草の根のシリア難民支援から学ぶ

「子どもたちを幸せにすることで頭がいっぱいだったんだ。自分たちのことまで考えられないよ」
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トランプ大統領が27日に署名した大統領令で、シリアを含む7カ国の国民や難民の入国を一時禁止したことを受け、世界的に反発が広がっています。また、カナダのトルドー首相やドイツのメルケル首相、フランスのオランド大統領ら主要国の首脳も非難や懸念を表明しています。

一方、日本の安倍首相は、今のところ沈黙しているようです。昨年9月、ニューヨークで開催された「難民と移民に関する国連サミット」において、難民の自立支援や受け入れ国の開発支援のため、3年間で総額28億ドルを拠出する方針を表明し、演説で「難民・移民問題の解決のため主導的役割を果たしていく」と強調したわけですから、その役割を果たすためにも、迅速かつ明確な意思表示を期待したいと思います。

とはいえ、いま、日本が何を言っても空虚に響くだけでしょう。それは、難民の支援に汗を流す人々の想いにも、難民を拒否する人々の不安にも、私たち日本人が寄り添えていないから・・・ かもしれません。

ここで、昨年の秋、ヨルダンを訪問したときの話を紹介させてください。古くからの友人が、現地でシリア難民支援を行っているというので訪れたのです。

シリア支援団体サダーカ(アラビア語で「友人」の意)代表の田村雅文さんは、ヨルダンの農業開発支援に携わりながら、首都アンマンを拠点として、ほぼ、ひとりでシリア難民を支援する活動を続けています。こういう地道な日本人って、世界にいますよね。

5年にわたるシリア内戦では、1000万人が国内避難民となり、400万人が国境を越えて難民化しています。そのうちヨルダンに逃げ込んだ難民は60万人を超えており(UNHCRによる。ヨルダン政府は100万人以上と主張)、とくにアンマンには17万人が暮らしていると言われます。

田村さんに同行して、いくつかの難民家庭を訪問させていただきましたが、それぞれが抱える問題の複雑さに驚かされました。まあ、当たり前のことですが、衣食住さえ提供していれば難民支援となるわけではありませんね。

アンマンで暮らすシリア難民のアルルスラン夫妻

たとえば、60代の難民夫妻。3年前にシリアを逃れ出て、いま、ヨルダンの首都アンマンに2人きりで暮らしています。

夫妻には4人の子どもたちがいて、シリアでは大家族で暮らしていたんだそうです。けれども、内戦で長男を失い、残された妻子は、篤志家が運営する母子家庭シェルターに引き取られてゆきました。アンマンに避難した当初は、次男家族と一緒に暮らしていましたが、次男が無資格就労で摘発されたため、その家族ごと送還されてしまったそうです。長女は嫁いでゆき、次女はアメリカへの第三国定住が認められ、海を渡ってゆきました。

そうして、夫妻は2人きりになってしまいました。今年で夫は64歳となり、妻は63歳となります。さらに、夫は口腔がんを患っています。

「あなた方には支えとなる身近な人が必要でしょう」と私は問いかけました。「守ってくれる国すら失ってしまったのに・・・」

すると、夫は次のように言いました。

「子どもたちを幸せにすることで頭がいっぱいだったんだ。自分たちのことまで考えられないよ」

少なからぬ高齢者は自分のことを後回しにしてしまいます。子どもたちが離れていったのには、それぞれの理由があります。「避難した家族をなるべく引き離さない」という原則は、難民の子どもたちを守るだけでなく、高齢者を支えることにもなるのでしょう。そのことが少しだけでも配慮されていたら、夫妻の老後は違ったものになったような気もします。

もちろん、内戦さえなければ、夫妻は家族に囲まれて静かな老後を迎えていたんだろうと思いますが・・・。

難民家庭の訴えに耳を傾ける田村さん

他に訪問した世帯も、はっきり言ってドロドロしてました。そうしたドロドロをかき分けて、実効的な支援の在り方を探るのは、とっても大変そう。

30代のシリア人女性から連絡がありました。

ヨルダン人の男性と結婚生活を送っていたものの、ほどなく別れ話を切り出されたそうです。このときになって婚姻証明が偽造であったことが明らかとなり、彼女は家を出ていかざるをえなくなりました。

この女性が親族の家に身を寄せているとのことで、サダーカとして支援できることがないかを確認しに行くことになりました。ところが、訪問先に女性はいません。そこにいた親族によると、別の親族の家へと女性は出て行ってしまったとのこと。親族は「もともと素行の悪い女だったよ」と・・・。

真相は分からずじまいでした。何しろ、ヨルダン人男性の言い分は聞けていませんし、結納金があったのかどうかも分かりません。親族のコメントは女性が一方的な被害者とは言い切れない印象を与えますが、被害女性を蔑視したもの(セカンド・レイプ)だったかもしれません。

50代のシリア人男性が訴えていました。

5人の子どもをおいて、突然に妻が家を出て行ってしまったそうで、男性は途方に暮れています。サダーカとして支援できることはないかと確認することになりました。

なんとか、人づてに妻の居場所を確認し、電話をかけてみたところ・・・、「夫から売春を強要されたため、逃げ出しているんです」とのこと。ただし、こちらは妻の言い分のみ。

こうした錯綜する情報のなかで、一歩ずつ、できるところからサダーカは支援を重ねています。決して規模は大きくはありませんが、こうした困ったことがあると田村さんに声がかかります。シリアの人々から信頼され、感謝されていることが、ひしひしと伝わってきました。

やっぱり、田村さんのように丁寧に現場を回りながら、行政システムの隙間を埋めるようにように活動する人が必要なんですよね。そして、それはシステムでは救いきれない問題なので、当然ながらドロドロしている・・・。

ときに、NGO活動について公平性がないと批判する人がいます。たしかに、田村さんの活動は行き当たりばったりだし、支援できている世帯は両手で数えられるぐらいでしかありません。

でも、私はそれでいいのだと思いました。隙間を埋める作業ってのは、ほとんど手作業ですから、目についたところから取り組むしかありません。いろんな人が、いろんな想いで、得意分野で、ネットワークで、それぞれに展開しながら、しかし手作業で隙間を埋めてゆく。これが複雑な世界を支えてゆくコツなんです。

そうした積み重ねがあってはじめて、難民支援についての実効性が高まってゆくのでしょう。こうした活動から少しずつずつシステムに還元してゆくこと(アドボカシー)が大切ですね。サダーカが実地の支援ばかりでなく、「シリアの現実を世界に伝えること」をミッションとしている理由でもあります。

8万人のシリア難民を受け入れるヨルダン最大のザアタリ難民キャンプ; 私たちは、内戦が終わるまで、子どもたちをここに押し込めていていいのか

いま、世界の難民支援は、明らかに混乱へと向かっています。皮肉ではなく、今後の日本による主導的な役割を期待したいと思います。トランプ大統領が自由世界のリーダーとしての役割を果たすことに消極的になっている以上、日本のリーダーである安倍首相には、自由世界を守る国際的な責任が増しているのではないでしょうか。

言うまでもなく、サラサラと泉のようにカネを流しこんでいてもダメなんです。口先だけでなく、本気で世界を牽引するつもりなら・・・、なべて難民支援にある現実に向き合うことから始めるべきです。まずは、田村さんのような前線からのホットな声に耳を傾け、(クールダウンしながら)取り込んでゆくセンスが求められています。

そして、調子を合わせて保身しようとするのではなく、日本が信頼できる国際アクターであろうとしていることを、「今こそ」自由世界に印象づける必要があります。つまり、少人数からでもいいので、シリア難民の国内への受け入れを実行してみせることです。

この機会に、ザアタリ難民キャンプ(8万人のシリア難民を受け入れるヨルダン最大のキャンプ)内の診療所を訪問して、シリア人の医師たちに抗菌薬など医薬品を寄付してきました。個人の立場からの段ボール1箱分に過ぎない薬剤は、たしかに「焼け石に水」だろうと思います。ただ、こうした小さなことを積み重ねて、同じ医療者として連帯の気持ちを伝えることも必要だと信じています。

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