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カネボウ美白化粧品回収、「コンプライアンスの失敗」か「クライシスマネジメントの失敗」か

2013年07月08日 23時39分 JST | 更新 2013年09月07日 18時12分 JST

花王の子会社であるカネボウ化粧品が製造販売する美白化粧品で「肌がまだらに白くなる」などの被害が報告されたために、同社は、4日、記者会見を開き、化粧水や乳液など約45万個を自主回収することを発表した。

この問題に関しては、コンプライアンス専門家である山口利昭弁護士が、ブログで、【他人事ではないカネボウ化粧品の自主回収事件-二次不祥事のおそろしさ】と題して、「2011年ころから発症事例がお客様窓口に報告されていたのだから、この時点で、同社が真摯に対応し、「被害のおそれがある」という段階で自主回収に出ていれば、多大な回収費用を必要とすることにはなっても、一番大切なブランドイメージの毀損は防ぐことができたのではないか」との指摘を行っている。

企業は、利潤追求だけではなく、ステークホルダー、消費者にも真摯に向き合い、要請に応えていくこと、そのための体制整備が必要だという企業コンプライアンスの立場からは当然の適切な指摘というべきであろう。

実際に、今回、会社側が自主回収を決定し、社長が、対応が遅れたことを認め、「病気(持病)であるという(窓口担当者の)思い込みが問題の認識を遅らせた」と述べているのであるから、少なくとも、会社自身が、過去の対応の誤りを認めているのであり、企業としての対応が遅れたことによる「コンプライアンスの失敗」の問題であるように思える。

しかし、果たして、そのように単純に言い切れる問題だろうか。2011年頃にお客様窓口への発症事例の報告があった時点で、今回行ったのと同様の自主回収という対応を行うことが正解だったと結論づけることには、若干の疑問がある。

今回、大規模自主回収に踏み切ったカネボウ化粧品及びその親会社の花王の判断の方には問題はなかったのだろうか。自主回収という措置は、当事者企業に多額の回収費用発生、ブランドイメージの低下などの大きな損失をもたらすだけではなく、自分の肌には適合し全く問題なく、対象商品を長い間愛用してきた化粧品ユーザーにとっては、その商品の使用が継続できなくなるという迷惑を生じさせることになる。

私は、コンプライアンスとは「法令遵守」ではなく、「組織が社会の要請に応えること」という観点から、コンプライアンスの指導啓蒙の活動を行ってきたが、企業との関係では、危機的事態への対応、クライシスマネジメントに関して、具体的事案に関する助言を数多く手掛けてきた。(その基本的な考え方と代表的事例については【組織の思考が止まるとき 「法令遵守」から「ルールの創造」へ】(毎日新聞社)第4章で述べている。)

そのような経験に基づき、今回のカネボウ化粧品の美白化粧品の問題への対応について、クライシスマネジメントの観点から考えてみたい。

今回の回収措置は、厚労省の命令や指導によるものではない。回収を行わなかったとしても、法令上は全く問題はない。カネボウ化粧品の夏坂社長の会見での発言からも、自主回収が苦渋の決断だったことが見て取れる。

同じ「商品の回収」でも、食品表示の問題等による商品の回収であれば、回収対象となるのは既に出荷済の商品だけで、その後の製造販売とは関係ない。しかし、今回の美白化粧品の自主回収は、現に流通している商品、顧客の手に渡っている商品を回収するというだけに留まらない。今回問題となった美白成分(ロドデノール)を含む化粧品の販売はすべて中止することになるのであり、「まだらに白くなる現象」の原因が判明しない限り、製造・販売の再開は行えない。つまり、事実上、関連商品の全面的な製造販売の中止に直結する。

本件について、自主回収という措置をとる必要があったのか、他の手段はとれなかったのか。

カネボウ化粧品の親会社でもある花王は、2009年に、エコナ関連製品の問題で、商品の安全性の問題について会社としての判断・対応を求められるという同種の事例を経験した。その問題では、「製造・販売の自粛」という「自主回収」に近い対応をとったが、最終的には、当時年商200億円を超えていたエコナ製品の製造・販売を全面的に中止することとなった。

エコナに関して問題にされたのが、その食品に多量に含まれているグリシドール脂肪酸エステルという成分に「発がん性の疑い」があることが指摘されたことであった。しかし、その指摘の発端になったドイツの研究所の調査結果というのは、動物実験の結果を客観的に報告しているだけで、発がんのリスクがあるとの指摘ではなかった。(前記拙著218頁参照)

その程度の問題で、花王が、エコナ製品全体の製造・販売の自粛に踏み切った理由は、その問題が、食品安全委員会専門委員会で取り上げられたことを複数の消費者団体が問題視し、花王に対する批判が強まり、ちょうど、消費者安全委員会の発足の直前だったことから、エコナがその第一号事案になることを恐れ、早期に対策を講じたということだと思われる。

一方、美白化粧品の方は、使用者の中に、「肌がまだらに白くなる」という事例が発生しているが、その症例は、数百万個という過去の販売数量に対して39件と極めて少なく、美白化粧品の使用と症例との因果関係も明らかになっていない。

そして、もう一つ重要なことは、この美白化粧品の問題に関しては、消費者団体の側から問題視する動きがほとんど見られなかったことである。

共同通信の記事で引用されている日本消費者連盟共同代表の「そもそも化粧品はさまざまな化学物質でできており、使用者に何らかの被害が生じることは避けられない面がある。危険性を認識した上で使うべきだ。自分の肌は自分で守るしかない。異常を感じたらすぐ使用をやめることが大切だ。」というコメントからも、消費者団体側も、この美白化粧品の問題について企業側の対応を問題にしている様子はなく、比較的冷静に見ていることがわかる。

では、今回、会社側が自主回収を決定した際に、リスク要因として考慮されたのは何だったのか。

そこでは、この問題をカネボウに指摘した「皮膚科医」の動きが重要な要因になった可能性がある。各紙の記事には、「今年5月に皮膚科医から、同製品を使って肌がまだらに白くなった人が3名いるとの連絡を受け、調査を開始した」とされている。症例の発生頻度から考えて、この皮膚科医が、この3名の「被害者」すべての主治医だったとは考えにくい。皮膚科医の側で「肌がまだらに白くなる」症例を集め、3名の症例が確認できたことを理由に、カネボウ化粧品に対して、何らかの措置をとることを求めたのではなかろうか。会社側の対応如何では、マスコミ等への告発が行われる可能性があったのかもしれない。

そうだとすると、「自社製品の品質・安全性に関する専門家の指摘と行動に対して、企業がどう対応するべきか」というクライシスマネジメントの問題だったことになる。

私が企業から相談を受け助言を行ったクライシスマネジメント案件の中に、某企業が販売するサプリメントに関して、専門医からの指摘があり、しかも、当初の会社側の対応の拙さもあって、その問題が厚労省に持ち込まれ、会社としての判断・対応が必要となったケースがあった。

そのサプリメントの主成分は一般的には健康増進機能を持つとされているが、その専門医によれば、その成分の血中濃度が異常に上昇する疾患があり、その疾患をもつ患者がサプリメントを摂取すると、症状が悪化するとの指摘であった。

その専門医は、(1)当該疾患の患者に対してサプリメント使用を差し控えるよう注意喚起すること、を求めただけではなく、(2)健常者に対しても、同サプリメントは有害である可能性があるので販売を中止することを求めた(その専門医は、当該疾患の研究に関しては第一人者であったことから、もし、その専門医がマスコミ等に、(2)を強調して問題の指摘を行い、それが記事になった場合、当該サプリメントの販売に重大な影響が生じる恐れがあった)。

会社側としては、(1)については異論がなかったが(当該疾患は何十万人に一人という極めて稀な疾患であり、販売への影響は皆無に近かった)、(2)については、過去の実験データ等から、一般人に対する安全性、有効性については確信をもっており、到底受け入れられないとのことであった。

このような状況で、私が行った助言は、その専門医がマスコミに問題を持ち込む前に、(1)について、特殊な疾患の患者や主治医に対して注意喚起を行うとともに、(2)について、健常者のサプリメント使用には全く問題がないことを、実験データ等を示して詳細に説明するプレスリリースを行うことであった。

その企業は、私が助言した通りに、先行プレスリリースを行った。リリースを受けたマスコミの報道はほとんどなく、日経のプレスリリース欄に掲載されただけだった。そして、そのプレスリリースは、(2)についての会社側の説明と根拠をマスコミ側に資料・情報として提供しておくことで、専門医がマスコミに対して問題を指摘する動きに出ても、マスコミ側が一方的に専門医の見解を取り上げることを防止するという目的も果たした。

そのプレスリリースの効果もあり、そのサプリメントに関して、その後、専門医の目立った動きはなく、クライシスマネジメント案件は、無事に決着した。

カネボウ化粧品は、美白化粧品について、皮膚科医の指摘を受けて調査を行い、39例の「まだらに白くなる」症例が確認されたことから、自主回収を決定した。夏坂社長の会見での説明によれば、その際、他の選択肢として「注意表示の強化」もあったが、注意表示を強化しても使い続ける方のことを考え、自主回収に至った、とのことである。

「注意表示の強化」というのは、化粧品の容器や本体に、「まだらに白くなる」症例が稀に発生していることを記載して注意を喚起することだと思われるが、この時点での選択肢として、「自主回収」と「注意表示の強化」の2つしかなかったのだろうか。

もう一つの方法として、自主回収は行わず、新聞広告や小売店の店頭等で、美白成分を含有する化粧品について、極めて稀に「まだらに白くなる症例」が発生していることを告知し、異常が発生したらただちに使用をやめるよう呼びかけ、また、そのような症例が発生していれば、会社の窓口で相談を受け、真摯に対応するという案内を行う方法があったのではないか。

要するに、症例が極めて僅少で、化粧品使用との因果関係も明らかではなく、症状も重篤ではないことから、美白化粧品の品質や安全性には問題はない、との会社の見解は維持し、商品に問題あったことを前提とする自主回収は行わないが、極めて僅かとはいえ「肌がまだらに白くなる症例」が発生していることを深刻に受け止め、その時点で明らかになっている事実を可能な限り開示し、最終的には、消費者の選択に委ねる、という姿勢を貫く方法である。

そのようにして、マスコミを通じて大々的に情報開示を行えば、ネット空間を通じて、様々な情報や意見の交換が行われ、「肌がまだらに白くなる」現象についても、その原因や発生のメカニズムについて、新たな事実が判明する可能性もある(自主回収の公表後、ネットで意見を述べている皮膚科医のサイトもあるが、会社側に同情的なものが多い。)。

そのような対応は、「化粧品の自主回収問題」として単純化され、一方的なブランドイメージの低下を招くのとは異なり、化粧品の品質・安全性に対する会社としての姿勢を社会に示すことにもなる。

そして、少なくとも、長期間にわたって、当該化粧品を問題なく愛用し、引き続き美白化粧品を使用し続けることを希望するユーザーには、引き続き、商品を供給し、使用を継続してもらうこともできたはずだ。

もちろん、以上のようなクライシスマネジメント的分析は、報道等で明らかになった極めて限られた情報に基づいて行ったものに過ぎず、実際には、会社側が判断する際には、全く別個の要因が考慮されたのかもしれない。

ただ、いずれにしても、企業の消費者対応に関わるクライシスマネジメントの問題として、極めて判断が難しい究極の事例であることは明らかであり、今後、同様の事例における企業の対応を考える上でも、貴重な先例だと言えよう。

(※「郷原信郎が斬る」2013年7月7日の記事を転載しました)