「僕は日本兵を殺した。彼らは若かった。僕も若かった」患者さんが死ぬ前に告白したこと

アメリカのホスピスで音楽療法士として働くあいだ、私は多くの退役軍人に出会った。中でも忘れられないのが、音楽療法士として働きはじめて数年目に出会ったケンさんだ。
World War II veteran Arthur Robinson of Saratoga Springs, N.Y., looks at a display at the New York State Military Museum on Thursday, May 8, 2014, in Saratoga Springs. The Armyâs 27th Infantry Division, which Robinson served in, bore the brunt of Japanâs largest mass suicide attack, launched before dawn on July 7, 1944, on the island of Saipan. The divisionâs 105th Regiment saw more than 400 killed and 500 wounded during the attack by more than 3,000 Japanese soldiers and sailors. The 27th was a former New York National Guard unit that still had many New Yorkers among its ranks when it landed on Saipan after the U.S. Marines made the initial beach assault on June 15, 1944. (AP Photo/Mike Groll)
World War II veteran Arthur Robinson of Saratoga Springs, N.Y., looks at a display at the New York State Military Museum on Thursday, May 8, 2014, in Saratoga Springs. The Armyâs 27th Infantry Division, which Robinson served in, bore the brunt of Japanâs largest mass suicide attack, launched before dawn on July 7, 1944, on the island of Saipan. The divisionâs 105th Regiment saw more than 400 killed and 500 wounded during the attack by more than 3,000 Japanese soldiers and sailors. The 27th was a former New York National Guard unit that still had many New Yorkers among its ranks when it landed on Saipan after the U.S. Marines made the initial beach assault on June 15, 1944. (AP Photo/Mike Groll)
ASSOCIATED PRESS

先日のブログ記事で、ジョージという米国退役軍人のストーリーを書いた。当時20歳だった彼は、アメリカ人と日本人が戦争で受けた悲劇を目の辺りにし、そのつらい経験を生涯抱えて生きた人だった。

アメリカのホスピスで音楽療法士として働くあいだ、私は多くの退役軍人に出会った。

その中でも忘れられないのが、ケンという患者さんだ。彼と出会ったのは、正式な音楽療法士として働きはじめて数年目のことだ。

ケンは70代後半だったが、年齢より若く見えるスリムな男性だった。ジーパンにT-シャツ姿の彼は、部屋の片隅にある椅子に座り、外を見ていた。

彼は落ち着いた表情で音楽療法に同意し、音楽ならなんでも好きだと言った。

私がハープでフォークソングを弾いているあいだ、ケンは遠くを見つめるような目をしていた。そして、曲が終わると私を見て言った。

「戦争中、中国人の女性に良くしてもらったんだ。君も中国人?」

「いえ、日本人です」

その瞬間、ケンは突然静かになり下を向いた。

「僕は......僕は......日本兵を殺した......。彼らは若かった。僕も若かった」

ケンは下を向いたまま、言葉につまった。

「今でも彼らの家族のことを想うんだ......。本当に申し訳ない......」

ケンは目を閉じ、肩を震わせて泣きだした。

彼の突然の告白に、私は驚いた。ケンの感情は、まるでその出来事が昨日起こったかのように、強烈で痛ましいものだった。

これは後で彼の家族から聞いたことだが、ケンは19歳で徴兵され、サイパンに送られたそうだ。

サイパンの戦いは、戦争末期に行われた戦闘である。3万人の日本兵が命を落とし、1万人にもおよぶ民間人が犠牲になった。アメリカ軍にも数千人の戦死者が出た。

ここでケンは一体何を見たのだろうか? 彼が家族にその話をすることはなかったそうだ。

どれくらいの時間が経っただろう。ケンは声をあげて泣いていた。おそらく数分だったと思うが、永遠のように感じた。

しばらくして彼がようやく泣きやんだ後、私はシンプルで馴染み深い曲を唄うことにした。"Beautiful Dreamer"だったと思う。アメリカ人なら誰でも知っている歌だ。

音楽が私たちの心を落ち着かせてくれるように、ゆっくりと唄った。そして歌が終わると、ケンはようやく顔をあげた。

「ありがとう」

彼に会ったのは、それが最初で最後だった。

その後も、ケンやジョージのように第2次世界大戦で戦った人たちと出会った。彼らが人生の最後に語る気持ちは、勝利の喜びでも敵に対する怒りでもない。

最後に残るのは、深い悲しみと罪悪感のみ。

人は死に直面したとき、必ず人生を振り返る。特に戦争を経験した人は、その当時のことを思い出すのだ。たとえそれが、一番思い出したくないことであっても......。

彼らにとって、戦争は一生終わることはない。

戦争を始めるのは年をとった人間だが、戦って死ぬのは若者だ。

~ハーバート・フーバー(第31代アメリカ大統領)

(「佐藤由美子の音楽療法日記」より転載)

Twitter ID: @YumikoSatoMTBC

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