単なる「ご祝儀相場」ではないキムタク「HERO」に見るドラマの三位一体

ドラマが終わった後に「あの道徳教育に足をすくわれた」と言われないよう、今後の慎重なる快進撃を祈ります。
フジテレビ

木村拓哉主演のフジテレビ「HERO」(月曜21時)。初回視聴率は26.5%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)と超好発進。早々に「『半沢直樹』人気を超えるかも」と期待の声まであがったそうです。

最近、視聴率低迷のフジテレビ。全社員の約3分の2を異動という大改革を断行し背水の陣で「視聴率奪還」に走るさ中。さぞやこの数字に、喜びの涙を流したのでは。

でも、単なる「ご祝儀相場」ではないと私は思います。前作「安堂ロイド」「宮本武蔵」あたりまで、たしかにキムタクはもう終わった感が漂っていました。演技はワンパターン、劣化ばかりが目立ち、あの長髪は観ててつらいと酷評されていた。「キムタクはもういいよ」感が立ちこめていた。

けれども、「HERO」は、明らかに違いました。キムタクのキムタク感が、「快」につながっていく。キムタク独自の「キムタクテイスト」を、プラスに活かすことに成功している。「よろしこ」という、人を食った久利生検事のあの挨拶も、ちっともイヤじゃない。

なぜ、このドラマのキムタクは、「おわこん」風に感じないのでしょうか?

画面がめくるめく切り替わっていく、スピード感。シーンが次から次へと気持ち良く流れていくストリーミング的快楽。その流れに、上手に乗りきれているキムタク。「HERO」というドラマで、キムタクは自分が何をやればいいのか、どんなキャラなのかしっかりと把握できている。だからこそ、「プラス面」が次々に出てくる−−そんな善循環かもしれません。

ポイントは、高視聴率がキムタク一人の功績ではない、という点にあります。演出、役者、脚本の三位一体。役者の動線、台詞の順番、微妙なタイミング、劇的に見える立ち位置まで、絶妙にバランスしているドラマ作り。

広角レンズから望遠レンズまで使った、多彩な画角の切り取り。天井から、四方から、アップにバストアップと、次々に切り替わる視点。スピーディーなカット割りと編集。制作サイドの運動神経を感じてしまう。センスと遊び心を感じてしまう。

配役のバリエーションも、実に豊か。吉田羊の切れ味と色気がいい。北川景子の目力がいい。濱田岳のボケぶりがいい。質の違ういろいろな素材をずらり配置して見せる面白み。次々と現れる登場人物が奏でる複雑なハーモニー。

その分、役者たちはたいへんです。一回性の舞台演技のように、タイミングを測ることを要求される。緊張感が生まれピリッとした空気が根底に流れる。だからこそ、コメディタッチが輝く。

ストーリーは単純ですが、それがちっとも気にならない。画面作りやキャラクター造形が多彩に仕込まれているせいで、視聴者は「観る楽しみ」を味わうことができる。

ただし、ドラマの出来がいいのと、「道徳教育とのからみ」とは別問題です。このドラマ、道徳教育推進として文科省とフジテレビがタッグを組み小・中・高校に約4万部のタイアップポスターを配布、関連イベントを開催するんだとか。

その動機がなんとも安易。キムタク演じる久利生検事が公正・公平に人に接することから道徳教育の訴求に効果的だと見込んだそう。それならばせめて、文部官僚が久利生と同じく破れたGパンを履いて登庁し、机の前で通販マシンにてエクササイズしてみせるくらいのパフォーマンスが必要でしょう。

ドラマが終わった後に「あの道徳教育に足をすくわれた」と言われないよう、今後の慎重なる快進撃を祈ります。

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