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幹細胞とは何か?(5)ファン・ウソク事件

2015年12月14日 21時39分 JST | 更新 2016年12月13日 19時12分 JST

前回は、免疫機構による拒絶反応を回避するために考え出された仮説(アイディア)「セラピューティック・クローニング」について解説しました。今回はその仮説をめぐって起きた、痛ましい事件についてお話します。

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患者の体細胞を、核を取り除いた卵子(除核卵)に移植(核移植)してつくった「クローン胚」から「クローンES細胞」をつくり、さらにそれから治療に役立つ細胞をつくれば、それは患者に移植しても拒絶反応は少なくてすむだろう、という仮説でした。ある時期までは、世界中の幹細胞研究者がその実現を目指していました。

そして2004年、韓国の獣医学者ファン・ウソクらが、世界で初めてヒトのクローン胚からES細胞をつくることに成功したと報告しました。このときは実験的な条件だったうえ、成功率もきわめて低いものでした。

しかし2005年には、実際の脊椎損傷や小児糖尿病などの患者の体細胞を使ってクローンES細胞の作成に成功したと報告しました。これは想定される臨床状況に近い条件であるうえ、しかもそれなりに高い効率でクローンES細胞ができたとされました。論文はどちらも、トップジャーナルとして知られる『サイエンス』に掲載されました。

ところが−−これらの研究結果には、大きな問題があることが発覚しました。1つは生命倫理的な問題です。ファンらは研究チーム内の女性研究者らに実験用の卵子を提供させていました。このことは当初、やはりトップジャーナルである『ネイチャー』のニュース欄の記者による取材によって発覚し、一度は否定されたのですが、後にソウル大学の調査委員会などによって事実と確認されました。

また、ファンらは不妊治療施設を通じて、卵子を提供した女性たちに金銭を支払っていたことも発覚しました。

もう1つは研究不正です。ファンらの論文には、異なるものであるはずの2つの写真が同じ写真を加工してそのように見せたものだという疑惑が、韓国の若手研究者たちが情報交換をするウェブサイトで指摘されました。

その後、ソウル大学の調査委員会などによって、ファンらが写真を捏造していたこと、ファンらが保管していた「クローンES細胞」とされたものは通常のES細胞であったこと、論文に書かれている数字よりもずっと多い卵子を集めていたこと、などが確認されました。

しかも、1本目の論文でクローンES細胞とされたものは、卵子が偶然「単為生殖」を起こしてできた胚に由来するものであることも疑われました。つまりある種の昆虫や魚類などが受精を経ることなく発生するように胚ができてしまって、ファンらはそれからできたES細胞を、クローン胚からできたものだと称していたのです。その後、このことは科学的に確認されました。

ファンはソウル大学の教授職を免職処分となり、2本の論文は撤回されました。

この大事件によって、クローンES細胞によるセラピューティック・クローニングによって拒絶反応の少ない再生医療を実現する、という幹細胞研究者たちの夢は、いったんスタートラインに戻りました。同時に、大量の卵子を必要とする、という事件発覚以前から指摘されていた、この仮説そのものの問題もあらためて浮き彫りになりました。

卵子は原理的に女性しかつくることができず、しかも大量に得るためには、女性の身体に負担をかける排卵誘発剤と施術がどうしても必要になるのです。

そして、まるで通常のES細胞やクローンES細胞の根本的な問題を克服するかのように、2006年、iPS細胞(人工多能性幹細胞)が登場しました。次回はこのiPS細胞についてお話したいと思います。

なお、この事件によって否定されたのはあくまでもファン・ウソクらの方法論です。2013年には、アメリカの研究グループがヒトのクローンES細胞の作成に成功したと報告しました。それを追認するような報告も相次いだのですが、すでにiPS細胞が存在するためでしょうか、あまり世間の注目を集めることはありませんでした。

Written by 粥川準二(かゆかわ・じゅんじ)

1969年生まれ。ライター・編集者・翻訳者。日本大学、明治学院大学、国士舘大学で非常勤講師も務める。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(E・テナー著、早川書房)など。博士(社会学)。

元記事は▶▶幹細胞とは何か?(5)ファン・ウソク事件

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