鍼灸ファンを増やしたい!『鍼灸っていいよね~』と一人でも多くの方に言って貰えるように、努力し続けると心に決めました。

40歳を過ぎてから、一念発起してはり師ときゅう師の資格を取得しました。小学1年生から剣道を始めた私は、試合前には必ず“はり医者さん”と当時呼んでいた鍼の先生に治療してもらい体調を整えて試合に臨んでいました。

40歳を過ぎてから、一念発起してはり師ときゅう師の資格を取得しました。小学1年生から剣道を始めた私は、試合前には必ず“はり医者さん”と当時呼んでいた鍼の先生に治療してもらい体調を整えて試合に臨んでいました。治療を受けた後の体調の変化に驚き、鍼の先生って凄いなぁと感じていました。肩こりがひどかった母もその先生にお世話になっていました、いつか鍼の技術を身につけられたらきっと母が喜ぶだろうなとも思っていました。

社会人になり、四六時中仕事のことばかり考え、我武者羅に働いた時期もありました。学生時代に負荷を掛けすぎた身体は、正直なところあちこちガタが来ており、30歳を過ぎた頃から痛みとなって現れました。この不調を自分自身の技術で治したい、人生の後半はこれまでお世話になった方々に多少なりとも恩返し出来る仕事に就きたい、そんな思いから40歳を過ぎて鍼灸師の世界へ足を踏み入れました。

平成4年以降、鍼灸師の資格は都道府県知事免許から厚生労働大臣免許となり資格試験も国家試験となっています。正式には、はり師、きゅう師、あん摩マッサージ指圧師と各々別の国家資格になります。受験するには、養成施設(専門学校)或いは大学において3年以上の課程を履修し、単位を取得しなければなりません。40歳を過ぎてからの記憶力勝負は相当苦しいものがありましたが、夜間の専門学校に通いなんとか資格を取得できました。

鍼灸師になってみると、私にとっては身近な存在だった鍼灸治療が、多くの方々には縁遠くて怖い存在だということが分かりました。鍼灸のことを胡散臭いと思っていらっしゃる方も実際にいらっしゃいます。

現在私は、医療現場に近いところでお仕事をさせて貰っています。そこで感じているいくつかの思いを皆さんにお伝えし、鍼灸について少しでも興味を持って頂ければと思います。

(1)あはき師と医療制度について

業界では、あはき師とひとくくりにされますが、先にもご説明したように、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師とそれぞれ資格は独立しており、あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律(通称あはき法)に規制されています。ですので、一般にマッサージと呼ばれる行為は、あん摩マッサージ指圧師の免許がなければ行えません。近頃は『ほぐし』『こりとり』などと表現してマッサージ行為を行っている店舗もありますが、率直に言えば違法行為です。皆さんが無資格者による乱暴なマッサージで健康被害を受けない為には、あん摩マッサージ指圧師の資格を確認してから施術を受けて頂くのが一番だと思います。有資格者がマッサージを行っている店舗には、資格免許状が目に付くところに飾ってあります。

保険使えますか?とのお問い合わせも時々頂きます。健康保険による鍼灸マッサージは、健康保険法の療養費制度(第44条の2項)に基づいており、制度に対応している治療院であれば保険で治療をうけられます。しかし、必ず医師の同意書が必要です。対象となる疾患や症状も限定されています。

鍼灸は、1.神経痛、2.リウマチ、3.頚腕症候群、4.五十肩、5.腰痛症、6.頸椎捻挫後遺症の6疾患です。マッサージは、病名ではなく1.「筋麻痺」2.「関節拘縮」という症状に限定されます。

療養費制度を利用することにより、治療が限定されることを嫌い自費治療しか行わない治療院もありますので、事前にお問合わせなさることをお勧めします。

(2)漢方処方と鍼灸治療の併用について

中医学(TCM:Traditional Chinese Medicine)では、漢方薬と鍼灸は車の両輪に例えられ中医師は今現在もどちらも学び、得手不得手はあるにせよどちらも扱うことができます。しかし、日本では明治時代に入り、西洋医学の台頭により明治7年に漢方医は廃絶され、明治16年には医師免許規制により西洋医のみ許可されました。これにより伝統医療は地位を失い、漢方の知識は一部の医師が伝承するに留まりました。鍼灸は明治時代以降、鍼術・灸術営業者という扱いを受け続け、昭和22年になり「あん摩、はり、きゅう、柔道整復等営業法」が成立しようやく身分が確立したと言われています。こういった経緯から、漢方処方と鍼灸治療は切り離されてしまい、伝統医療が見直されるようになった現在になっても漢方と鍼は別々のものとして扱われています。

昭和51年に漢方エキス剤が保険適用されたことにより、漢方薬処方が見直され始めました。新しい時代に求められる医療の形として、統合医療に期待が寄せられるようになった事もあり、西洋薬一辺倒ではなく、漢方薬の処方にも興味を持たれる医師が増えてきているそうです。また、2001年以降医学部でのコアカリキュラムに漢方が組み込まれるようになり、若手の医師にとって漢方はそれほど遠い存在ではなくなってきているようです。

一方で鍼灸はというと、WHO(世界保健機関)が1997年に鍼灸の適応疾患として49疾患を草案として発表しました。しかしながら、エビデンスに基づかないとの批判を浴び、2002年に「Acupuncture : review and analysis of reports on controlled clinical trials」を刊行し、28疾患については、RCT(ランダム化比較試験)をもとにその効果が実証されているとしました。

またNIH(アメリカ国立衛生研究所)は1997年に合意声明として、エビデンスを元に術後や化学療法後の吐き気・嘔吐、妊娠に伴う吐き気、歯科の術後疼痛をeffectiveとし、薬物中毒、脳卒中後のリハビリテーション、頭痛、月経痙攣、テニス肘、繊維筋痛症、筋・筋膜性疼痛、変形性関節症、腰痛、手根管症候群、喘息に対しては補助的ないし、代替的治療法として効果的な治療法であると報告しています。

これらは欧米での補完・代替医療(Complementary and Alternative Medicine: CAM)への取組が強化され、鍼灸の臨床研究への関心度の高さを表していると感じます。

日本国内では、日本東洋医学会学術総会において鍼灸に関する発表も増えてきているとのことですが、質の高い臨床研究がまだまだ少ないのが現状だそうです。漢方(湯液)と鍼灸の併用治療の症例報告が増えてくることを期待します。

(3)医療機関との連携について

あまり知られてはいませんが、日本国内の幾つかの大学附属病院では漢方と鍼灸外来を併設しています。学術総会や研究会で、鍼灸治療について積極的に論文発表を行っているのもこういった学術基盤の備わった医療機関に所属する先生方が多いようです。医療としての鍼灸となると必ずエビデンスが必要になってきます。鍼灸治療に関する質の高いエビデンスを確立するにあたり難しい問題は、鍼灸師ごとに技術的なばらつきが大きすぎるという点です。また伝統的な技術の継承であるが故に、いつくかの流派が存在し、使う鍼の種類から刺し方まで多様化している為、統一基準での検証がなされ難いです。

しかしそこが鍼灸の面白さでもあります、「のぼせにも効くし、冷えにも効く」「高いものは下げ、低いものは上げる」という恒常性を高めるアプローチが幾つも存在するということです。ですから、質の高いエビデンスを求めつつ、「ある手法の鍼灸治療によりこういった効果が見られた」という一例報告の蓄積を重ねることが現実的なように思います。

また、鍼灸師の質の向上も課題として挙げられます。鍼灸師は3年間の学習課程で国家試験の受験資格が得られ、一度免許を取得すれば一生そのまま過ごせます。ぬるま湯に浸かることはた易い状況です。私のように未熟な鍼灸師は常に医学的知識を学ばなければなりません、また治療の幅を広げるために技術の習得も不可欠です。

課題は多くあるものの患者さんのメリットを考えると、病院・地域の診療所・クリニックと鍼灸治療施設との連携を今後も広げるべきだと思います。今のところ残念ながら、私が暮らす名古屋市内では、大学附属病院で漢方と鍼灸の外来を併設しているところはありません。しかし幸いにも私は現在、漢方専門クリニックと連携している治療院に籍を置かせていただいています。多くの患者さんは幾つもの病気を抱え、それぞれに別々の専門病院やクリニックに通院されています。そういった患者さんから治療中に健康相談を受けることが多くあります。「お医者さんはいつも忙しそうでなかなか相談できない」と仰います。連携ができている医療機関であれば、要点をかいつまんで患者さんの不安を医師に伝えることができます。その点で考えるならば、今後は総合診療部や家庭医の先生との連携が鍵になってくるかもしれません。

課題は山積していますが、『鍼灸っていいよね~』と一人でも多くの方に言って貰えるように、今後も努力し続けます。

最後になりましたが、このような拙い文章を公表する機会を与えて下さいました、東京大学医科学研究所の上 昌広 先生に感謝申し上げます。

(2015年8月11日「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)

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