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原爆ドームと「ストリートビューには映らないもの」

2013年07月23日 16時36分 JST | 更新 2013年09月21日 18時12分 JST

今週末7月27日(土)、広島国際会議場にて開催される「国際平和シンポジウム」(朝日新聞社主催)に登壇します。このシンポジウムのようすはストリーミング配信される予定です。当日に向けて「被爆体験の伝承」についての意見・質問ツイートをハッシュタグ「#hiroshima0727」で募集中です。ぜひご参加ください。

ヒロシマ・アーカイブ

当日の講演者一覧を以下に転載します。私はパネルディスカッションに参加予定です。

パトリシア・ルイス

英国王立国際問題研究所安全保障研究部長。核の非人道性共同声明に影響を与えた

水本和実

広島市立大学広島平和研究所副所長。専門は国際政治、核軍縮、安全保障

森下洋子

日本を代表するバレリーナ。松山バレエ団理事長・団長。被爆2世で、広島市名誉市民

アンドルー・ゴードン

米ハーバード大学教授(日本史)。「東日本大震災デジタルアーカイブ」を構築

渡邉英徳

首都大学東京准教授。デジタル地図を活用した「ヒロシマ・アーカイブ」を作成

成田龍一

日本女子大学教授。専門は近現代日本史。戦争や被爆体験の文学に詳しい

保田麻友

「被爆体験伝承者」候補者、被爆3世。「とうろう流しを支える市民」メンバー

先日、朝日新聞社東京本社にて、パネリストの事前打ち合わせが行われました。登壇者のうち、私とアンドルー・ゴードン氏はデジタルアーカイブ制作の立場から意見を述べました。そのカウンターとして「複雑な文脈、深い物語を伝えるなど、デジタル技術にはできないことがある」という意見も、他のパネリストから挙げられました。

私は「デジタル対アナログという、よくある構図で議論をしたくない。人とデジタル技術が力を合わせることによって何ができるのか、が重要だと思う」と応えました。シンポジウム当日も、私はこのスタンスでプレゼンテーションとディスカッションに臨みたいと思います。当日は「ヒロシマ・アーカイブ」と、地元の若者たちの貢献について述べる予定です。

さて今回の記事では、2011年3月11日、東日本大震災発生直前に、私が研究室のブログに書いた記事「原爆ドームと「ストリートビューには映らないもの」」をご紹介します。この日は、広島の被爆遺構としてよく知られている「原爆ドーム」が、Googleストリートビューで閲覧可能になった日でもありました。

以下のブログ記事は、私たちの仕事に大きな影響を及ぼした東日本大震災が起きる前に、私が自分の考えを述べたものです。2013年の視点から読み返すと彫りが浅い内容ですが、前述した国際平和シンポジウムにおける「人とデジタル技術が力を合わせることによって何ができるのか」という論点につながると考え、転載します。なお、内容を若干修正しています。

2013-07-23-nagasaki01.png

ナガサキ・アーカイブより「一本足の鳥居」

本日より、Googleストリートビューで「原爆ドーム」が閲覧できるようになりました。また、平和記念公園もスペシャルコンテンツとして公開されています。以下は原爆ドームのストリートビュー。実際に操作可能です。


大きな地図で見る

原爆ドームのストリートビュー

今回の取組により、毎日、世界から数百万の利用があるストリートビューで、世界中のユーザーがいつでも、どこでも、原爆ドームの姿を見ることができるようになります。このストリートビューが、日本のみならず世界中の人々が少しでも広島について興味を持ち、原爆ドームさらには平和について考えるきっかけになればと考えています。Google Japan Blog記事より転載)

ストリートビューによって「いまの街のすがた」が収録され、世界のどこからでも閲覧できるようになることには、それ自体大きな意義があります。とはいえ、ストリートビューだけを眺めて、離れた場所のことをすべて知ることができるわけではありません。

私たちはこれまでに、ツバル・ビジュアライゼーション・プロジェクトナガサキ・アーカイブなどのプロジェクト群を通して「ストリートビューには映らないもの」を収集し、デジタル地球儀に重層して発信してきました。

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ツバル・ビジュアライゼーション・プロジェクト

例えば、この記事の冒頭に掲載した長崎・山王神社の「一本足の鳥居」は現存していますが、1945年当時の風景は誰にもみることができません。また、海面上昇で沈みつつあると言われているツバルの、日々刻々と変化しつつある島の風景や人の姿は、今のところストリートビューには映っていません。

場所にともなう時空間に蓄積された記憶、何よりも市井の人々の日常や語ることばは、現時点でのストリートビューやGoogle Earthには映らず、検索エンジンで辿ることもできません。こうした情報が機械的に収集され、インターネット越しに閲覧できるようになるのは、ソーシャルメディアが普及しつつあるとはいえ、まだ少し先のことでしょう。

いま、それを実現するためには、先日の記事「デジタルアーカイブのコンセプト」で書いたように、既存のアーカイブを重層することに加え、人々の活動と記憶のコミュニティ形成を通して収集し、アーカイビングしていく以外の方法はありません。

ヒロシマ・アーカイブでは、インタビューと既存のアーカイブのサーベイ、記録、アーカイブ化、そしてコミュニティ形成を、インターフェイスデザインの検討と同時進行で進めています。サーバサイドのプログラミングを必要とする部分以外、kmlを用いたコンテンツ制作などの技術面は、それほど難易度が高くありません。しかも年々簡単になっています。どちらかと言うと、人々との協働を含む社会的な側面、また、ユーザにわかりやすく情報を伝えるインターフェイスデザインに心を砕いているのが現状です。

私たちの手法は今後、アーカイブとともにメソッドとして公開し、世界中の人々が各々のテーマに沿った独自のアーカイブズを構築できる環境を提供していく予定です。

この記事を書いた十数時間後に、東日本大震災が発生しました。その後「東日本大震災アーカイブ」「ヒロシマ・アーカイブ」などの仕事を経験するなかで、私は「記憶のコミュニティ」形成の重要性についての確信を、さらに深めていきました。この点についてはハフィントンポストの記事や、αシノドスの記事で述べてきましたので、ぜひご覧ください。

次回の記事では「国際平和シンポジウム」の内容について報告し、感想を述べたいと思います。