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「私用メール問題」が浮上した娘婿「ジャレッド・クシュナー」の素顔--青木冨貴子

女形のようなソフトな声の裏にどんな素顔が隠されているのか。

2017年10月18日 11時23分 JST | 更新 2017年10月18日 11時23分 JST

混迷が続くワシントンから、連日のように、耳を疑うようなニュースや目を覆いたくなる大統領のツイッターが届いてくる。ため息の出る報道やつぶやきにも馴れっこになってしまった昨今とはいえ、ジャレッド・クシュナー大統領上級顧問が公用メールに私用アカウントを使用していたというニュースは、いつもの驚きを超える衝撃だった。まして、ロシアゲートでは疑惑の渦中にいるクシュナーである。

女形のようなソフトな声

興味深いことに、これだけの要職につき、その長身が連日のようにテレビニュースに映し出されていたにもかかわらず、クシュナーが公の場で発言することはなかった。妻イヴァンカと仲睦まじく歩いていたり、大統領執務室でトランプの前に座って意見したり、中東歴訪時にはイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と会談したことがニュースになったものの、誰ひとり大統領上級顧問の肉声を聞いたことがなかったのである。

ロシア疑惑を追及する下院情報委員会に召喚された7月24日、ホワイトハウスで記者会見に立った彼は姿勢を正してこう口を開いた。

「今年3月、初めて(ロシア)疑惑が持ち上がってから、私はどんな情報でも喜んで提供すると言い続けています」

初めて聞いた声はまるで歌舞伎の女形のようなソフトな声だったので、わたしは腰を抜かした。

「私はロシア政府と共謀したことはありません。選挙キャンペーン関係者のなかに、ソ連政府と共謀する者は1人もいません。私はロシアに正式な協力者もなく、私の事業がロシア関連企業の援助を受けたこともありません」

下院情報委員会での証言は公開されなかったので、どんな事実が引き出せたか報道されていないが、特に、目を引くような新事実も登場しなかったようである。

しかし、ロシア疑惑に関してクシュナーが限りなく灰色であることは間違いない。

クシュナーはそのうえ、ヒラリー・クリントンと同じミス――私用メールアカウントの公務使用――を犯したというのである。

昨年の大統領選挙中、クリントンの私用メール問題を厳しく追及したドナルド・トランプは、

「彼女を牢へ放り込め!」

とまで発言していた。

弁護士によると、クシュナーはホワイトハウスの業務にはホワイトハウスの電子メールを使っているが、

「1月から8月に100通に満たないメールが、クシュナー氏によって私用の電子メールアカウントからホワイトハウスの同僚に送信または返信された」ことを認めた。

ところが、この100通というメール数がのち、1000通とも報道されることになる。

それにしても、ヒラリーの私用メール問題を100%選挙戦に活用してきた後、何故、こんな失態が繰り返されるのか。ただの不注意とは思えない。大統領上級顧問という要職を担う者にしては考えられない未熟さではないか。あるいは、あの女形のようなソフトな声の裏にどんな素顔が隠されているのか。ジャレッド・クシュナーとはいったいどんな人物か。

ルーツは正統派ユダヤ教徒

ジャレッド・クシュナーの名前がニューヨーカーの間に広まったのは、2006年のことだった。経営不振になった週刊紙『ニューヨーク・オブザーバー』を1000万ドルで、ニューヨーク大学の大学院生(ロー・スクールとビジネス・スクールに就学)が買収したというので話題になったのである。

わたしの知り合いの不動産ブローカーは、そのお披露目パーティーに出席した。会場には目をひく長身の青年がいたので、思わず声をかけたという。

「ここで働くの?」と聞くと、

「ぼくがオーナーだよ」

と答えたので目を瞠った。青年はまるで20歳そこそこにしか見えなかったというのだ。この時、クシュナーは25歳。こんな若者がリベラル派に人気のある週刊紙を買収したので、ニューヨーカーの多くが唖然としたのである。

ジャレッド・クシュナーは不動産開発業者であるクシュナー・カンパニーズを創業したチャールズ・クシュナーの長男として、1981年ニュージャージー州エセックス郡リビングストンに生まれた。父チャールズは慈善活動家でもあり、民主党支持者で民主党への大口献金者としても知られる。

ジャレッドは現在36歳、190センチを超える長身。いまでも少年の面影を残す色白のハンサムで、きわめて戒律に厳しい正統派ユダヤ教徒である。

祖母はベラルーシの街ナヴァフルダクの出身。この街は1941年、ナチスに包囲され、住民の多くは大規模殺戮の犠牲になったが、祖母はフェンスの近くに掘ったトンネルを伝って脱出に成功、パルチザンに入った。そこで強制労働収容所から逃げ出し、森のなかに自分で掘った穴に3年も潜んで生き延びた祖父に出会った。2人はポーランドを経て、米国へたどり着き、ニュージャージーに落ち着いたという。

ホロコーストの生き残りの祖父母をもつクシュナー家では、いまでも正統派ユダヤ教徒の戒律に従って、コーシャー(コーシェル)と呼ばれる食事をとる。豚肉は不浄な食べ物として禁止され、エビやイカ、タコなども食さない。シナゴーグ(ユダヤ教の礼拝堂)に通い、安息日は車にも乗らず、料理もつくらず、電気機器は一切使わず、電気をつけるときにはシャーバスゴーイと呼ばれるキリスト教徒の少年に頼むという戒律まで守っているらしい。ジャレッドと知り合ってから、まわりの反対を押しきって結婚したイヴァンカは正統派ユダヤ教徒の戒律を学び、ユダヤ教徒に改宗している。

父が受けた実刑判決

ハーバード大学を優等で卒業したジャレッドは翌2004年、脱税、証人買収、選挙資金の違法献金など計18件の訴因で父親が2年の実刑判決を受けるという人生最大のピンチに襲われた。

不動産ディベロッパーとして成功した父はニュージャージーに2500軒を超えるアパートや商業ビルをもち、1000名以上の従業員を抱える企業主だった。その父・チャールズの起こした刑事事件は、これが厳格な正統派ユダヤ教徒が起こした事件かと疑いたくなるほどセンセーショナルなものだった。

父・チャールズは、検察側に協力的で彼に不都合な証言をすることになる義弟の評判を落とすため、売春婦を雇ってモーテルの1室で関係をもたせ、その様子を密かにビデオに撮影し、義弟の妻、つまり自分の妹に送りつけたというのである。

この裁判でチャールズ・クシュナーを訴追した検察官が、クリス・クリスティーだった。現在のニュージャージー州知事で、ドナルド・トランプと親しい大巨漢だ。副大統領の声もあがったが、クシュナーが反対して潰したともっぱらの噂である。

リーマンショック後の苦境

23歳で父の事業を引き継いだジャレッドは、アラバマの連邦刑務所へ毎週通って父に会い、ビジネスの訓令を受けた。2年後『ニューヨーク・オブザーバー』を買収すると、その年に本拠をニュージャージーからニューヨークへ移した。

同年、フィフス・アベニューに聳え建つ5番街666番地の41階建てビルを購入した。フィフス・アベニューの52丁目と53丁目の間に建つ高層ビルで、トランプ・タワーから数ブロック南に位置し、バブル期に住友不動産が購入したこともある建物である。

単一のビル購入としては、当時の米国市場最高額180億ドルで買収したため大いに話題になったが、不動産業界のベテランはあまりにも高価な買い物だと眉をひそめた。予想通り、2年後にはリーマンショックでマーケットが崩壊、不動産価格が大幅に下落した。

ビルの空室率は30%にも及び、家賃から上がる収入では銀行ローン返済の3分の2にしかならず、所有権の一部を売り渡して銀行ローン返済に充てるしかなくなった。そのために米国内ばかりでなく、海外からの投資家も呼び込もうとした。

そんな窮状を救うと言って現れたのが北京を本拠にする中国保険大手「安邦保険集団」(Anbang Insurance Group)。コンドミニアム(マンション)とモールをもつ超高層ビルに建て替える計画に巨額投資するはずだったが、結局、今年3月に4億ドルを5番街666番地に投資しただけで終わったと報道されている。

甚だしい公私混同

このほか、クシュナー・カンパニーズは中国からの投資を呼び込むため、ニュージャージーで開発したコンドミニアム(マンション)を購入する者には「EB-5ビサ・プログラム」と呼ばれる特典が付いたセールスを始めた。

これは1990年に始められた特別措置で、外国人投資家による資産投資を米国に呼び込み、地域の雇用促進につなげることを目的にしたプログラムである。

クシュナー・カンパニーズが建設したのは、ハドソン川対岸にあるジャージー・シティー南の"ベイ・ストリート65番地"にある50階建てのコンドミニアム。そのあたりは5人に1人が失業中で犯罪率も高く、誰もが住みたいと思うような土地柄ではない。

だからこそ、政府はこの地域の不動産投資に援助し、ラグジュアリーなマンションが建つことによって、地域の活性化を求めたのである。何より50万ドル以上の投資をしてこのマンションを買う者には、「EB-5ビザ・プログラム」によって"永住権獲得の早道"が約束されるというのがセールス・ポイントである。

「ベイ・ストリート65番地」の売り込みには、ジャレッドの妹ニコール・マイヤーが北京まで出張し、潜在的な投資家の開発に当たった。中国人投資家に格好の物件だと触れ回ったのである。もちろん、ニュージャージーまで足を運ばず、その場で50万ドルを投資し、米国永住権を夢見た中国人もいたことだろう。

しかし、この売り込み作戦には、移民排斥を訴える大統領の姿勢に真っ向から楯突くものだと反対の声が上がったのは当然のことだった。

そんな声にもかかわらず、今年5月には、大統領は「EB-5ビザ・プログラム」の更新に署名している。イラン、リビアなど中東・アフリカのイスラム圏7カ国から米国への入国を禁止する大統領は、50万ドル以上の札束を積んで娘婿の不動産へ投資すれば、「永住権獲得の早道」というプログラムを認可したのである。これでは公私混同も甚だしい。これではいったい政権なのか、巨大な投資集団なのかと首を傾げたくなるばかりだ。

一方、中国の春節の初5(5日目)に当たる2月1日、イヴァンカと娘のアラベラちゃんは、中国大使館から「春節の宴」に招待された。中国語を習っているアラベラちゃんは、「春節の歌」を中国語で歌い大喝采を受けたというのである。

感覚が麻痺

『ニューヨーク・オブザーバー』はジャレッドが発行人になってから紙媒体は廃止され、名称も『オブザーバー』と変えてウェブサイトになった。かつてリベラルで知られた雑誌も新しい発行人のもとですっかり変質し、とくにドナルド・トランプを大統領に推薦するようになった時には編集長が辞任、スタッフも続いて辞めていくほど不安定な状態となり、昨年末には売却を検討しているとも報じられた。

父・チャールズはホワイトハウスの大統領上級顧問の息子と毎日、電話で話しているという。かつて民主党支持者で大口献金者だった彼が、昨年の大統領選挙では共和党のトランプ候補を応援し、大口の献金をした。

『ワシントン・ポスト』は、ジャレッドに近い友人のこんな話を報じている。

「ジャレッドはジャーナリズムに興味があったから『オブザーバー』を買ったのではない。彼はニューヨークに影響力をもちたいと思ったのだ」

ジャレッドは父・チャールズの裁判が地元新聞『ザ・スター・レジャー』でセンセーショナルに騒がれたことに腹をたて、メディアが父を有罪にしたと思っている、というのである。

大統領選の最中、ツイッターでトランプが100ドル札を背景にした「ダビデの星」の画像を使ってヒラリー・クリントンを攻撃したことがあった。『ニューヨーク・オブザーバー』の記者から、「あなたは何故こんなことを認めるのか」と問われると、ジャレッドは長文の反論を掲載した。

「私の考えでは、『レイシスト』とか『反ユダヤ主義者』といった非難があまりにも無頓着にやりとりされている。そのために言葉の意味がなくなってしまっている」と書き、ホロコースト生き残りの祖父母の話しを紹介した後で、こう記している。

「私の義理の父は信じられないほど愛情に満ちた寛容な人物だ。妻と付き合うようになってから、私の家族やユダヤ教を心から支持し、受け入れてくれている」

クシュナーが何故、公務で私用メールを使ったのか。「EB-5ビザ・プログラム」の更新に署名する岳父のように、政権というより巨大な投資集団のなかで毎日過ごしている彼は、公私混同という感覚が麻痺してしまったのだろう。これが現在のクシュナーの素顔だと言ったら、本人はあの女形のような声で何と言うだろうか。

青木冨貴子

あおき・ふきこ ジャーナリスト。1948(昭和23)年、東京生まれ。フリージャーナリスト。84年に渡米、「ニューズウィーク日本版」ニューヨーク支局長を3年間務める。著書に『目撃 アメリカ崩壊』『ライカでグッドバイ―カメラマン沢田教一が撃たれた日』『731―石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く』『昭和天皇とワシントンを結んだ男』『GHQと戦った女 沢田美喜』など。 夫は作家のピート・ハミル氏。

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