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「教養」は不寛容社会を打破するか

2017年08月17日 14時55分 JST

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今回のゲストはライフネット生命保険の創業者・出口治明さんです。

「教養は大事」と、学校教育の中でも外でも口酸っぱく言われてきましたが、

私はその必要性が一切わからず、いや、正確に言えば、

わかろうともせず現在まで過ごしてきました。

「教養なんて、大人たちが知識を見せつけたいだけ」という押し付けのイメージを拭えないひねくれた人間でした。

他にも「そもそも教養ってなに」「人によって教養って違うのでは?」

という声が聞こえてきます。

日本の地方、他の国や地域で自給自足する人たちにとっては、

「野菜の育て方」がその人にとっての教養かもしれません。

目の前のことを楽しむこと、小さなしあわせがあればそれでいいと考える人にとって、

一般的に言われる古典や歴史などの教養は認識すらされていないかもしれません。

私自身もなんとなく教養は必要だとわかっているけれど、

読みたい本を優先してしまったり。

「日本は世界からおいていかれる」と説く大人たちの叫びは

世界と競う発想がない若者の耳には届かない。

小さな世界に閉じこもる人が増え、教養との分断が進むことに危機感を覚え、

教養は日常を生きる人にとって大切なのか、

そのヒントをもらいに出口さんが創業された会社

「ライフネット生命保険」に足を運びました。

01 教養とは自分が得をするということ

02 出来レースの選挙がまかり通る理由

03 だから政治は嫌われる

04 皆が一致していないのは当たり前の社会

05 少数者しか世界を変えない

06 格差は悪くない。大事なのははしごがかかっているかどうか

07 がまんできない大人たち

08 手紙を書いても人間関係は続かない

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01 教養とは自分が得をするということ

田中 不寛容や分断という言葉が世間を賑わせはじめてから、

未だにその社会の閉塞感は収まるどころか、より加速しているように感じて、

とても息苦しさを感じています。

何か言えばその言葉の文面のみを切り取り、

適切な批判ではなく自分のやりきれない怒りのはけ口として人を無意識に傷つけている。

発言の背景への小さな想像力が弱くなっているのでは、と思うと同時に、

その恐怖から失敗することを恐れる人が増えていると感じます。

少なからず私のその一員です。

そんなときに、これまでどこか遠ざけてきた「教養」について、

お話を聞いたり、本を読んだりする機会がありました。

それがまさに、「リーダーの教養書」で出口さんが話されていたことでした。

そこで「教養」って思っているより堅苦しい話ではなくて、

というよりそもそも教養というから敬遠する人増えているのでは思うとともに、

教養こそが今の分断や不寛容な社会の一助になるんじゃないか、

その仮説を確信するために来ました。

その話からさらに踏みこんで、私の疑問も好きにぶつけていきますのでよろしくお願いします。

出口 はい、こちらこそ、よろしくお願いします、書きやすいように聞いてください(笑)

田中 ありがとうございます(笑)

出口 簡単に言えば、教養=リテラシーと言い換えられます。リテラシーが低ければ自分が気づかないうちに損をしてしまうという話です。

こういう話をしましょう。

君が34万円、パートナーに12万円の収入があります。合わせて46万円ですね。

そして銀行口座に145万円ある、だから51万円を使っているけれども、

必ずしも収入と支出がイコールでなくても生活が成り立つという世界がある。

田中 はい。

出口 51万円の支出が55万円に増えたら、どうしますか。

田中 節約を考えます。

出口 でしょう。普通の家庭であれば、節約する、

パートナーに働いてという(収入を増やす)、

それでも足りなければ自分が転職して収入を増やす、

こうして、生活できるように上手に調整しますよね。

これ、実は公的年金保険の話をしているのです。

田中 年金の話になると、僕もどうも敬遠してしまうのですが、

このお話はシンプルでわかりやすいですね。

出口 つまり、年金はそもそもの仕組み上、破綻するはずがないのです。

それなのに、年金が破綻すると思い込む人は、お金をためなきゃいけないとあせる、

そして無理な貯金をする、

あるいは、金融機関の口車に乗せられて、高い金融商品を買わされてしまう。



そうすると結局、自分が気づかないうちに損をしている。

リテラシーをあげなければ、不安は消えないし、不安が消えなければ、

いろんな商品を買わされてしまう。

田中 だまされてしまう人もいますね。

出口 これがごく当たり前のリテラシーの話です。

年金の話に戻って簡単に説明すると、

日本の公的年金保険は、34兆円ぐらいが勤労者の給与から天引きされていて、

12兆円ぐらい国税が投入されています。

昔は3分の1だったんだけれども、基礎年金の2分の1を国税で賄うという

法律改正が行われました。

他にも細かいものがありますが、原則としてはこの2つが収入。

そして51兆円ぐらいが年金として支払われています。

その差額分は、GPIFが運用している145兆円の過去のたまりでまかなっています。

さっきの例でいえば、節約は例えば高所得者には年金を支給しない。

次に国庫負担は、現在、基礎年金の2分の1となっていますが、

これを3分の2に上げてもいいわけですよね

それでも足りなければ、年金保険料を上げればいい。

ヨーロッパだったら中学や高校で、年金の仕組みはこうですと教えます。

そして、こんなことが調整できないアホな政府だったら

次回の総選挙で皆落とせばいいと教えるから、

誰1人年金が破綻するという考えをする人がいないのです。

田中 年金が破綻すると考えてしまう人が増えると、

不安になってお金をため込んで結局いつか自分が損してしまうと。

だから出口さんが普段からおっしゃっている教育が大事なんですね。



出口 そうです、教育も大事ですが、

こういう数字は、厚労省のホームページに書いてあるのだから、

自分で考えて調べれば年金が破綻するなんてありえないことがすぐわかる。

公的年金の保険でいうと、

原資は保険料と国税と年金積立金からなっているという

知識を持っている人は多いと思うのですが、

それがこんな関係になっていて、いくらでも調整できるというような、

全体を理解する力がリテラシー、すなわち教養というのかな。

知識というのは料理の材料であって、料理方法が考える力、

つまり、知識があって考える力があれば、教養があると言ってもいいかもしれません。

田中 なるほど。私も個人事業なので

年金については調べたことはありますが知識だけしかないですね。

それでいうと、年金の教養は全くない。

つまり、まずは知ってそのあと考えないと自分が損をするという話ですね。

出口さんは教養という言葉が嫌いともおっしゃっていましたが

どういった意味でそう発言されていたんですか?

出口 品格とか教養という言葉は本が売りやすいだけですから(笑)

まあそれはそれでいいんですが、

普段の日常会話では気恥ずかしくて使わないでしょう。

知識と考える力をかけ算したものがリテラシー=教養と

言ってもいいかもしれませんね。

田中 僕たちは日ごろからいろんなメディアに接しているから、

情報リテラシーが大切と言われますよね。

情報が正しく判断できたりできなかったりします。

リテラシーを身に着けていくために、すぐできるものってないと思うんですが。

NewsPicks編集長の佐々木さんは著書「リーダーの教養書」の中で、

「ジャンクフードとしての知」と表現されていました。

出口 リテラシーは、常識を鵜呑みにせず

「なぜ、なぜ、なぜ」と問い続けることで生まれてくるんじゃないでしょうか。

その習慣の積み重ねでしかないと思います。

田中 わかっている人は多いと思うんですね、

あえて逆のことをいうと、「なぜ」と問わなくても生きていけますよね。

その風潮は特に強くなってきている気もします。



出口 生きていけますよ。

生きていけるけれども、リテラシーが低いと、しょうもないものを買わされたり、

選挙に行かないとしょうもないひとが政治家になって、結局、自分が不幸になってしまいます。

ブーメランのように自分に返ってくるわけで、

わくわくする人生、楽しい生活を送りたくないのって話になりますよね。

田中 自分に不幸として返ってくることを知らないことが問題だ、

ということですね。

02 出来レースの選挙がまかり通る理由につづきます。

(インタビューの理念や全文公開は田中將介インタビューサイトへ)

(写真:小野瑞希)