橋下市長の敗因が「シルバーデモクラシー」ではない件について。

大阪都構想の賛否をめぐる住民投票が大阪市で行われ、わずかな差で反対派多数となった。今回の投票結果を受けて指摘されているのは「シルバーデモクラシー」によって賛成派が負けてしまったということだが、本当にそうなのだろうか。

昨日、大阪都構想の賛否をめぐる住民投票が大阪市で行われた。結果はわずかな差で反対派多数となり、大阪都構想が一旦ストップする事となった。当日午後11時から行われた記者会見では、橋下市長は笑顔で負けを認め、12月までの任期をもって政界を引退すると明言した。引退後は弁護士に戻る意向も表明した。

今回の投票結果を受けて指摘されている事は「シルバーデモクラシー」によって賛成派が負けてしまったという事だ。

■シルバーデモクラシーとは?

シルバーデモクラシーとは、高齢者多数の状況により、ワカモノよりも高齢者の意見が投票を通じて実現されてしまう事を指す。日本は高齢化が急激に進み、高齢者の割合が急激に増えつつある、だからワカモノの意見が政策に反映されない理由はシルバーデモクラシーによるものだ......という考え方だ。特に昨日の投票結果を受けて、そのような意見をあちこちで見かけた。

これは感覚ではなく実際の数字、つまり大阪市に住む人の年齢構成を見るべきだろう。

■大阪市に占めるワカモノの割合は約49%。

大阪市のHPでは住民の年齢別人口が公表されている。最新版のデータは平成26年10月と半年ほど前のもので、今とは大きく変わっていないだろう。

大阪市全体の人口は286.6万人となっている(数字は全て端数切捨て)。ここから有権者ではない20歳未満の人口を差し引くと、227.3万人となる。

ワカモノの定義は人によって異なると思うが、ここでは一旦20代、30代、40代をワカモノとして定義する。この年代の人口は、合計で111.3万人。有権者全体に占める割合を計算すると48.96%と、ほぼ半数だ。

この数字は外国人も含んでいるが、今回の住民投票では外国人に投票権は無い。大阪市に住む外国人は平成26年9月末時点で11.6万人だ。年齢構成は不詳なため計算にずれは生じるが、全ての外国人がワカモノ世代と仮定してもワカモノの割合は43.86%と極端に少ないとは言えない。

■橋下氏の敗北はシルバーデモクラシーが原因ではない。

これらの動かしようのない数字から分かる事は、橋下氏の敗北はシルバーデモクラシーが原因ではないという事だ。

選挙結果として、年代別、男女別の出口調査がテレビで報じられていた。20代から70代以上まで6つの年代と男女に分けられた賛否の割合だ。この調査で反対が50%を上回っているのは50代の女性と70代以上の男女のみだ。それ以外は50代男性も、そして60代の男女まで賛成が50%を上回っている。

これだけを見れば70代以上が全てを決めてしまっているシルバーデモクラシーじゃないかという事になるが、数字の上では40代とそれ以上の年代の人口割合はほぼ半々だ。50代男性と60代まで賛成派の味方についたのに、なぜ負けたのかといえば投票率という事になる。

40代までとそれ以上の人口比がほぼ半々なのであれば、賛成派が負けた原因はワカモノの低い投票率以外に無い。人口比で負けたのならばシルバーデモクラシーという指摘は正しいが、投票率で負けたのなら、それは単に民意が反映されたと考えるべきだ。投票に行かない人は「どんな結果が出ても従います」という意見表明をしている事になるからだ。

つまり高齢者の意見が反映されている事は間違いないがその原因はシルバーデモクラシーでは無いという事だ。

※全体の投票率は66.83%と報じられている。自分が確認した限り記事を書いている時点では年代別の投票率を報じたメディアが見当たらなかったが、おそらく本日中には公開されるだろう。

■投票に行って自分の意見を表明する事は悪い事ではない。

このようなシルバーデモクラシーの誤解は国政選挙でもあり、以前以下のように書いた。

選挙は投票率が下がるほど組織票がモノを言う。単純な話だが選挙に興味の無いワカモノはこれを知らない。高齢者は投票率が高いので、ある意味で組織票に近いものがある。そして当然の事だが選挙に行く事はなんら悪い事ではないし、自分が支持する政策を実現する人・政党に投票するのも当然だ。それに呼応してリピート率・利用頻度の高い「顧客」向けの政策を打ち出すのも政治家としては当たり前だ。

災害より老後を怖がる日本人 ~20代と60代の利害は一致する~ シェアーズカフェのブログより 2012/12/07

反対派が自分の意見を投票する事も、高齢者がワカモノより投票に行くことも、何ら問題のある行動ではない。これを否定するのであれば選挙や住民投票の仕組み自体を否定する事になり、住民投票で賛否を問うと決断した橋下氏を否定する事にすらなりかねない。橋下氏自身も民意に選ばれなかったことをはっきりと認めている。

大阪都構想による二重行政の解消が高齢者にとってマイナスになるとは到底思えないが、今回の結果を受けて大阪は終わった、という意見を多数見かけた。将来大阪が地盤沈下する事になっても、全ては住民にとって自己責任としか言いようが無い。もっと言えば自業自得だ。

■敗因は女性票か?

先ほど書いた男女別の投票率を見ると、男性の賛成票の多さに比べて女性の賛成票は随分少ない。例えば20代から40代男性の賛成票の割合は60%後半から70%超と強い支持を見せている。同年代の女性はいずれも50%半ばと半数は超えているものの、男性と比べて10ポイントから15ポイントも低い。

橋下氏が女性票に弱いというイメージはあまりなかったが、強権的な手法が嫌われたのだろうか。過去には女性関連の問題で週刊誌に報じられたものや、慰安婦に関する発言などがある。いずれも数年前の話題で今さら掘り返すようなものではないが、僅差での敗北を考えると影響している可能性はあるかもしれない。

今回の住民投票はあくまで都構想の賛否ではあったが、現実には橋下氏の信任投票でもあったように思う。とはいえ、実際にはワカモノの投票率がもう少し高ければほとんど関係の無い小さな影響だと言わざるを得ない。やはり敗因はワカモノの投票率の低さという事になる。

■橋下氏にすがる記者たちという異様な光景。

昨夜11時から始まった記者会見は2時間にわたって続けられた。

橋下氏は会見当初からすっきりとした笑顔を見せていた。最後まで戦い切った満足感、あきらめ、お前ら今後どうなっても俺はもう知らないぞという突き放し......これらがないまぜになったような表情に見えた。

「本当に引退するんですか?」

「負けたとはいえ半数近くの支持があったんですよ?」

「これだけの支持者と維新の会を放り出してやめてしまうんですか?」

「例えば10年後の復帰も本当に無いんですか?」

まるで突然引退を表明した芸能人かアイドルに対するような、何とも不思議な質問が新聞社やテレビ局から何度も繰り返された。橋下氏は、僕は奴隷じゃない、職業選択の自由がありますので、と今後について政治家への未練が一切無いことを表明した。

過去の2万%府知事選挙への出馬は無いという発言についても、当時すでに撮影したテレビ番組がお蔵入りになってしまうので嘘をつかざるを得なかった、今はそういう事情は全くない、と取り付くしまも見せなかった。これまで政治家として散々タダでテレビに出て来たけど今後はそうはいかない、と冗談とも本気ともとれるような発言もあった。

しつこく繰り返された本当に辞めるんですか?という質問は、無料で使える「面白いコンテンツ」としての政治家・橋下徹氏が消えてしまう事への未練だったのだろうか。自分にはマスコミとケンカをしながらも、現状打破のために戦う政治家に目の前であっさりと引退を表明されてしまい、辞めないでほしいとすがっている人達にしか見えなかった。それはまるでこれまで批判してきたことに対する懺悔のようだった(市と府を混乱に陥れた責任を取って辞めるんですか?といったようなキツイ質問が多数ぶつけられるかと思いきや、そういった質問は全くと言って良いほど無かった)。

■足による投票

今回の投票結果は決してシルバーデモクラシーではなく住民全体の意思によるものだ。本人も認めるように賛否が別れる、そして一部からは大いに嫌われているものの稀有な政治家を住民の意思で葬った事になる。

今回の住民投票が将来の大阪に、そして日本にどのような影響を与えるのか。反対派として手を組んだ自民・公明・民主・共産は野合と批判されているが、二重行政の解消は大阪都でなくとも出来ると説明している。

今後は足による投票、つまり大阪の地盤沈下に伴って移住もありうるだろう。停滞した地方から都市部に働きに出るワカモノが珍しくないように、大阪以外の都市に引っ越すという選択肢だ。

以下の記事も参考にされたい。

東京都と大阪都、2つのエンジンで国が回っていく将来を期待していた人も居ると思うが、これが完全に消えてしまうのか、それとも橋下氏が去り、江田氏が代表を辞任した後の維新の党が新しい政策を掲げていくのか、今後も注目したい。

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