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2015年08月14日 15時07分 JST | 更新 2016年08月12日 18時12分 JST

合意「失敗」で見えてきた日米TPP交渉戦略の限界

先月末ハワイで行われたTPP閣僚交渉について、合意「先送り」との報道が多いが、私は、合意「失敗」と考えるのが実態に合っていると思う。

<詰めが甘かった日米両国の交渉戦略>

「これが最後の閣僚会合にしたい」と甘利大臣が述べたように、日本だけでなくアメリカも本気で最終妥結を目指して臨んだ閣僚会合は、今回も合意に至らず閉幕した。

私も、衆議院農林水産委員会の民主党代表としてマウイ島の現地にいたが、関係者の落胆は相当なものだった。実際、内閣官房のTPP担当部局も、妥結することを前提に、事務的な詳細の詰めをするため、さらに一日滞在日程を確保していたくらいだ。しかし、無駄足に終わった。

これほど最終妥結に向けた期待と意気込みが強かったのに合意に至らなかったのはなぜなのか。

まず、ニュージーランドの乳製品に関する強行姿勢を読み切れなかったことだ。乳製品の低関税枠(TRQs)の拡大について、ニュージーランドは日米やカナダに「過大な」要求をしたが、要求が受け入れないなら、アメリカが求める新薬開発のデータの保護期間の拡大は受け入れられないと、知的財産ともからめた巧みな交渉戦略をとった。

こうしたニュージーランドの交渉戦略を読み切れなかった日米の交渉戦略そのものに問題があったと言わざるを得ない。

詰めの甘い交渉戦略が招いた帰結と言える。

要は、TPP交渉国間の貿易の大半を占める日米両国で大枠を決めてしまえば、あとの「小国」はなんとかなるとのタカをくくっていたと思われる。最終局面に来て、こうした日米の驕りと強引さが裏目に出たと考える。

日本の交渉チームについては、これまで粘り強くよくがんばってきたとは思う。しかし、あまりにも日米協議に注力するあまり、ニュージーランドをはじめとする他の交渉参加国の真意をつかみ切れていなかったのではないか。

特に、乳製品のように、アメリカ側にとってもセンシティブな物品に関する関税については、アメリカがなんとか収めてくれるだろうと期待し過ぎた面があるのではないだろうか。

甘利大臣は会合終了後の会見で、ニュージーランドに対して恨み節を述べていたが、ニュージーランドからすれば筋違いだろう。

グローサー貿易相が会見で述べたように、もともと関税の完全撤廃を主張し、シンガポール、ブルネイ、チリと一緒にTPPを始めたのは、ニュージーランドである。後から入ってきて、あれこれ条件をつける日米に対しては、間違っているのはあなたたちの方だと思っているはずだ。彼らには、TPPのオリジネーター(創設者)としての自負がある。

次回会合を8月末にも行いたいとの意向を甘利大臣が示したが、絶望的だ。それまでにニュージーランドに主張を変えさせることは簡単なことではないだろう。

もし早期の交渉妥結を目指すならば、日米両国の更なる妥協は避けられない。例えば、日本は、(独)農畜産業振興機構(ALIC)を通じた国内酪農支援の仕組みそのものの解体まで求められる可能性もある。

とにかく妥結を急げば足元を見られる。アメリカでさえ、妥結の「早さ」よりも「中身」が大切だと言っているのに、そんな中、次回開催日の明示を求めた甘利大臣の前のめりな姿勢は突出していた。

<既に多くのカードを切っている日本>

今回、妥結に至らなかったことで、国内の農業団体等には安堵の声が聞こえるが、ハワイでの閣僚会合を通じて、日米間の懸案事項の大部分は合意に至ったか、合意直前にあることは間違いない。最終妥結を目指した以上、切るべきカードの中身は固まっていると考えるのが自然だ。

そして、甘利大臣の発言や一部報道を踏まえれば、少なくとも、牛肉、豚肉の関税撤廃に向けた内容はセーフガードの水準も含めて固まっていると思われる。重要五項目以外にも、鶏肉や海産物でも大幅な「進展」があったとされる。

その証拠に、交渉終了後に自民党が農業団体等に対して開いた説明会では、合意に至っていないにもかかわらず、早くも国内対策の検討の話が出ている。おかしな話である。

自民党の農林族も口では決議を守れとか、聖域を確保しないTPPには反対と言っているが、もはや演技である。全中幹部も、同じような状況ではないのか。

農産物重要5項目の関税について、国会決議にある「除外または再協議」を死守する気はなく、すでに関心は、国内対策の予算確保に移っているようである。自民党の農林族も、今回のタイミングでの妥結をひそかに期待していたフシがある。

理由は明確だ。

まず、国内の国会日程と選挙の関係だ。今回まとまっていれば、関連法案を秋の臨時国会で審議できるはずだった。そうすれば、明らかに農林水産委員会決議に違反した合意内容について、参院選に影響の出る来年の通常国会での議論を避けることができる。

次に、今回合意内容が確定していれば、今月末に期限を迎える来年度予算の概算要求に対策を盛り込むことができ、来年度(平成28年度)予算編成で国内農家対策を打ち出すことができる。関税は守れなかったが、再生産可能な国内対策を打ったと言って逃げ切ろうという戦略だ。

しかし、今回のタイミングで最終妥結に至らなかったことで、これらのシナリオが完全に崩れた。政府・与党は、頭を抱えていると思われる。現地にいた自民党農林議員の一人は、残念であるとの思いを隠さなかった。

そもそも、日本側に交渉を急ぐ理由はなかった。にもかかわらず、奇しくも2016年大統領選の予備選前に妥結したいというアメリカ側の政治的思惑と、来年の通常国会での議論は避けたいという日本側の政治的思惑が一致したため、7月末までの妥結という共通目標を持ちながら、日米両国で強引に交渉を引っ張ってきた。これが交渉の実態だ。

今回、その戦略が破綻したのである。そして、合意に「失敗」したのである。

<情報公開と交渉戦略の練り直しが不可欠>

こうなった以上、今一度、腰を落ち着けて交渉戦略を練り直すべきである。このまま続けても、既にカードの多くを切った状況の下では「強い交渉力」は発揮できず、さらなる譲歩を求められるだけである。

まずは、日米間で内々決着したと言われる牛肉や豚肉への対応について、その交渉内容と交渉プロセスを速やかに情報公開すべきである。これ以上秘密交渉を続けるべきではない。そもそも報道されている情報が事実なら、農林水産委員会の決議違反は明確である。情報を公開したうえで、国会および国民を巻き込んだ議論が不可欠である。

さらに懸念するのは、仮に、今後TPP交渉が「漂流」を始めたとしても、今回、日米で合意した内容については、事実上の日米FTAとして履行を求められるおそれがあることだ。政府はこうした見方を否定するが、アメリカは日本との二国間関係において、既に「勝利」をおさめていると思われる。

しかも、こうした方向性は、昨年4月のオバマ大統領来日の時に決まっていたと考えるのが自然だ。

また、農産物のマーケットアクセスの話に限らず、著作権侵害の非親告罪化など、日本社会に大きな影響を及ぼすルールについてもほぼ決着済みと言われている。こうした重要なことが、全く国民的な議論なく決まっていることも大問題だ。あわせて情報公開を求めたい。

<早期妥結そのものを目的化するな 問題は中身だ>

最後に、今回の閣僚会合で最も印象に残ったのは、自国の主張を曲げずにアメリカをきりきり舞いさせている「小国」ニュージーランドの存在感である。大国アメリカに遠慮して何も言えない日本よりも、よほど自国の利益を守る姿勢を明確に打ち出している。

また、最終日の午前中の閣僚会合では、メキシコが甘利大臣に対して、自動車部品に関する高い水準の原産地規制(ROO; Rule of Origin)を求め、両国大臣が激しく対立したと外国のメディア等では報じられている。こうしたメキシコの姿勢にも、自国の利益を実現しようとする強い気概が伺える。

一方の日本、安倍政権の交渉力はどうだろうか。

そもそも、TPP交渉に入れてもらう条件として、軽自動車への増税要求をのんだり、アメリカが日本車に課している関税については、「TPP交渉の中で一番長い期間をかけて撤廃する」ことを約束している。こうした経緯を考えても、とても「強い交渉力」を発揮できているとは思えない。

既に多くのカードを切ったり見せたりしていることも問題である。

安倍政権は、参議院選挙への影響を避けたいといった政治的思惑から、早期妥結そのものを目的にするのではなく、真に国益を追求する交渉を粘り強く進めるべきである。