東日本大震災で作業療法士が果たした役割

人が日常生活で行っている生活行為を可能し、それらを通して健康や社会参加を促進することが作業療法の目的である。

平成22年に福島県双葉郡楢葉町で開設した当施設は、福島第一原子力発電所から20km圏内に位置していたため、震災の翌日から町外での長期にわたる避難生活を余儀なくされた。この間、私は施設の管理職として、そして一人の作業療法士として、専門職の視点を活かしながら、被災して故郷を追われた入所者が再びその方らしい人生を取り戻すための仕組み作りを進めてきた。

作業療法とは、「作業(=生活行為)を通して健康と幸福な生活の推進に関わる職業である。作業療法の主目標は、人々が日々の生活の営みに参加できるようにすることである」と定義されている(WFOT 2004より一部抜粋)。身の回りの動作を行うこと、仕事や家事に従事すること、休みの日にレジャーや趣味に興じることなど、人が日常生活で行っている生活行為を可能し、それらを通して健康や社会参加を促進することが作業療法の目的である。

被災直後の小学校での避難生活は、食料の確保もままならず、要介護高齢者が冷たい教室の床で雑魚寝をせざるを得ない状況で、マズローの欲求段階説でいう生理的欲求や安全欲求などの下位欲求ですら満たすことができない過酷な環境であった。そのため私達は、入所者の安全が守られ、生命を維持するための食事・排泄・睡眠などの生活行為が可能になるよう、介助方法の工夫やダンボールなどを利用した環境整備を行いつつ、入所者の受け入れ先探しに奔走した。

数日後に受け入れ先が見つかり、私達は小学校を後にした。その後の施設生活では最低限の生活行為は獲得できたが、定員が超過していたため入所者は自由に行動することができず、加えて、プライバシーの確保も困難な環境での生活を強いられた。このような環境での生活は、入所者の意欲を奪い、本人がやりたいと思う生活行為の遂行や創出を制限する状況を招いた。被災直後に比べれば低次の欲求は満たされているものの、人がより良く生きるための生活行為は、この場にはほとんど存在していなかったのである。

そこで私達は、各職種が協力して入所者の想いを知るためのインタビューを行うことにした。入所者はどのような想いを抱きながら毎日を過ごしているのか、やりたいと思う生活行為は何かなどを知ることで、その方らしさを少しでも取り戻すための支援につなげたいという強い思いが私達にはあった。いざインタビューを始めてみると、震災前の生活や避難中の感情など、多くの入所者は話を止めようとせず、止め処なく言葉が溢れた。涙を流しながら想いを打ち明ける入所者も少なくなかった。

自分がやりたい、または大切にしている生活行為を行い、その結果から満足感や充実感を得て、人は健康であることを実感するものである。しかし、当時の現状は健康的な生活とは程遠く、このような環境は生活行為の遂行や創出を制限するだけでなく、入所者の想いの表出までも制限していたのである。

このことをきっかけに、生活行為の獲得に向けた支援の実施に加え、私達は被災地の現状を伝えるために厚生労働省に赴き、被災者がより良い人生を取り戻すための支援ができる環境整備の重要性を訴えた。その後、補助金の申請が認められ、平成25年に避難先の福島県いわき市で日本初となる「仮設」介護老人保健施設を建設して現在に至っている。

現在当施設では、「利用者様中心のサービスを徹底し、利用者様やご家族、地域が元気になるような支援を実践いたします」という基本方針を掲げている。

そして、避難生活での経験を活かし、入所者の意志や想いを引き出し、彼らが大切に思う生活行為の獲得を目指す取り組みや、日々の活動・行事などを通して、入所者が介護を受けながらも主体的な生活を送ることができるような仕組みの構築を進めているところである。

これらの取り組みは徐々に成果を出してきており、その方が大切に思う生活行為を獲得できたことで、1日の活動量が増加しQOLが向上している入所者が増えてきている。

昨年の9月5日、楢葉町全域に出されていた避難指示が解除された。しかし、震災当初より復興の兆しは見えるものの、住民の帰還は進んでいない。未だに多くの田畑は荒れ果て、雑草が生い茂っている。原発事故が周辺地域に与えた被害は甚大で、現時点で被災地の未来を予測することは困難な状況にある。

このような現状の中で被災者のために自分達ができること、それは未来に向かって『共に歩む』ことなのだと私は思っている。彼らが新たな生活行為を必要としたときに傍に寄り添い、生活行為の実現と、その先にあるその方らしい人生の再獲得を目指して、未来に向かって共に歩んでいくような支援が被災地復興には必要であると感じる。

今後も楢葉ときわ苑では、人がやりたい・大切に思う生活行為の実現、そして共に歩む支援を続けていきたい。

(2016年3月8日 「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)

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