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セクシーからほど遠い私が、ストリップをする理由

2016年04月20日 22時54分 JST | 更新 2016年04月20日 22時58分 JST
Ann Summa via Getty Images
Burlesque performer's buttocks in fishnet stockings, close-up

私はスーパーモデルのジゼル・ブンチェンやハイディ・クルムには全く似ていない。女優のサルマ・ハエック? とんでもない。

似ていないどころか、正反対と言ってもいいかもしれない。肌は褐色、太め、どっしり、丸っこい、官能的、ぽっちゃり...「痩せている」以外の言葉が全部当てはまる体型だ。

髪は縮れ毛のまま。ストレートパーマをかけてもいない。それに前歯には隙間がある。だけど、私はストリップをする。いや、だからこそストリップをしている。厳密に言えばストリップじゃなくてバーレスク(露出の多い衣装で踊るショー)だけど、服を脱ぐという点では、ストリップをしているといっていいだろう。

ビッグ・バン・マックギリカディー」という名前でストリップをする私をお見せしましょう。

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画像:Dalahawk & B.B. Rebel Photography

ご覧の通り、私は一般的に見て「美しい」タイプでも「セクシー」なタイプでもない。「許容できる外見」とも言い難い。踊っている時には太ももがぶつかりあうこともある。だけど、私はこれを気に入っている。自分の体の中に応援団がいるみたいだから。カッコいいでしょう?

胸には「錨型」の傷跡がある。11年前に、胸を小さくする手術を受けたときの傷だ。ストリッパーなのに、胸を小さくみせようとしたなんて、一体何を考えていたんだろう? お尻やお腹にはストレッチマークがたくさんある。それにお尻にはくぼみがある。内ももはだらしなくたるみ、筋肉に抵抗している。まるで、社会の良識に抵抗するドナルド・トランプみたい。それでも、私はストリッパーなのだ。

「どうして?」

しょっちゅう聞かれる。

「どうしてそんなことをするの? 娘さんもいるのに。どうしてストリップなんかするんですか?」

理由をお話ししよう。

私がストリップをするのは、私が母親だから。特別な支援を必要とする、小さく美しい娘の母親だからだ。娘は、片方の足が長く、一本の腕が発育不良で力が入らない。タッチパッド式の機器を使って「話して」いるけれど、近い将来は視線検出システムでコミュニケーションできるようになるかもしれない。

社会の基準からすると、彼女は「普通」ではない。彼女の体、コミュニケーションの仕方は普通ではないのだ。ありがたいことに、「娘さんは、社会では汚点と見なされるので家から出さないでくださいね」と人から言われるような時代ではない。だけど、人と違うという理由だけで、嫌がらせをする、どうしようもない人に出会うことだってあるだろう。

他の人と違う。それだけを理由に、社会は娘に「あなたは我々の一員ではない、自分の体を好きにならない方がいい、ありのままのあなたは美しくない、あなたに語ってもらう意見なんかない、あなたの体に素敵なところなんてない、『普通の人』と同じような幸せを手にするなんて不可能」と伝えるかもしれない。

母親として、私は彼女に対する辛らつな言葉を否定する責任がある。そして、自分自身に正直であることの大切さを、娘に伝えなければいけない。

かつて私は自分の体を激しく嫌っていた。だけどそれを乗り越えた今、もう自分の身体を見せることを恐れていない。なぜなら、ありのままの私の体は美しいから。愛される価値も、賞賛される価値もあると思っている。

「足が太すぎる、お尻が小さすぎる、お腹がたるんでいる、と悩んでいる女性のためにストリップをする」

周りに何と言われれても、自分の身体に誇りを持っている私を見れば、娘は「自分の体は美しく称賛に値する」と思ってくれるだろう。そして自分の身体に誇りをもって、成長してくれるだろう。そうすれば、娘は35年間を自己嫌悪し続けることなく、自分を愛する方法を見つけられるかもしれない。

娘のためだけではない。私は女性のためにもストリップをしている。自分の体が好きになれない女性、足が太すぎる、お尻が小さすぎる、お腹がたるんでいる、と悩んでいる女性、履き古した靴下みたいに胸がぺちゃんこになってしまった女性、反対に、飢えに苦しむ赤ちゃん全員を授乳できるくらい胸の大きな女性、病気でやつれた女性、手術の傷跡が残る女性、「完璧な身体」を求めて、何度も体にメスを入れようとしてきた女性。こういった女性のために、ストリップをしているのだ。

それから、恋人や夫、妻から暴力を受けている女性のためにもストリップをしている。部屋の向こうまで投げられて「お前にはもう恋人は見つからないだろう」とか「ひとりでは何もできないくせに」と言われる女性、自分には力がないとか、弱くてちっぽけで傷つきやすい存在だと感じている女性。彼女たちが、ステージの上でジャズダンスを踊り、クジャクのようにふんぞり返って歩く私を見て、勇気付けられ、心を揺さぶられ、そして自分の中の強さをもう一度見つけられたら……そう思って、ストリップをしているのだ。

ステージの上の私を見て「わあああ……すっごく大きなお尻。でもなんて勇気がある人なんだろう!」と言ってくれることを願っている。その後に、「私もあんな風に勇敢になりたい」とほんの少しでも思ってくれたら嬉しい。その気持ちがどんどん大きくなると、自分の本当の美しさを受けいれながら生きていく強さを、見つけるかもしれない。

だけど中には、「娘さんやその他の女性にメッセージを伝えるために、ストリップをする必要はありませんよね」と言う人もいるだろう。

それに、私が服を脱いだ姿を見たくないと感じる人もいるかもしれない。その気持ち、よくわかります! あなたは100%正しい。服を脱がなくても、自信を持つこと、強く生きること、自分を愛すること、ありのままの身体を受け入れること、を伝えられる。それは、ジェス・ベーカヴァ―ジー・トーバールイーズ・グリーンアマンダ・トラスティ―ホイットニー・ウェイ・ソールジョニ・エドルマンエイミー・ペンス-ブラウンソニア・リニー・テイラーといった女性に任せておけばいい、という人もいるかもしれない。

ちなみに、私は彼女たちが大好きだ。彼女たちのおかげで人生が変わったし、今の私がある。でも、私は彼女たちとは違う。ジェスほど(まだ)博識ではないし、ヴァ―ジーのように熱心にダイエット文化を分析しているわけでもない。ルイーズのようなアスリートでもなければ、アマンダと違ってタップダンスも諦めてしまった。仕事でダンスをしているけれど、ダンスのクラスを教えたことはない。だからホイットニーとも違う。

ジョニのように、自分に自信がないのは体型のせいだと気付き、痩せたこともない。また、エイミーのように、公共の場で目隠しをしながらビキニを着て、体に文字や絵を書いてもらう勇気もない。そしてソニアのように、気性が激しいわけでもない。私は私だ。

私が持っているのは、自信と自分の体に対する安らぎだ。そして私には愛がある。私はケチだから、誰も私の愛を奪うことはできない。私が愛したいと思っている人でなければね。何年もにわたって、自己嫌悪や食物依存、摂食障害に苦しんできた。だけどそれと引き換えに、強く激しい愛、時には自分自身をも感動させる愛を手に入れたのだ。

この愛を、私は娘に伝える。そしてこの愛を、Tバックで踊りながら観客に伝えているのだ。

その愛こそが、私がストリップをする理由だ。

ハフポストUS版に掲載された記事を翻訳しました。

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