世界的建築家・伊東豊雄トークセッション   「同じ広さ・間取りの部屋なのに、50階と1階で、いったいなぜ50階の方が価格が高いのでしょうか?」

「建築」の果たす役割とはいったい何なのだろうか?
2015年に開館した「みんなの森ぎふメディアコスモス」(岐阜市立中央図書館を中核とする複合施設)
2015年に開館した「みんなの森ぎふメディアコスモス」(岐阜市立中央図書館を中核とする複合施設)
伊東豊雄事務所提供

「モノはもういらない」「所有することには関心がない」と語る若い世代が目立つ。自転車も自動車も家も仕事場も「他人とシェアする対象」となり、所有せず一カ所に固定せず。絶えず移動していくノマド的な仕事スタイルもリモートワークの浸透と共に広がりつつある。

では、そんな時代、「建築」の果たす役割とはいったい何なのだろうか?

コンクリートの巨大な塊である建築物はまさしく「モノ」の象徴。時代の波の中で建築の役割はどう変化していくのだろうか?

建築の価値がバーチャル化する時代

4月11日、建築家・伊東豊雄トークセッション「日本のこれからのモノづくり-建築×ジュエリー×金属工芸」(主催:ジュエリー・アーティスト・ジャパン/JAJ)が東京ウィメンズプラザで開催された。ご存じのように伊東氏は「せんだいメディアテーク」「みんなの森ぎふメディアコスモス」「台中国家歌劇院(台湾)」などを世に出しヴェネツィア・ビエンナーレ金獅子賞やプリツカー建築賞などを受賞してきた日本を代表する建築家だ。その伊東氏の目に時代の変化はどう映っているのだろうか?

ジュエリー・アーティスト・ジャパン/JAJ代表米井 亜紀子氏 (左)、伊東豊雄氏(中央)、鹿島和生氏(右)
ジュエリー・アーティスト・ジャパン/JAJ代表米井 亜紀子氏 (左)、伊東豊雄氏(中央)、鹿島和生氏(右)
五感生活研究所

「高層住宅をイメージしてみましょう」と伊東氏は聴衆に語りかけた。

「全く同じ広さ・間取りの部屋が、50階と1階にあるとする。いったいなぜ50階の方が価格が高いのでしょう。なぜ1階の方が安くなってしまうのでしょうか」

これまで当たり前として深く考えたこともなかった、価格差への問いかけ。

「一般的に高層階は眺望が良いなどの理由で高額なのだろうけれど、本来、土や植物、自然との関係が深い1階の部屋の方が、価値が高いのではないかと私は考えるのです」

伊東氏は、価値というものがどんどんバーチャル化し抽象化している時代だ、と指摘する。

「例えば株投資。クリック一つで金が動く。同じようなことが建築界でも起こっている。高層階=高い価格という価値付けも、建築がモノや実態から離れ、価値がバーチャル化しているせいです。部屋はますます四角く切り分けられ壁で囲われ、グリッド化し高層化していく。風土や自然と切り離されていく。となると、結果として誰がつくっても同じものになる。だから建築家がやることがなくなってきているんです」

みんなの森ぎふメディアコスモス」は岐阜の自然の一部

しかし、伊東氏が手がける建築物はその逆だという。

2015年に開館した「みんなの森ぎふメディアコスモス」(写真・岐阜市立中央図書館を中核とする複合施設)の屋根は波打っている。

伊東豊雄氏
伊東豊雄氏
五感生活研究所

隣接する金華山の稜線と調和するための曲線。うねりのある格子状に組まれた屋根の素材は、地元産ヒノキ。建物内部に壁はなく「グローブ」と呼ばれる大きな傘が吊り下がり、ソフトな間仕切りとして機能している。天井から自然光が注ぎ、長良川の伏流水を活用して空気循環を起こす。エネルギー消費は通常の1/2に抑えた。

「近代以前の日本建築の考え方は自然の一部であり延長にありました。そんなDNAを呼び起こせないだろうか。例えば花見の時、桜の下に幕を張り神聖な場を出現させたように、壁で周囲と切り分けるのではなく、自然の中にいるような空間作りを常に考えています」

グリッド化され画一化された箱とは違い、岐阜という固有の場とつながり風土や自然と関係を持った個性的な「建築」は、もはや単なるモノでない。だからその価値もバーチャル化されない、と伊東氏。

「みんなの森ぎふメディアコスモス」は開館後1年間に来館者数120万人を突破した。「岐阜の自然の一部に居る」ような空間の心地よさが、人々を引き寄せる原動力となっているのかもしれない。

建築とジュエリーは、かけがえのない存在になれるか?

改めてモノづくりの意味を問い存在価値を問うこのトークセッション。ユニークだったのは「建築」だけでなく「ジュエリー」というテーマが同時に設定されていたこと。両者の課題は相通ずる、ということだろう。

伝統技法「鹿島(かしま)布目(ぬのめ)(象嵌(ぞうがん))」の5代目継承者として活躍する鹿島和生氏は「人間は利便性だけでは満足できない生き物。最近は情緒的な文化とその価値に興味を抱く外国人が増え、日本工芸を学ぼうと続々と来日しています」。実際、鹿島氏の工房では留学生を多数受け入れ指導に情熱を注いでいるという。

「そもそも鹿島布目は、刀を装飾する金工技術。しかし廃刀令によって金工の仕事が衰退し、新たな需要を掘り起こし工芸品などにその技術を活かし生き延びてきました。常にイノベーション意識を持ってプレゼンし続けてきたし、それは今後も同じ」と自信を見せた。

「モノはいらない」と言われる時代。「体験・コト消費」が市場を牽引している今。たしかに、すぐ他と置き換えられるようなモノは、もういらない。しかし、かけがえのないモノだったらどうだろう?

思い出や経験、固有の風土、情緒と切り結んだモノは? 人に心地よい体験を提供する土台としてのモノ、幸せを演出するアイテムとしてのモノは、どの時代にも必要とされ求められていくはずではないだろうか? 「建築」と「ジュエリー」は、どうしたらその役割を担うことができるだろうか。モノ作りに携わる人は今こそ自分の立ち位置をしっかり見定めなくてはならない、とこのトークセッションは熱く訴えていた。

(出典「不動産経済FAX-LINE」2018.5.2)

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