「今日入院してきた患者さんで、人種差別主義者の人がいるの」
看護部長がこわばった顔で言いました。
「白人のスタッフにしか世話されたくない、って言うのよ。もちろん、そんな要求には対応しないわ。でも、ユミには前もって知らせておこうと思って」
正式な音楽療法士としてオハイオ州にあるホスピスに勤め始めてから、数年目。ルースという患者さんが病棟にやってきたのです。
ルースは90代の白人女性で、高学歴で、とても裕福な実業家でした。特に彼女と同世代の女性にとっては、ルースはとても恵まれた環境にあり、一見すばらしい人生を送ったかに見えました。しかし実際のところは、彼女の心は怒りに満ち溢れていたのです。
ルースが入院していた病棟で働く看護助手の多くは黒人でした。看護助士とは、基本的に看護師の補助をする人々で、患者さんのシャワーをしたり、おむつを取り替えたりします。看護助士の仕事は、おそらくホスピスの仕事の中で一番大変な仕事だと言えるでしょう。
ルースは、黒人看護助士の世話を受けることに我慢できなかったのです。彼女は民間の看護助手を自ら雇い、24時間交代で付き添いをさせたのでした。言うまでもなく、ルースの雇った看護助士は全て白人。彼女たち以外にルースを訪問する人はいませんでした。
一方、同じ病棟で働く看護師のほとんどは白人だったので、ルースにとって問題ないだろうと思ったのですが、私は看護師たちが涙でルースの部屋から出てくる光景を何度も見ました。ルースは人種差別主義者であったと同時に、とても意地悪な性格だったのです。当然の結果ですが、彼女はますます孤立していきました。
ルースの人生は悲劇の人生だったと言えるでしょう。裕福な家庭で育ち、高度な教育を受け、仕事で成功を収めても、彼女の人生は素晴らしいものだったとは言えません。
ルースは、生涯抱え続けた黒人に対する怒りとともに、孤独に亡くなりました。
ルースのように自分の人生における過ちに気づけず、それを改心することなく死ぬ人もいれば、人生の最後自分の過ちを認め、残された時間をよりよく生きようとする人もいます。
たとえ病気であっても大切なことに気づくのに遅くない、ということを私に教えてくれた、スティーブという男性の物語を、『ラスト・ソング』(ポプラ社)で書きました。
人は死ぬとき、どのような人生を歩んできたかを隠すことはできません。ですから、ホスピスで働き多くの死に接するということは、人の様々な生き方を見ることに等しいのです。
エレノア・ルーズベルトの言葉を思い出します。
Learn from the mistakes of others.
You can't live long enough to make them all yourself.
~Eleanor Roosevelt
人間はすべての失敗ができるほど長くは生きられないのだから、他人の失敗から学びなさい
~エレノア・ルーズベルト
私たちがルースから学ぶことは何でしょうか?
それは、平和で愛情に満ちた死に方をしたいのであれば、そういう生き方をしなければいけないということかもしれません。
(「佐藤由美子の音楽療法日記」より転載)
『ラスト・ソング 人生の最期に聴く音楽』(ポプラ社)参照
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