医療スタッフにも音楽療法を―良いケアを実践するためのセルフケア

音楽療法は病気や障がいをもった人たちばかりではなく、健康な大人のセルフケアにも有効なのです。

働く側をケアすることの大切さ

アメリカのホスピスで働いてた際、患者さんやご家族だけではなく、スタッフと音楽療法をする機会がありました。ホスピスで働く看護師、看護助士、ソーシャルワーカー、チャプレン(聖職者)とグループセッションをしたのです。

その目的は「セルフケア」。セルフケアとは、セルフ(自分)のケア(思いやる)という意味で、自分の心身の健康を保つために行うものです。

音楽療法は健康な人にも効果がある

ホスピスや緩和ケアなど、死と頻繁に関わる現場での仕事はストレスや疲労がたまりやすく、長年続けるのは難しいです。アメリカのホスピスでも、数年で辞めてしまう人が多いのが現状。ですから、スタッフのストレスを軽減し、セルフケアを促すのは医療機関にとって大きな課題なのです。

近年、音楽療法が人々の不安やストレスを軽減するということが、多くの研究結果からわかってきました。つまり、音楽療法は病気や障がいをもった人たちばかりではなく、健康な大人のセルフケアにも有効なのです。

また、音楽療法はグループの調和を高めます。アメリカのホスピスで行われた研究結果では、音楽療法がホスピスチームの育成を向上することがわかりました。仕事におけるストレスは人間関係が原因である場合が多いですが、それは医療現場でも同じです。スタッフ同士が良い関係であることが、個人の健康にもつながります。

誰でも簡単に音楽が奏でられる「ドラムサークル」

私がアメリカで働いていたホスピスでは、定期的にスタッフへの音楽療法を行っていました。内容は、音楽を使ったリラクセーションや、歌を通じてのディスカッションなど。中でもスタッフに人気があったのが「ドラムサークル」でした。簡単に言えば、太鼓や打楽器を用いた即興です。

日本ではあまり馴染みのない言葉ですが、アメリカではさまざまな場所でドラムサークルが行われています。毎週日曜日の夕方ビーチに人々が集まり、一緒にドラミングをしている地域もあれば、学校や高齢者施設で取り入れている所もあります。また、ドラミングがストレス反応を軽減するということが研究結果からわかってきたため、会社や医療機関でも行われはじめているのです。

その場で一緒に音楽を奏でる。難しいことに聞こえるかもしれませんが、実際には誰にでもできます。楽器を弾いたことのない人でも参加することができるのです。音楽の能力の有無に関わらず、ひとりひとりがユニークなものを提供する。それが、ドラムサークルの魅力です。

「音」の変化とリンクする「気持ち」の変化

ドラムサークルにおいて失敗はありません。「このように弾かなければいけない」というルールもありません。ただひとつ重要なことは、お互いの音に耳を傾けることです。そうしないと、一緒にひとつのサウンドを作り上げることは不可能なのです。

はじめに簡単な楽器の説明をし、ウォーミングアップをした後にドラミングをします。一般的なドラムサークルでは主に楽しむことを目的としますが、音楽療法の一環で活用する場合の目的は、もっと具体的です。スタッフとのドラムサークルでは、ドラミングによってストレスを軽減することと、グループの調和を図ることに焦点を置きます。

一方、患者さんと行う音楽療法は基本的に個人セッションで、その目的も「疼痛ケア」「リラクセーション」「心のケア」といったもの。同じ音楽療法でもクライアント(対象者)のニーズによって、介入方法は大きく異なるのです。

ドラムサークルのはじめに参加者が奏でる音は激しく、ハーモニーやリズムが合わなかったりしますが、その音が次第に変化してゆきます。音楽を奏でることによって気持ちに変化が起こるからです。また、音楽を通じで普段とは全く違う空間の中で関わりをもつことは、スタッフの関係性にも影響を与えます。参加したスタッフからは、「ストレス発散になった」というコメントが多かったです。

自分へのケアが、患者への良いケアにつながる

イライラしているとき、その気持ちを何かにぶつけたいと思うことがありませんか?それをそのままにしておくと、気持ちが他人や自分に向かってしまい、ストレスや疲労の原因となります。ですから、代わりに楽器で表現するのです。

医療現場で働く私たちは、患者さんやご家族によいケアを提供するために働いています。そのためにはまず、自分自身のケアをして心身を整えなければいけません。今後、音楽療法を取り入れる医療機関が増えることで、患者さんやご家族だけではなく、スタッフの心のケアにもつながることを願っています。

【佐藤由美子】

米国認定音楽療法士。ホスピス緩和ケアを専門としている。米国ラッドフォード大学大学院音楽科を卒業後、オハイオ州のホスピスで10年間勤務し、2013年に帰国。著書に「ラスト・ソング 人生の最期に聴く音楽」(ポプラ社)がある。

(2016年10月7日「看護roo!」より転載)

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