あの人のことば

中村勘三郎さん"最後の8年"を撮った篠山紀信さん 「歌舞伎座最前列でも見えない表情とらえる」

2015年04月22日 15時28分 JST | 更新 2017年08月21日 01時26分 JST
吉野太一郎

多くの歌舞伎ファンに惜しまれながら、2012年に急逝した歌舞伎役者、中村勘三郎さん。その最期の8年間を撮った写真家、篠山紀信さんによる「十八代目中村勘三郎写真集」(光文社)が4月、刊行された。勘三郎の息子たちの舞台を撮影した「六代目中村勘九郎写真集」「二代目中村七之助写真集」も同時刊行。勘三郎さんが生前、東京・浅草に復活させた平成中村座(5月3日まで)の3年ぶりの興行を記念したもので、すべて未発表作品となる。

勘三郎さんの写真集では、中村屋のお家芸でもある「春興鏡獅子」をはじめ、平成中村座やコクーン歌舞伎など、歌舞伎の伝統を守りながら、常に新境地を切り開いてきた勘三郎さんの姿が活写されている。歌舞伎の写真としては、かつてないタブロイドサイズの写真は江戸時代に写楽が描いた「大首絵」を彷彿とさせる迫力。写楽に挑む現代の写真家は、稀代の歌舞伎役者をどのようにとらえていたのか。篠山さんにインタビューした。

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3冊同時に刊行された写真集(撮影:篠山紀信 舞台制作:松竹株式会社)

■勘三郎さんから「ニューヨークで襲名の写真を」とオファー

−−−篠山さんと歌舞伎といえば、坂東玉三郎さんの写真をずっと撮影していらっしゃいます。勘三郎さんとはどういうご縁で撮影することになったのでしょうか?

篠山さん:玉三郎が20歳の頃から、40年間くらいずっと撮ってて、写真集も5、6冊出してきました。玉三郎は、歌舞伎の世界の中でも背が高くてほっそりしていて、普通の歌舞伎役者とはちょっと違うじゃないですか。だから妖しい役なんかをやると、例えば泉鏡花の「天守物語」とか、ああいうものをやると本当に魅力が出るじゃないですか。

でも、僕は玉三郎に興味があって、玉三郎だけを撮ってた。歌舞伎を撮ってるわけじゃない。それを横で見てた勘三郎さんが遠慮してるんだよね。僕が玉三郎だけを撮ってるから、自分も撮ってもらいたいんだけど言いにくかったらしいんですよ。

それで、まだ勘三郎が勘九郎だった時、玉三郎のところに行って、「実は勘三郎を襲名するにあたって、襲名のポスターを撮りたい」と。「いつもの襲名のポスターっていうのは金屏風を後ろに赤い毛氈の上でやるけど、あれはつまらないから、ニューヨークで撮りたい。それを篠山さんに撮ってもらいたいんだけどいいかな」って聞いたのね。そうしたら玉三郎が「いいじゃないの、撮ってもらいなさいよ」っていうので、晴れて僕は勘三郎を撮るようになったんですよ。襲名のポスター、見たでしょう? ニューヨークのブルックリンブリッジをバックに撮りました。

■歌舞伎の面白さを教えてくれた勘三郎さん

−−−見事な青空の下、ブルックリンブリッジを背景にした襲名のポスターは、従来のイメージとは異なっていて、ファンは度肝を抜かれました。勘三郎さんは襲名直前の2004年にニューヨークで平成中村座の公演を行っていらっしゃいますが、そういう経緯があったのですね。

襲名のポスターを撮ったら、今度は舞台もってことになって、撮るようになりました。そうすると、女形である玉三郎の世界と勘三郎の世界というのは全く違っていて。彼は立役だけれど、女形もやる。演目も古典から新作、野田秀樹の「研辰の討たれ」なんてものまで、全部やる。すごい広いじゃないですか。舞台も歌舞伎座だけでなくて、コクーン歌舞伎やってみたり、平成中村座を作ってみたり、本当に歌舞伎というものを広く広くやっていきますよね。

だから勘三郎を見たら、歌舞伎って面白いじゃんって思ったの。それまで歌舞伎にはあまり興味がなくって、玉三郎しか見てなかった。望遠レンズで玉三郎をずっと見てるから、横に誰がいようと、ストーリーがどうだろうと、あまり関係ないのね。だけど、勘三郎を見たらすごい面白いなと。歌舞伎の面白さを教えてくれたのは勘三郎なんですよ。ですからその勘三郎の襲名直前から、勘三郎の襲名、亡くなるまでずっと、勘三郎を撮り続けたんだよね。

−−−勘三郎さんから篠山さんに撮っていただきたいとお声がけがあったということですが、撮ったお写真にどんな反応がありましたか?

襲名の写真が面白かったんだよ。ニューヨークで平成中村座の公演があった時に撮ったじゃないですか。最初、ポラロイドで撮ってみたら、天気が良くてピーカンで、ものすごくいい写真なんだよね。それを勘三郎が平成中村座の楽屋に持って行って皆に「ちょっと見てよ、こんなすごい、いい写真が撮れたよ」って言ったら、「さすがだね、合成上手いね」って言われて(笑)。ニューヨークに行って撮ってるのに、なんで合成なのかって。でも、それくらい本当にぴったりハマった写真が撮れたのね、あれは。

■中村屋の芸を引き継ぐ勘九郎・七之助さん兄弟を撮る面白さ

−−−今回、勘三郎さんの写真集と同時に、勘九郎さんと七之助さんの写真集も刊行されました。歌舞伎役者を撮るということに加えて、親子を撮るということに対する面白さはありますか?

中村屋一門っていうのは、中村屋の芸があって、それを引き継いでいくわけじゃないですか。勘三郎さんだって先代のお父さんから教えてもらって、やっぱりその芸を引き継いできた。結局、その子供たちが一番、お父さんのことを見ていますから、勘九郎でも七之助でも、お父さんが演った役を演る時は、どうしたってお父さんをなぞることになるよね。だけど、それが一番いいんですよ。

今の勘九郎を見てご覧なさい。勘九郎が、勘三郎じゃないかと思うくらいそっくりな時があるでしょう? 骨格だって声質だって似てるし、そういうもんだよね。そうやって芸っていうのは伝承されていくわけですよね。

それから、お父さんが若くして亡くなられて、これから中村屋の芸を引き継いで芝居をやっていかなくてはっていう責任感というか、そういう気持ちが人一倍にあるよね。そういうふうに、僕は歌舞伎の芸っていうのは引き継がれていって、また新しい花が咲いていくっていう感じがあってすごくいいと思うんですよ。兄が立役、弟は女形ができるという素晴らしい兄弟ですよね。この兄弟が2人で力を合わせて、お父さんの遺した大きな功績を継いでいく。その気持ちは本当にひしひしと伝わってくるし、これから中村屋はまた大きく大きく広がっていくんじゃないかなと思いますね。

■歌舞伎座1階席の最前列でも見えない表情に迫る

−−−今回、勘三郎さんや勘九郎さん、七之助さんの写真集はタブロイド版という、とても大きなサイズで刊行されたのもファンにとってはうれしいことでした。

この本の何がすごいかっていうと、これだけ役者の顔にクローズアップした歌舞伎の写真集というのは、今までにおそらくないと思うんですよ。これは、江戸時代の浮世絵の役者絵なんですよ。大首絵。それを現代のテクノロジーで、写真でやったらどうなるか、という本なんです。

特に雑誌の写真とかだと、全身が写ってなくちゃいけない、全体の舞台が写ってなくちゃいけないとかいろいろある。大体は記録として撮っていて、この芝居のこの役ということがわからなくちゃいけない。どうしたって引いた写真が多いですよね。でも、僕の特徴っていうのは、歌舞伎を撮ってるというよりも、歌舞伎の役者を撮るんですよ。どんどん役者に迫っていく。

だから、これは全部、お客さんが入っている劇場で撮ってます。1枚も、僕のためにスタジオで、ライティングをして撮ってるものはない。ということは、どういうことかというと、お客さんがいるから邪魔にならないよう、一番後ろで撮らなくちゃいけない。だから、1200ミリの望遠レンズを使います。野球場で使うようなカメラですよ。それで撮るから、こんなアップを撮れてるんですよ。

−−−1階席の一番後ろですか? 舞台まで結構な距離がありますよね。

結構、あるでしょう? 大体、僕は花道の横から撮ることが多いんですけど、芝居によっては上手に行ったり。たまに2階に行って撮ったりします。でも、やっぱり役者を撮るんですよ。しかも、これはデジカメなんですよ。デジタルでないとこういう写真は撮れない。フィルムの感度っていうのはせいぜい上げたって3200とか、そのへんですよ。それじゃ駄目なんです。デジカメの感度っていうのは一番上げるともう1万2800とかまでいく。1200ミリの望遠レンズってそんなに明るいレンズじゃないんですけれども、デジカメなら1000分の1くらいまでシャッターが切れちゃう。ですから、アップでありながら、しかもこういうふうな表現ができる。これは歌舞伎座の一番前の席だって、こんなものは見えない。

■役者の内面からほとばしるエネルギーを撮る

−−−正直、びっくりしました。あの舞台の時は、こんな表情をして演っていたのかと。写真からセリフまで聞こえてくるようでした。

見えるでしょう? それは写楽でも、誰の大首絵見たってものすごい描写力ですよ。当時は芝居小屋だって、あんなに明るくなかったじゃないですか。だから、あの人たちは暗い劇場の中で、本当に目をこらしながら、描くわけでしょう? だからあの人たちの画力というのはすごいよね。

−−−それを現代に。

そう。だからそれに僕は負けないように、こういうふうに撮ってる。

−−−一枚一枚、拝見して、こんな歌舞伎の写真は見たことないと思いました。表情がとても豊かで、目が生き生きとしています。

今までの歌舞伎の写真っていうと、何月何日にどこどこで撮りましたとか、この芸は何とかさんの系譜にあってストーリーはこうですとか、解説なんです。それを全部排除してるの。何もないの、ここには。大首絵の、役者が息づくアップだけを撮ってる写真集なんですよ。だからこれはあるようでなかった、初めてのものなんです。

僕は役者の内面からほとばしってくるエネルギーやその役の解釈、そういうものを撮ることを本当の記録だと思うんだよね。でも、僕だってこれが一朝一夕でこれが撮れるようになったわけじゃなくて、やっぱり玉三郎を45年近く撮ることによって、やっとこれが撮れるようになったわけです。

−−−貴重なお話、ありがとうございました。あらためて、写真集を拝見したいと思います。

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【追記】2015年5月3日で一部写真の掲載期間が終了しました。