人生で一番大切なこととは?

ALSはとても悲惨な病気だ。もしかしたら、1番過酷な病気かもしれない。今まで何百人ものホスピスの患者さんを見てきて、私はそう思う。

「この病気に感謝してるんだ」とある日スティーブが言った。私は驚いた。

スティーブはALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者さんだった。ALSはとても悲惨な病気だ。もしかしたら、1番過酷な病気かもしれない。今まで何百人ものホスピスの患者さんを見てきて、私はそう思う。ALSの患者さんは体がどんどん使えなくなるが、頭は最後までしっかりしている。だから自分の容態が手に取るように分かかるのだ。そして、いずれ瞬きも呼吸さえも困難になる。そんな恐ろしい病気が他にあるだろうか。だからこそ私は、スティーブの言葉に驚いたのだ。

実業家のビジネスマンで成功していたスティーブはまだ50代前半で、昨年突然ALSと診断された。もう歩くことも手を使うことも出来ず1日中寝たきりの状態で、時には呼吸さえ困難な日もあった。そんな時私は音楽を使ってスティーブをリラックスさせるため、彼の好きだったアイルランドの曲をケルティックハープ(アイルランドのハープ)で弾いた。音楽を聞いている間スティーブは目を閉じ、曲の最後に必ず「いい曲だ」と呟いた。アイルランド系アメリカ人だったスティーブにとって、アイルランドの曲は心を和ませるものだったのだろう。

スティーブは若いころ日本で仕事をしていたことがあった。1度は日本人女性とも結婚していたことがあり、その人との間に息子が一人いて、離婚後男一人でその子を育て上げた。私が日本人ということで、スティーブは日本の話をしたがった。私は、時には日本の歌も用いて音楽療法を試みた。そして何ヶ月かすると、彼は少しずつ今の心境や人生の意味について語ってくれたのだ。

「なぜこの病気に感謝してるかって言うと、病気になって初めて人生で何が本当に大切かに気づいたんだ。今まではビジネスで成功することが一番重要だと思っていた。でも、車が3台倉庫にあったって、大きい家があったって、遺産があったって、今となっては何も意味がないんだよ。逆に、家族の諍いのもとになってるくらいだ」スティーブは苦笑した。

「本当に大切なことはそんなことじゃなかったんだ。もっと息子と時間を過ごせばよかった」と言ってスティーブは言葉に詰まった。

「人は皆、どれだけ収入があるかとか、どの大学に行ったとか、そんなことばかり気にするけど、1番大切なのは幸せかどうかってことなんだ。大切なのはそれだけだと思う。僕は、今やっとそのことに気づいたんだ」と言って、真剣な顔で私を見たのだった。

彼の言うことは、本当にそのとおりだ。死ぬ時は、自分がこの世で得た物をもっていけない。世に残るのは、自分が他人に与えたものだけだ。私は、スティーブと同じようなことを言った患者さんにそれまでも何人か出会ったことがあったが、この人のように明確に人生観を語ってくれた患者さんは初めてだったかもしれない。私は、スティーブからその後も沢山のことを学んだ。

ある日、私はセッション中に「千の風になって」を歌った。この歌詞はもともと英語の詩を日本語訳したものなので、歌う前にその詩を英語で読んだ。するとスティーブは「いい詩だ」と言い、私が歌っている間、目を閉じた。曲が終わりしばらくの沈黙のあと、彼はこう言った。

「この曲、僕のお葬式で歌ってくれないかな。そうしてもらえれば本当に嬉しい」私がそれに同意すると、スティーブは微笑み、また目を閉じた。

その数ヵ月後スティーブは亡くなった。私はお葬式で「千の風になって」を歌い、そこで初めて日系2世の息子さんに会った。スティーブが病気になってから、2人で沢山時間を過ごすことができたと息子さんは涙をこらえながら言った。

スティーブは千の風になったのだろうか? 私は、今でもよく彼の言葉を思い出す。

「1番大切なのは、幸せかどうかってことなんだ」

Threshold Choir

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