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海上自衛隊の歌姫・三宅由佳莉さんが歌う被災地への「祈り」とは 「涙で歌えなかったことも」

投稿日: 更新:
YUKARI MIYAKE
Naoko Utsumiya
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全国23万人の自衛官の中で、ただ一人の歌手、三宅由佳莉さん。自衛隊の式典やイベント、東日本大震災の被災地の慰問演奏会などで歌を披露、その美しい歌声から「海上自衛隊の歌姫」と呼ばれ人気を集めている。2013年8月末に発売されたデビューCD「祈り~未来への歌声」はクラシック部門で異例の売り上げを記録している。

東日本大震災から間もなく3年。被災地への思いを込めた歌「祈り」は今、人々の心に寄り添い、癒しているが、涙で歌えなかったこともあったという。そんな三宅さんの歌に対する思いや素顔に迫った。

千葉県松戸市で2013年12月に開かれた「海上自衛隊東京音楽隊  第49回定例演奏会」。会場にあふれかえった来場者には三宅さん目当ての人も多い。東京都の団体職員女性(43)もその一人だ。「ナチュラルで飾らない人柄が感じられる歌声。三宅さんの気持ちが伝わり、心に響きます」

制服姿の三宅さんがステージに登場すると、約2千人の観客からひときわ大きな拍手が起きた。三宅さんが見せる笑顔に会場の雰囲気も変わる。この日、三宅さんは「またこの季節がくるまで(’Til the Season Comes’ Round Again)」をテノール歌手・山本耕平さんと熱唱。透き通った伸びやかな声が会場を包み込んだ。海上自衛隊東京音楽隊の高野賢一音楽科長は「三宅の加入で音楽隊の演奏の幅が広がり、親近感を持ってもらえるようになった」と話す。

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「海上自衛隊東京音楽隊  第49回定例演奏会」のステージに三宅さんが笑顔で登場すると、観客からひときわ大きな拍手が送られた(前列右が東京音楽隊の河辺一彦隊長)

■訓練での経験「海自の歌姫」の原点に

岡山県倉敷市出身。子供の頃から歌が好きでミュージカル女優にあこがれていた。大学でも声楽を学んだ。しかし、就職先に選んだのは海上自衛隊。「未知の世界。どんな展開が待っているか、想像できないところが面白い」と海上自衛隊音楽隊のヴォーカルを専門とした隊員枠に応募した。

入隊後、5カ月間の厳しい訓練が待っていた。「走ったり、泳いだり、カッターボートをこいだり…。小銃訓練やほふく訓練もありました。朝6時の起床から午後10時の消灯まで、規則正しい生活そのものがきつかった」。

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訓練でカッターボートを漕ぐ三宅さん(前列左)

音楽と一切関係のない生活。しかし、ここでの経験が「海上自衛隊の歌姫」の原点となる。入隊して1~2カ月が経った頃、分隊長から頼まれ、同期の隊員たちの前で歌を披露した。自衛隊員として歌ったのは初めてだった。「歌うことに対して、初めて『ありがとう』って言ってもらったんです。自衛官として歌う意味に気づきました。国民のため、自衛隊員のために歌っていかなければいけない。歌っていきたい、と。あのときの『ありがとう』は自衛官として歌う原点です」。

■「カラオケは好きじゃない」

2009年9月、海上自衛隊東京音楽隊に配属されてからは、自衛隊の式典や野外コンサート、被災地での慰問演奏会などで歌う。普段は、音楽隊での練習に加え、演奏会の準備や企画などのデスクワーク作業もこなす。腹筋や腕立て伏せ、ジョギングなどの自主トレも欠かさない。

音楽隊の河辺一彦隊長によると三宅さんは「いつも笑顔を絶やさず、とてもポジティブ。オペラから演歌、J-POPまでこなす、稀有な存在」。「自分の休みを使って、どんな曲でも必要な勉強をする」努力家でもある。

休日は友人と会ったり、ショッピングに行ったりして過ごす。「友達と会うときは仕事の話はしません。休日は普通の女性と変わらないですよ」。休日に気ままに歌うのは好きだというが、「カラオケは正直好きじゃなくて…。あまり行きませんね」。

■国民に寄り添い、力になりたい

三宅さんにとって大きな転機となったのは、入隊2年目に起きた東日本大震災だった。

自衛隊が次々と被災地に駆けつけ、救援活動にあたる中、当初音楽隊には命令が下らなかった。「音楽隊全員が、すぐにでも現場に駆けつけたかった。私も、もどかしさや、じれったい気持ちで一杯だった」。三宅さんたちは、被災地での演奏をいつ頼まれてもいいように、小編成のバンドを組んで練習を積み、そのときを待った。

そして震災から1カ月、初めて被災地へ。宮城県松島町の避難所で「ふるさと」や「負けないで」を歌った。「元気が出るよう、笑顔になってもらえるようにと悩みながら選んだ曲。私が泣いたらダメだ、自分自身の任務を全うし、力を出し切ることが使命だと思い、精いっぱい歌いました」。

その後、三宅さんはある曲に出会う。東日本大震災で家族を失った被災者に寄り添う思いから生まれた「祈り~a prayer」。作詞作曲したのは、三宅さんが所属する海自東京音楽隊の河邊一彦隊長だ。幼少期に母親を交通事故で亡くした河辺さんは、その経験を重ね合わせこの曲を作ったという。河辺さんは「この曲は震災のレクイエム。始めは歌詞のない曲だった。しかし、三宅もいるならメッセージを込め、多くの伝えようと歌詞を入れた」と明かす。

三宅さんはこの曲を練習中、涙を流し、歌えなくなることもあったという。「自分は経験していないのに歌っていいのか」「歌詞が被災した人たちの心を傷つけてしまわないか」と悩んだ。しかし、「自衛官として国民を勇気づけたい」との思いで練習に取り組んだ。被災地での初公演でも温かい拍手を受け、「この曲は応援歌なんだ」と再認識したという。

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東日本大震災の慰問演奏会で歌う三宅さん

大ホールを満席にする人気者の三宅さんが「最も印象に残っている演奏会」と話す2013年7月に宮城県気仙沼市大島での慰問演奏会。「お客さまとの距離が近くアットホームな雰囲気だった」(三宅さん)会場は、東日本大震災後、避難所として使われた場所だった。椅子もなく、観客たちは座布団や毛布を持ち寄って座り、目の前で歌う三宅さんの演奏に耳を傾けた。

ここでも、三宅さんは「祈り」を歌った。三宅さんの歌声に涙を流しながら聞く人もいた。「2年という月日が経っても、忘れられない思いがあるということを感じた」という三宅さん。「『震災の時、ここに避難していて、自衛隊さんが来てくれたのよ。また来てくれてうれしかった。ありがとう』と声をかけられて。『ありがとう』という言葉が何よりうれしかった。国民に寄り添い、少しでも力になりたいという思いを忘れずに、演奏を続けていきたい」と気持ちを新たにしたという。

試行錯誤で歌い続けてきた三宅さん。「祈り」を作詞作曲した河辺さんは「もう、僕の歌じゃない。三宅が悩みながら自らでそれを消化し、自分で磨いた表現力や世界が広がっている。だから共感が伝播していった。三宅に歌ってもらって幸せです」と話す。

「実際に自分が経験していないことは、人の気持ちも本当に理解できないと思う。けれど、理解したいと思う気持ち、受け止めてあげたいと思う気持ちを、自衛隊員が持つことが大切なのかなと思います」

現在、神奈川県の横須賀教育隊で初任海曹課程の訓練を受けている三宅さんは、再び音楽から離れた日々を送っている。

「私に向けられる温かい拍手や『ありがとう』の言葉は自衛隊員が頑張っているからこそ。国民と自衛隊員をつなぐ架け橋のような存在の歌手になりたい」

三宅さんにとって「未来への歌声」とは?その質問に三宅さんはこう答えた。

「前を向いて歩んでいこうという気持ちがこもった歌声だと思います」

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