世界遺産・日光東照宮では、平成19年に始まった「平成の大修理」が進行中だ。
例えば国宝・陽明門の場合、6年かけて修復されていく。こうした修復作業に無くてはならない材料が「漆」だ。漆の木から採取される樹液は、強い接着力を持つ一方で表面に美しい艶を作り出す。
今、漆の99%は輸入で大半が中国産。日光の修復には中国産漆も使用されてきたが、国産漆はより風土に適し、主成分・ウルシオールの含有率が多く、「国産漆のみで修復した方が耐久性が高い」と判明した。そのため「平成の大修理」では、国産漆を100%使う方針に。産地にとっては、いわば「特需」だ。
たった1%しかない「国産漆」の約7割を産出しているのが、岩手県二戸市浄法寺町。
9月3日にハフポストにて、浄法寺漆の採取風景や、漆掻き職人、塗り師たちの声を紹介したが(和の一滴 日本産漆の魅力を知りたい -岩手県浄法寺漆の現場を訪ねて-)、自治体では「うるしの里づくり」も推進している最中だ。
岩手県二戸市の漆畑
昭和26年、漆の生産量が33,750㎏もあったこの地域。だが、漆産業の縮小で平成18年には1,326㎏まで激減していた。
しかし、今回の日光の修復のおかげで、生産量は1,400㎏とやや回復(平成21年)傾向にある。
二戸市はこの好機を捉えて、日本の漆文化の存続をかけ「うるしの里づくり」に力を注いでいる。
■「うるしの里づくり推進事業」に取り組む
二戸市には「うるし振興室」というユニークな部署があり、「うるしの里づくり推進事業」の中核を担っている。
「以前は、漆の植林は農林課で、漆掻き職人の後継者育成は教育委員会で、漆器の販売は商工課で、と各部署バラバラで統一的な取り組みができていませんでした。しかし平成20年、内閣府の地方の元気再生事業に参加し、地域を再生するプロジェクトに取り組んだことを契機に、自治体が一丸となって漆の新興に取り組む体制が生まれました」と、同市浄法寺総合支所うるし振興室・泉山和徳さんは振り返る。
「うるしの里づくり推進事業」における漆産業支援策として、原木の確保を目指し植樹補助金制度を創設。漆掻き職人の育成制度や新規就業者支援制度も作った。一時は15名まで減少した職人も今では組合に25名ほど所属している。
使うほど輝く、浄法寺塗の器
一方、「浄法寺漆」のブランド化にも力を注ぐ。たとえば、岩手県と二戸市と共同で「浄法寺漆認証制度」を創設。第三者機関の「浄法寺漆認定委員会」を設立して、基準に適合した漆だけを「浄法寺漆」として認証し、ラベルを貼って品質保証し出荷する。他との差別化を図り、品質を保ち、「ブランド」をたしかなものにするためだ。
「浄法寺漆」として認証し、ラベルを貼って品質保証し出荷
また、浄法寺塗の工房・販売・情報発信拠点として、「滴生舎」を運営している。首都圏でのイベントや展示会にも可能な限り職人が出向き、「浄法寺漆」のストーリーを直接、都会の消費者に語りかける。
ちょうど今、銀座松屋7階デザインギャラリーでは「日本の地域産業の今 Vol.2 いわてのうるし 浄法寺漆」が開催中だ(10月8日まで)。たくさんの作家たちの作品が並ぶ。
銀座松屋7階デザインギャラリーで「日本の地域産業の今 Vol.2 いわてのうるし 浄法寺漆」が開催されている
■「うるしはじめ」でお椀と匙を赤ちゃんに貸し出す
「全国的に、浄法寺漆の知名度が上がってきたという手応えはあります」と泉山さん。
「一方で、足もとの意識を高めていく必要も。実は地域市民ですら、『漆はかぶれるから怖い』という程度の認識の人が多く、浄法寺の漆器を使っている人はごくわずか。もっともっと地域の宝としての漆を認識してもらいたい」
私自身、全国各地のまちづくりを取材してきたが、地域に暮らす人が地元産品の魅力や潜在的な力をなかなか自覚できないという課題にしばしば出会ってきた。二戸市でも「漆」は風土の中に埋没し、地域の人がその高い価値を意識する機会はむしろ少ない。
「そんな時に、首都圏での評判は、自分たちがすばらしいものを持っているんだ、という地域再発見の刺激になります」と泉山さんは言う。
地元ではユニークなプロジェクト「うるしはじめ」も始まっている。
「二戸市で生まれた赤ちゃんに3年間、浄法寺漆のお椀と匙を無償で貸し出す」取り組みだ。赤ちゃんの唇や舌に、最初に触れる食器が「浄法寺漆」というわけだ。
最初に触れる食器が「浄法寺漆」
「赤ちゃんは金属のお匙より漆のお匙の方がよく食べてくれる、と親たちからも好評です」
また、漆の原木を町の中に展示したり、漆器に触れる地元イベント「めっせうるしさま」の開催、「うるしのモデルルーム」の整備や「漆器無償貸し出し」にも取り組む。
「めっせうるしさま」で漆の原木を町の中に展示したり、「うるしのモデルルーム」を整備して、漆の質感が創り出す空間を体感してもらう
■日本の漆文化消滅の危機をどう乗り越えるか
最近は本物志向がじわじわと浸透しつつある。遠方から浄法寺の漆器の問い合わせや注文が入ったり、漆器職人志望の若手も少しずつ増えてきた。
「課題としては、文化財修復で使用していただく事例がまだまだ少ないことです。漆掻き職人が苦労して生産した漆が適正な対価で販売できずに、在庫として残っています。世界遺産の修理・修復に浄法寺漆を供給しているという誇りだけでは、生活できないのが現状です。日光の修復が終わっても、継続的に全国のさまざまな寺社仏閣で使っていただければ、国産漆はなんとか生き続けていくことができるのですが・・・。この地域での漆生産が途絶えることになると、縄文時代から培ってきた日本の「漆文化」が危機に瀕すると言っても過言ではありません。国産漆の中心地であるこの地から国産漆の現状を発信し続けなければなりません」
「日本一の産地」「原料から漆器の製品化まで一貫した体制を唯一持つ」という浄法寺漆を、もっと知ってもらいたい。そんな声を耳にした人が、また誰かに伝え、人を動かす。漆産業に取り組む人たちの言葉と仕事の中に、切実な「本気」と「危機感」を感じるからだ。
◆10月8日まで銀座松屋7階のデザインギャラリーにて「日本の地域産業の今 Vol.2 いわてのうるし 浄法寺漆」が開催
http://designcommittee.jp/2013/08/20130827.html
◆浄法寺総合支所 うるし振興室
岩手県二戸市浄法寺町下前田37-4
e-mail:urushi@city.ninohe.iwate.jp
http://www.city.ninohe.iwate.jp/sougousisyo/urusisinkousitu/index.html
(不動産経済研究所「FAX-LINE」2013年9月18日号掲載コラムを加筆修正し、転載しました)