性暴力やセクハラを告発する女性を「信じること」がなぜ大事なのか?

性暴力は最も訴えられることが少ない犯罪のひとつである。

「女性たちの話を聞かなければいけない。彼女たちを信じなければいけない」

と訴えたのは、日系アメリカ議員のメイジ―・ヒロノ氏。米連邦最高裁の判事候補、ブレット・カバノー氏の性的暴行疑惑に関する記者会見で、彼女は苛立ちを隠さなかった。

米連邦最高裁とは全米で最も権威のある裁判所で、判事は終身制のため、一度任命が決まれば一生地位が保証される。カバノー氏はトランプ大統領に指名され、上院の承認手続きはほぼ確実とされていた。そんな中、暴行疑惑が浮かび上がり、大問題となっているのだ。

告発したのはカリフォルニア州の大学教授、クリスティーン・ブラゼイ・フォード氏。15歳のときにカバノー氏から暴行を受けたという。

このニュースが報道されて以来、大統領を含む多くの男性政治家たちはフォード氏の訴えをはねつける言動を繰り返している。「彼女は混乱している」と言う議員もいれば、レイプに至らなかったのだから「大したことではない」(彼女は〈レイプ未遂〉を訴えている)と言う議員さえいる。トランプ大統領はカバノー氏を「かわいそうだ」とかばい、フォード氏を非難した。

自らも19人の女性から性暴力被害を訴えられているトランプ氏。彼の言葉に驚いた人は少ないだろう......。それにしても、男性議員たちの言動に怒りを抱いている女性は多いはず。そして、その怒りに共感したのがヒロノ氏なのだ。会見で彼女は、これらの男性政治家たちに対して言った。

「黙って、立ち向かいなさい! 正しいことをしなさい!」

その映像はネット上で素早く広まり、各メディアで取り上げられた。

ヒロノ氏は福島県生まれ。8歳のとき母親とハワイに移住した。その後弁護士になり、2013年にアジア系女性初の上院議員となった。アメリカに住む日本人として、そして女性として、ヒロノ氏の言葉は心に響いた。

「彼女を信じる」

フォード氏の告発について、ヒロノ氏ははっきりとそう言った。

性暴力は最も訴えられることが少ない犯罪のひとつである。その大きな理由は、被害者には「信じてもらえないかもしれない」という不安があるからだ。音楽療法士としてアメリカのホスピスで働いていた際、同僚からセクハラを受けたとき、まず頭に浮かんだのがそれだった。

同僚のGは誰からも好かれるタイプの男性で、スタッフから信頼されていた。患者さんやご家族にも人気があり、「ホスピスワーカーの理想像」のような人だった。だからこそ、彼があるときからセクハラをするようになったとき、私も驚いたし、上司にさえ言うこともできないと感じた。「まさかGがそんなことを...」と思われるに違いない、と思ったからだ。

大したことではないと自分に言い聞かせ、しばらくの間誰にも言わなかったが、彼の行動がエスカレートしてくると仕事に行くことがストレスに感じるようになった。悩んだあげく、同僚の友人に相談することにした。彼女はGのことをよく知っていたし、彼のことを同僚として尊敬していたので、彼女が私の話にどう反応するか正直わからなかった。

女性が性暴力やセクハラを告発したとき、それを「嘘だ」と攻撃する人たちが必ずいる。彼らが気づいていないのは、このような場合に女性が得るものは何もないということだ。むしろ、女性は失うものが多い。

フォード氏は告発後、殺しの脅迫を受けているという。ツイッターで住所を公表され、ハッキング被害も受けた。身の危険を感じて、現在家族で身を隠しているらしい。フォード氏は最初名前を公表したくなかったのだが、実名をリークされた。「 名前が世間に知れ渡れば大変なことになると思ったから、公表したくなかった」とフォード氏はワシントン・ポスト紙に語っている。

彼女に起こったことは、聞き覚えのある話だ。先週、朝日新聞の記事で伊藤詩織さんについて読んだ。彼女は昨年、元TBS記者から受けたレイプ被害を告発した。その後バッシングが止まず、現在イギリスで暮らしているらしい。「以前から『相手を告発すれば日本で仕事ができなくなる』と言われていたので覚悟はしていましたが、想像以上で、日本で暮らすのが難しくなってしまいました」と伊藤さん。

私はフォード氏や伊藤さんを信じる。彼女たちのように、性被害を告発するにはどれだけ勇気がいることだろうか。しかも相手が社会的地位のある男性の場合、困難は計り知れない。彼女たちは、自分のためだけではなく、すべての女性のために告発したのだと思う。

アメリカの有名な黒人女性作家、マヤ・アンジェロウが言ったように、「女性が立ち上がるとき、たとえ本人がそれを主張しなくても、彼女はすべての女性のために立ち上がっているのだ」。

職場でセクハラが始まってから数か月後、ようやく友人の同僚に話す決意をした。彼女は最初驚いたようだったが、私が話し終えると、すぐさまこう言った。「ユミのこと信じるわよ」。友人の声に疑いはなかった。私はほっとした。その後、Gにハラスメントを止めるように言い、もし止めなければ上司に言うと決めた。それ以来、彼の不適切な行動はなくなった。友人が私を「信じる」と言ってくれたことが、何よりも大きな心の支えになったのだと思う。

(2018年9月23日「佐藤由美子の音楽療法日記」より転載)

佐藤由美子(さとう・ゆみこ)

ホスピス緩和ケアを専門とする米国認定音楽療法士。バージニア州立ラッドフォード大学大学院を卒業後、アメリカと日本のホスピスで音楽療法を実践。著書に『ラスト・ソング』『死に逝く人は何を想うのか』。

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