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2015年03月07日 16時21分 JST | 更新 2015年03月09日 15時20分 JST

上村遼太君の事件について

上村遼太君の事件について、「子どもの貧困」問題に取組む団体の代表として、皆様にお伝えしなければならないと思いながら、どのように伝えれば良いのか悩んでおりました。

時事通信社

上村遼太君の事件について、「子どもの貧困」問題に取組む団体の代表として、皆様にお伝えしなければならないと思いながら、どのように伝えれば良いのか悩んでおりました。

部外者である私が語るより前に、お母様が痛切な思いを綴られました。

是非、皆様にお読みいただければと思います。

*お母様コメント全文

http://mainichi.jp/select/news/20150303k0000m040088000c.html

母子家庭で5人の子どもを育てていらしたお母様、働きづくめで、さらに5人のお子さんの世話と家事をやっていらしたお母様を誰が責めることが出来るのでしょうか?

遼太君が家を出るよりも早く出勤し、夜遅くまで働いて、自分の子どもが日中何をしているのか十分把握できない生活、子どもの不登校を気にしながらも、十分な時間をとって話しあうことが出来ない生活、これを強いているのは、今の日本の社会です。

どんなにお母様が自分を責めても、遼太君は帰らず、ただただ悲しさが募ります。

子どもの貧困に取り組む団体として、悔しさばかりが募る事件であり、滅多に泣かない私でも、お母様の気持ちを考えると涙がとまりません。

日本の母子家庭の貧困率は54.6%です。上村君のようなご家庭は特別ではなく、多くの母子家庭、父子家庭が、このような、子どもとじっくり向き合う時間もなく、日々の生活を送ることに追われているのです。

これを放置して良いはずがありません。

遼太君は、「持ち物ないなら学校に行こうかな」とLINEで友達に話していたと聞きました。

朝早く家を出て夜遅く帰ってくるお母様に、

「持ち物を用意して」

ということを遠慮したのでしょう。

忘れ物の積み重ねが、学校に行きづらくなったひとつの理由かもしれません。

大人にとっては些細な事でも、子どもにとっては時に大きな壁になります。

遼太君の優しさに涙が出るとともに、このような環境に暮らす子どもが数多くいることを学校側が配慮し、「持って来られない子」のことをもう少し気にかけていただけたらと思います。

数日前、震災直後の仙台の[タダゼミ]に通ってくれた生徒さんが、無事に大学に合格した、それも素晴らしい大学に合格したというお電話をいただきました。このご家庭も母子家庭で、学校事務をされていたお母様は、震災で勤めていた学校がなくなられていましたが、頑張って二人のお嬢様を育てていらっしゃいました。

私は、その方とお話しながら

「おめでとうございます。お母様が頑張られたからですね」

というと

「実は、私は母親ではありません。叔母です。あの子たちの母親は昨年、亡くなりました」

と言われるのです。

驚いて、

「ご病気ですか?」

と聞くと

「インフルエンザで亡くなったんです」

生活のために、子どもたちのために一生懸命働いて、片道1時間半かかる学校で事務をされていて、その日も具合が悪かったにもかかわらず

「私が行かないと、給料が払えないから」

と無理をしてお仕事に行かれて

なんとか帰ってきたものの、救急車で運ばれ、そのまま入院されあっけなく亡くなってしまったそうです。

そのお話を聞いて返す言葉がありませんでした。

「おかしな社会ですね、本当に、残念ですね。」

としか言えませんでした。

「働いて、働いて、働き尽くめの人生でした。可哀想でした」

とおっしゃる叔母さまの無念さは、はかりしれません。

母子家庭のお母様が、インフルエンザで亡くなるほど、疲れきって無理をして働かなければ子どもを育てられない、今の社会は間違っています。

母子家庭のお母様、父子家庭のお父様は本当に本当に頑張って、日々、子どもの幸せだけを願って、身を粉にして、まさに命をかけて働き、子育てをされています。

その人たちに対して、今の日本社会はあまりにも冷たい。

上村遼太君も、インフルエンザで亡くなられたお母様も、日本社会の犠牲になったのだと私は思います。

このようなとてつもない不幸が二度と起こらないように、ひとり親家庭の貧困が一日も早く改善されることを祈るとともに、日本社会全体が、頑張って暮らしている困窮家庭の子どもたちや親御さんに、もっともっと温かい目を向け、手を差し伸べる社会になることを願ってやみません。

キッズドアはこれからも皆様と一緒に、日本の子どもの貧困問題に立ち向かいます。

上村遼太君のご冥福を心からお祈り申し上げます。

(3月3日Facebookより転載)