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命を区切って分担するからお肉が食べられる。

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わたしが獲って食べた野生動物にも、生まれて育った過程がある。
だけど、その動物の生まれたばかりの姿を、わたしは知らない。

「お肉を食べるからには、命を落とす行程も知るべきだ。」

だったら、その命が生まれる瞬間も知るべきではないのか...そんな葛藤が生まれていたときのことだ。

島根県 隠岐島の海士町(町がつくけど離島)に遊びに行ってきた。

隠岐島では、隠岐牛という和牛が有名で、海士町でもいたるところで牛が放牧されていた。

荷台に牧草を積んだ軽トラをヒッチハイクして、半ば強引に放牧地と牛舎に連れて行ってもらう。

わたしを拾ってくれたのは、もともとは酪農家になるのが夢だったという36歳の男性。

大阪から海士町に移住してきて8年、最初は二匹の母牛を買うことから始まった牛飼い生活だという。

角も小さく、まだまだあどけない顔をした牛たちは、牧草ロール(冬なので放牧地の牧草だけでは足りない)の薫りに誘われて、のしのしと山を登ってくる。

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隠岐牛が見れたと大喜びな私だったが、実はどの牛も隠岐牛ではないことを知る。

私が見ていたのは、繁殖農家さんが飼育している和牛で、母牛と子牛のみ。母牛は一年に一頭ペースで出産し、子牛は一歳になる前に競りに出される。

繁殖農家さんの仕事は、母牛が一年サイクルで妊娠・出産する環境を整えることと、健康な内臓と骨格をもつ子牛を育てること。

そのためには、競りに出す子牛だけでなく、母牛の健康状態をキープし続けることが大切で、自然の中でのびのびとさせつつ、個体に合わせた種付けも行わなければならない。

繁殖農家さんの牛は、各地の肥育農家さんに競り落されて、そこから育てられた(太らされた)のちに、生きたまま出荷される。

屠殺されるのはだいたいが、出荷先だ。肥育農家さんも屠殺に関わることはほぼない。

一匹の牛が、生まれて、育って、肉になるまでを、区切って、役割分担する。

生産者は、その子がいつか肉になり、食べられることをわかっていながら、ひとつひとつの命と向き合わなければならない。

わたしが話したどの牧場経営者も、自分が育てた動物を屠殺場へ送り出すときは、どうしようもない罪悪感に襲われ、涙が出るという。

決して長くはない生涯だからこそ、自分の牧場にいる間は少しでも幸せでいてほしいと、毎日神棚に手を合わせるのだと話してくれたのは、埼玉のダチョウ牧場長さんだった。

なぜ分担するのか。

そこには、命を区切らなければ乗り越えられない葛藤があるからかもしれない。

私たちが、生産工程を知らずにお肉を食べられるのは、「区切るという配慮」があるからだ。

その配慮を、大切にしていくことも、食肉文化を繋ぐためには必要だと思う。

知らないことは時に罪だけど、すべてを知れる気になるのもまた、人間のエゴにすぎないのだから。

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