土用の丑の日 「ウナギ味のナマズ」はキワモノではない?

クロマグロの完全養殖に成功し「近大マグロ」を大ヒットさせた近畿大学がこの夏、満を持して世に放つのが、「ウナギ味の近大発ナマズ」。
Kanagawa, Japan
Kanagawa, Japan
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クロマグロの完全養殖に成功し「近大マグロ」を大ヒットさせた近畿大学がこの夏、満を持して世に放つのが、「ウナギ味の近大発ナマズ」。絶滅が心配され価格も急騰中のニホンウナギに替わる、「夢の蒲焼き」の提案だ。

「脂の乗りをさらに良くして、国産のウナギと遜色のないレベルまで引き上げました」と、独自のエサや育成技術を開発した近大世界経済研究所の有路昌彦教授は言う。

「味」だけではない。「世界初」のチャレンジに踏み出した。

スーパーなどの量販店で「近大発ナマズの蒲焼」の販売がスタート。大手スーパー・イオンでは7月23日から順次、一部店舗で計7000食ほどの近大発ナマズの蒲焼きを提供。他のスーパーや百貨店を含めて、1万数千匹を出荷する計画だ(4~8月)。

ナマズ。その響きを耳にしてすぐ思い浮かぶことは?

「泥臭さそう」「ぬるっとしてる」「食べられるの?」

ウナギよりもナマズのほうがポピュラーな食べ物だった

だが、意外なことに、「海外ではウナギよりもナマズのほうが、ずっとポピュラーな食べ物なんです」と有路教授は言う。

「養殖魚の中で世界で3番目に消費されているんですよ。フライやソテーにも適していて、アメリカ、アジア、アフリカでは日常的な食材。食べないのは日本くらいですね」

たしかに今、日本の食卓から遠いところにあるナマズ。

しかし実は、貴重なタンパク源として日本人に重宝されてきたことをご存じだろうか? 日常的に食べられてきた時間の方が長かったということを?

古いところでは縄文時代。滋賀県大津市の粟津貝塚湖底遺跡からナマズの骨が見つかっている。どうやらこの時代にはすでに食材の一つで、平安時代には「煮て食べた」という記録も『今昔物語集』の中にあるという。室町時代には贈答品にも使われた。

西から始まり、江戸時代には関東でも食されるようになっていく。

汁の具やかまぼこ、蒲焼き、煮魚と、さまざまな料理に活用された。

田んぼの水路や小川、沼に生息するナマズは、人々にとって身近だったのだ。そして江戸の中頃、ある転換点が訪れる。

「土用の丑の日にはウナギを食べるとよい」と、宣伝を仕掛ける男が登場した。今のようにウナギの蒲焼きがメジャーになった背景には、平賀源内による上手な広告戦略があった、という説が有力だ。

夏場にウナギが売れないことについて相談された源内は、「本日、土用丑の日」と張り紙をして宣伝した。それがきっかけとなってウナギの蒲焼き人気に火がつき、以後はご存じのように定番化していく。

優秀なマーケッターである平賀源内によって、ウナギのブランド化が成功した、というのだ。

ナマズの値段がウナギの6倍もする時期も

では江戸の頃、ナマズは?

歌川広重の『東海道張交圖會』には、ウナギとともにナマズも名物とされていた、という記述がある。

「不二沼のウナギのかば焼きの味は日本一と評判が高く、ナマズ丼は鰻丼より4割安かった」(「世界のナマズ食文化とその歴史」日本食生活学会誌第25巻第3号)。つまり、ウナギの蒲焼きと並び称され、しかも価格は手ごろだったという。

さらに江戸後半の安政の頃には一転、ナマズがウナギを凌駕する瞬間がやってきた。ナマズの値段の方がなんと「6倍も高価であった」(同)というのだから驚きだ。

1855年、安政地震が発生すると、「地震を起こす」と信じられていたナマズが注目を浴び、大ナマズを描いた錦絵が人気を呼んで、ナマズブームが巻き起こった。地震の復興によって仕事が増えた大工や左官たちが、ナマズを買い求めて特需が起こって価格が高騰した、と推測される。

いずれにせよ、さまざまな形でナマズは庶民の生活に寄り添い、身近なところに居続けていたのだ。

「今の70代以上の人に聞くと、近くの川でナマズをとって煮たり焼いたりして食べたよ、という声が結構あるんです。そもそも日本の食文化の中に、ナマズがきちんと存在していた証ですよね。しかし、1950年代くらいから全国で開発が進み自然環境が悪化していくにつれて、『ナマズは臭い』と言われるようになってしまった。でもそれはナマズのせいではなくて、環境破壊の結果による変化なわけで、人間のせいなんです」(有路教授)

そもそもナマズの味は、水質とエサによって大きく左右される。自然環境が破壊され水質が低下することで、ナマズはまずくなり、私たちとの距離も遠くなっていった。

もう一度、水とエサとをコントロールすることで、ウナギに迫る美味しいナマズができるはず──そう考えついた有路教授は、現代の平賀源内かもしれない。

あらためて脚光を浴びつつある「近大発ナマズ」。それはキワモノでもゲテモノでもなく、言ってみれば「失われた日本の食文化の再生」だ。

「今はまだ少ししか供給できていないけれど、そのうちにワンコインでナマズ丼が食べられるように、生産量を拡大していきたい」と有路教授。

来年の丑の日はどんな状況になっているのだろう?

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