問と、働かなくても良いと思うか?という質問では似ているようで随分印象が異なる。後者のアンケートを受けた人に、専業主婦になりたいですか?という聞き方をすればイエスが5%未満と言う事はまずないだろう。

2つのアンケートを見れば、専業主婦願望が「強く」ある層はおそらく5%~10%程度ではないかと思う。つまり、1/3という数字は決して多いわけではなく、聞き方によっても大きくブレるという事だ。

■専業主婦になりたい「理由」。

二つ目が、専業主婦になりたい理由について全く言及が無い事だ。現在のような女性にとって働きにくい状況ならば、仕事を続けたくても専業主婦になりたいと答える人が一定数いるのは当然だろう。つまりどのような環境を前提にするのか、ということだ。

ワークライフバランス社の小室淑恵氏は、自身のコンサルティングによってある企業の残業時間を減らしたら子供を生む社員が続出して、その会社の人事担当者が驚いていた、というエピソードを紹介している。

ニコニコ動画で有名なドワンゴの会長・川上量生氏は自身に子供が生まれ、保育園不足の状況に憤慨して社内に保育園を作る事を検討しているという。日経DUALのインタビューでは保育園をつくると発表しただけで、結婚している社員の何人かが「子どもをつくろうかな」って言い出したんですよ。これだけで、少し少子化を食い止められるんだなあと思いました。必ず入れる保育園があるだけで、子どもを産む人は増えるはずです。という。

あくまで一例だが、現場にいる人の話からは長谷川氏が否定した働きやすい環境と少子化が強い関係にあることが分かる。

また、前出の小室氏はハフィントンポストのインタビューにおいて、女性の働き方について以下のように指摘する。

「女性には向上心がない」と位置づけた企業もありましたが、私たちが深くヒアリングしていくと、女性たちは管理職になりたくないのではなくて、「今、目の前にいる管理職のようにはなりたくない」と感じていることがわかったんです。

管理職のイメージは「残業代はつかなくなって仕事は増え、責任だけ重くなって、家庭が崩壊する......」でした。失うものが大きくて、全くの貧乏クジだったんですね。

「長時間労働をやめれば、日本は変わる」小室淑恵さんに聞く衆院選の争点 ハフィントンポスト 2014/12/13

女性が専業主婦になりたいというアンケート結果の意味を考えれば、こういった実態が浮かび上がる。数字の裏側まで見るべき事は明らかだ。

このような働きにくい状況を前提に、専業主婦になりたい人は多いんだ!女性は働きたくないんだ!と声高に言うことは、イジメで自殺した人を望んで死んだのだから問題ない、と考える位に間違っている。女性も男性も働きにくい状況が解消され、働くのも専業主婦も自由に選べるようになったその時に初めてこういったアンケートは意味を持つ。

■会社で男女差別はありません......?

そして今回の記事で最も看過出来ない点が以下の個所だ。

「女だから出世が出来なくて!」とかいう人、そこそこいるんですけど、自分の能力のないのを性別のせいにしてごまかすなって。僕、女性に嫌われるの全然気にしない人間なのではっきり言いますが、優秀な女性はちゃんと出世します(断言)。

これまで散々論破されてきた「すでに男女は平等になっている」という話だ。これも数字で語るべきだろう。このような意見を完全に否定する指標として、管理職の割合を見れば良い。管理職の割合は男女比でおおよそ9:1だ。

近年は改善傾向にあるが、男女平等な世界で、妊娠や出産の影響を考慮しても、9:1の差がどれ位の確立で発生するのか、長谷川氏は統計学者にでも取材すべきだ。

労働人口が数千万人も居ることを考えれば、サイコロを数千万回振って、本来5:5の半々になるべき偶数と奇数の割合が9:1になっている、という状況とほぼ同じだ。差別がなくてこの数字になる可能性は、数兆分の一以下だろうか。これはカイジの地下強制労働所に出てくる班長もびっくりのイカサマぶりだ。どう考えても誰かが「ジゴロサイ」を振っている。

■長谷川氏の知らない子育てのリアル。

出産による一時的な離職は当然考慮すべきだし、男女間の能力・特性の差も考慮すべきだ。しかし、出産を除けば仕事において「個人差を超える性差は無い」と考える方がよっぽど自然だ。女性は~だから、という決め付けをする人は多数居るが、そういう男性も居ますよね、でほとんどの話は終わる(性別による傾向や「らしさ」は当然あるし、否定するものではない)。

自分が普段の仕事で対応するお客さんは、今回長谷川氏が記事で書いた専業主婦になる・ならないの境目に居る夫婦だ。結婚して子どもが生まれて家を買おうかどうか......そんな夫婦の話を聞いていると、子育ては戦争だ。

長谷川氏は「少子化の根本的な原因は若い男女が子育てより自分の事が大好きだから」と不思議な理由を根拠も示さずに挙げているが、子供をちゃんと育てたいから働き続ける、というのがリアルな夫婦の実態だ。

長谷川氏の言うとおりなら、世の中に仕事と子育ての両立で悩む人はいなくなるが、実際には以前この記事で書いたように、通勤時間10分の違いで保育園に預けられるかどうかに悩むのが子育てのリアルだ。

■子育てに生産性の視点を。

金銭的に苦しいから働かざるをえない、というのも長谷川氏からすれば間違いだという。専業主婦・主夫がいれば節約効果が非常に大きく、親が勉強を教えれば塾の費用もかからないという。記事では「僕の家庭なんて、嫁さんのおかげでどれだけたすかっているか」とあるが、ネット上ではこういう書き方を「ソースは俺」という。こういった根拠の示し方は意見を主張する方法として世間一般では到底認められない。

長谷川氏は以前、アナウンサーに内定が決まった途端、1ヶ月で6人の女性から告白されて女性不信に陥った、という記事を書いている(これは非常に面白かった)。長谷川氏自身は専業主婦になりたい女性にとっては理想的な男性だったとも言えるが、実際には年齢や収入で考えると、女性の理想に合致した独身男性はごくわずかだ。現実的には女性は自身で稼げる分だけ相手に求める収入を下げた方が結婚相手は見つかりやく、男性側も自身の給料がよっぽど高くなければ専業主婦の奥さんを養うのは相当に厳しい。

長谷川氏が指摘するように、働きながら子育ては大変だ。昔は猛烈に働く夫とそれを支える妻という組み合わせがバランスの良かった時代もあったのかもしれないが、今はそうではない。育児の一部は保育のプロに任せて子育てを効率化する。その間に夫婦が働く。得意な事にそれぞれが特化することで生産性を上げるという、経済学でいう「比較優位」の話だ。

子育てで生産性なんて止めてくれ、と言われそうだが、働ける人口が減る以上、子育ても、そしてもっと深刻な介護も生産性の向上は不可欠だ。生活水準が落ちても良いならそれはそれで構わないが、生活水準の低下とは、豪華な食事が出来ないとかおしゃれが出来ないといった上辺の話ではない。

予算不足で警察・消防の人員が不足して治安が悪化するとか、医者が不足して軽い病気で子供や高齢者が死んでしまうとか、教育費が足りずに義務教育のレベルが落ちるとか、そういうレベルの話だ。

働き方については以下の記事も参考にされたい。

長谷川氏の記事では、会社は儲かったらいいんですとあるが、その会社が今やっている事は、優秀な人材を確保して利益を追求するために、子育てをしながら働きやすい制度・環境を整えている。現状認識がズレていることは明らかだろう。

長谷川氏の記事は過去の議論を全て無視して、はっきり言ってイマサラ感が満載の話ばかりだ。報道に携わり、海外で生活したこともある若い男性がいまだにこのような意見を持っているのかと思うと、頭痛が痛い。

※これ以上長谷川氏の記事に反論をしてもしかたがないので、次回は女性の社会進出と出生率に関する研究データを紹介したい。