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世界水準から見た日本のUIデザインの課題は? ベルリン進出のグッドパッチに聞く

2015年08月14日 00時41分 JST | 更新 2016年08月11日 18時12分 JST

シリコンバレーにオフィスを構えることは、世界進出を狙う起業家にとってひとつの目標だろう。しかし、ニュースアプリ「Gunosy」のUIデザインを手がけたことでも知られるデザインエージェンシーのグッドパッチが、今年5月に初の海外オフィスをオープンしたのは、アメリカ西海岸ではなく、ドイツのベルリンだった。

サンフランシスコでインターンを経験し、「サンフランシスコから影響を受けている」と語るグッドパッチ代表の土屋尚史氏は、なぜあえてベルリンを海外事業の拠点として選んだのか。土屋氏に、スタートアップにとってのベルリンの魅力や、世界水準から見た日本のUIデザインの課題を伺った。

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土屋尚史氏。Webディレクターとしてキャリアを重ね、2011年にサンフランシスコに渡りbtrax Inc.にて日本企業の海外進出サポートやイベント企画に従事。帰国後の2011年9月に、UI設計・デザインに特化した株式会社グッドパッチを設立。サービス開始直後のGunosyにUIデザインを提供。その後も大企業の新規事業開発やスタートアップのサービスに対し、UIだけではなくサービスデザインの領域からサポートを行う。


"ベルリンの原宿"に新オフィス開設

--グッドパッチのドイツ・ベルリンオフィス「Goodpatch Berlin」が本格稼働を始めました。今年5月にベルリンで開かれたオープニングパーティには、かなり多くの人が集まったそうですね。

スタートアップ関係者、現地に居住する日本人、あとは近所に住んでいるドイツ人など、400人くらいが集まり、おかげさまで大盛り上がりでした。

日本をよく知るドイツ人がいうには、僕らのオフィスがある場所というのが、ちょうど"原宿のど真ん中"という感じの立地らしいんです。近くには現地のスタートアップも集まっていて、僕らが入っている建物にも、聴覚補助ソリューションを開発するスタートアップ「mimi」など、グッドパッチを含めて4社が入居しています。どこもだいたいスモールスタートアップといった規模。「Goodpatch Berlin」も現地メンバーは4名ほどで運営しています。

--「Goodpatch Berlin」では現在、どのようなプロジェクトが進行中なのですか?

これまで日本のオフィスで行っていた、海外クライアントの仕事の一部に加え、現地クライアントのデザインワークを行っています。オープニングパーティでは「Product Hours」というフライヤーを用意し、スタートアップや企業に対して「無料で1時間、プロダクトに対するフィードバックをしますよ」といったことを宣伝したので、そういうところからクライアントの引き合いが次第に増えているという段階です。

すでに仕事の引き合いも来ています。たとえば、先ほど話に出た「mimi」というスタートアップは、スマートフォンで聴力改善ができるアプリケーションを提供しています。無料のヒアリングテストアプリを用いて自分自身の聴力データを確認・記録し、そのデータに基づき聴力をサポートできるんです。グッドパッチはコーポレートサイトのデザインしたことに加え、アプリを日本語版にローカライズするために現地の日本人を呼んでワークショップを開き、翻訳のみならずUI/UXの自然さや、日本の難聴者の現状等に関して議論を行いました。

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--もともと世界進出を考えていたのですか?

長期的に見れば、日本国内だけの市場で企業が生きていけないのは当然のことですよね。何年後かはわかりませんが、本格的に外貨を獲得しなければいけないとなったときに動いても遅いですから、海外にオフィスを出すことは僕にとってある意味、先行投資だったんです。

そんなことをグッドパッチ設立当初から考えていたのですが、なかなかそのチャンスが巡ってきませんでした。スタッフにも「(海外にオフィスを)出すよ、出すよ」と毎年繰り返して言うだけになっていて、昨年、自らを奮い立たせるためにも「来年こそ本当に出します!」と宣言した。そのときの候補地がアメリカ・サンフランシスコと、ドイツでした。

サンフランシスコにオフィスを出すのは自殺行為だった

--サンフランシスコはインターンで働いたことのある土屋さんにとっても思い入れがある都市ですよね。それよりもベルリンを選んだのはなぜですか?

ドイツ・シュツットガルト出身のボリス・ミルコヴスキーが入社したことが大きいですね。今は当社の執行役員と「Goodpatch Berlin」の代表を兼務してもらっていますが、彼はドイツにオフィスを出すにしても、ナショナルクライアントが多く進出しているミュンヘンを候補地として考えていたんです。

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しかしベルリン進出の前、グッドパッチが開発したプロトタイピングツール「Prott」のワークショップでボリスがヨーロッパをまわる機会があり、ベルリンに2週間滞在したんです。そのとき、ベルリンに対する印象がすっかり変わってしまった。ボリスのベルリンに対する熱意は、滞在中に今のオフィスを仮押さえして帰ってきたほどです(笑)。そのままベルリン進出の話が進んでいったんです。

--なぜサンフランシスコを選ばなかったのですか?

僕自身、サンフランシスコにはかなり影響を受けていますから、今でもいつかはオフィスを出したいという思いがあります。しかし、今のサンフランシスコは人件費がすごく高騰していて、家賃も僕が住んでいた当時の倍額くらいになっている。1Kくらいのアパートの家賃が月3000ドルを超えるほどです。エンジニアの給料も家賃に合わせて高騰していて、年俸でいうと1500万〜1800万くらい出さないと人が来てくれないわけです。

だから、まだ基盤が安定していないうちにとって、サンフランシスコにオフィスを出すのはまさに自殺行為。今のタイミングでは難しいだろうと思っています。その点、ベルリンは人件費も家賃もめちゃくちゃ安く、コスト的な面でも、スタートアップしやすい街なんです。

--実際にベルリンに行ってみて、"スタートアップ熱"は感じられましたか?

僕自身、かねてからドイツには注目していました。グッドパッチを立ち上げてすぐ、世界中のウェブサービスやアプリを見ていたなかで「いいUIだな」と素直に感心したのが「Wunderlist」や「SoundCloud」といったサービス。それらはいずれもベルリンのスタートアップから生まれています。

実際、当社以外にもスタートアップは増えているし、出資や売却などの話も耳に入っています。「Wunderlist」の開発会社「6Wunderkinder」は、シリコンバレーのセコイアキャピタルから出資を受け、さらには今年5月、マイクロソフト社に1億〜2億ドルで買収された、との報道がありました。ベルリンに一種のエコシステムが築かれ始めているということでしょう。

そもそもグッドパッチは「Gunosy」や、家計簿アプリ「MoneyForward」などのUIデザインを提供し、それをきっかけに成長してきた会社。スタートアップと一緒に成長してきたところがありますから、僕らは「スタートアップと共に成長する」というストーリーを海外でもやりたいと思っているんです。それにぴったりの環境がベルリンにあると思います。

ベルリンのスタートアップは"アートの一環"になっている

--ベルリンにオフィスを構え、どんなことに驚きましたか?

市の移民政策の影響だと思うのですが、ベルリンは街で英語が通じるんですよ。他にも大きな都市はいくつかありますが、英語がそれだけ使われているのはドイツ国内でもベルリンくらいでしょう。その点からいっても、ベルリンは住むことのハードルが、とても低い街なんです。

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それに、例えば、いきなり海外の人がロンドンで仕事をするとなれば、ビザを取るにしても、土地を抑えるにしても、いくつかの高いハードルを超えなければいけませんが、ベルリンに行けばわりあい簡単に仕事ができます。就労ビザも取りやすく、フリーランスでも仕事がしやすい。東欧の所得が高くない層の人たちも今、ベルリンに集まってきていて、ヨーロッパの中心地になりつつあるように感じます。

--ベルリンがそういう気質を持った街であることは、どんなことに原因があるからだと思いますか?

一端となっているのは、ベルリンがもともと、自己表現をするアーティストに寛容なことではないでしょうか。ベルリンはテクノだとか、音楽も盛んな街ですし、アーティスト活動も市がバックアップしたりしています。スタートアップが生まれてきているのも、「アート=自己表現」の一貫という認識が浸透しているからではないかと思います。

「SoundCloud」のサービスも、ビジネスから生まれたというよりは"アートの一貫"という意味が色濃い。「SoundCloud」の創業者自身、もともとアーティスト出身ですし、おそらく自分で音楽活動をしていくなかで「もっと簡単にいろんな人に共有できたら楽しいのに」というところから生まれたのでしょう。また、「EyeEm(アイエム)」という写真共有サービスも、「写真の加工をもっときれいにやったらクールに感じるはずだ」というところからスタートしていると思う。

--そうした環境はシリコンバレーとは異なるのでしょうか?

シリコンバレー、サンフランシスコのスタートアップだと、より一攫千金のにおいがある。自己表現というより、「このマーケットにこういうサービスを提供して、Googleとかマイクロソフトに買収してもらう」といったように、最初からイグジットのプランがあって、基本は大企業に買ってもらうことを狙っていると思います。それに対してベルリンのスタートアップは、まずイグジットのことを考えるのではなく、アートとして活動を始めている、という印象がありますね。

ベルリン進出もUIへのフォーカスも"ロックな選択"

--海外初進出がベルリンになったこともそうですが、グッドパッチがUIに事業をフォーカスしたことも、なかなか大胆な選択だったと思います。それはいまおっしゃったようなベルリンの気質に共感して?

出す前はあまり考えていませんでしたが、行って共感するようになりましたね。サンフランシスコやニューヨークという正統派に対し、あえてベルリンにオフィスを出したことは、ある意味カウンターカルチャー的な、言い換えれば"ロックな選択"をしたかったからです。

実は、僕が4年前、事業をUIに絞ったときの選択と、今回ベルリンにオフィスを出したときの選択は、似た意思決定をしているんです。当時、UIやUXが重要になることは僕にとって当たり前のことでした。サービスが世界中にリリースされるプラットフォームが築かれたなかで、世界中で使われるサービスを作るには間違いなくUIに力を入れないといけません。日本でもその重要性は説かれ始めていましたが、誰もそこにフォーカスするビジネスをやっていませんでした。だから僕がそこにフォーカスを絞っただけなんです。

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ベルリン進出にしても、「ベルリンがキテる!」なんてことは3年くらい前からシリコンバレーの投資家も言っている。でも、こんなにチャンスがあるのに誰も出て行かない。「ならばうちが出て行こう」ということで、ベルリンを選択しました。つまり、UIデザインを事業として選択したことも、ベルリンを拠点として選択したことも、今後伸びていくけれどフォーカスされていないことにフォーカスする、という選択をしたんです。

日本のUIデザインに欠けているのは"simplicity"

--土屋さんの体験から、日本のUIデザイナーに欠けている部分をあえて言葉にすると、どういうことになりますか?

デザインには必ず、ターゲットがあります。そのターゲットの人物像を描くとき、日本のデザイナーだけのチームだと、「ターゲット=日本人」になってしまいがちだと思います。それだと、グローバルに受け入れられるデザインを作ることはできません。

シリコンバレーにも、「単一の民族だけで会社やサービスを作ってはだめ」みたいなジンクスがあって、チームのなかに移民が入っているかどうかが成功に不可欠な要素と言われます。純粋なアメリカ人だけで会社を作っている事例はほとんどありません。

僕が会社を設立する前に、DeNAの南場社長の講演で次のような話を聞きました。「日本のベンチャーは日本人だけで集まり、日本で成功することだけを考え、それがうまくいったらやっと世界に行く......といった遅い意思決定をしている。これから起業する君たちは日本人だけでチームを作らず、多国籍軍をつくりなさい」。この言葉は僕がサンフランシスコに行くきっかけになったし、グッドパッチでも日本人だけでチームを構成していないことにもつながりました。

--多様性のなさは、デザインにも表れるのでしょうか?

たとえば、グッドパッチが提供しているプロトタイプを作成するツール「Prott」は、日本人のチームだけで作り始め、途中からボリスが参加しました。サービスを作っていくと?