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発表が嘘だらけ「J-ADNI」臨床データ改竄問題が泥沼化

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 目を疑った。

改ざんではない、未熟...認知症研究で部門責任者
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=90869

 記者会見で、堂々と「改ざんではない。この分野の大規模共同研究は日本では初めてのため、データ処理技術など、研究班に未熟な点があった」と、朝田隆・筑波大教授は説明したのだという。

 メディアにも確認を取ったところ、確かにそう言っている... これ、嘘ですよね。

 「この分野の大規模共同研究は日本では初めて」なので未熟というが、これまでに同一分野の多施設臨床研究としてJ-COSMIC、SEAD-Jという国内多施設臨床研究があり、それぞれに成果を挙げている。

J-COSMIC「最終報告書」 : MCIを対象としたアルツハイマー型痴呆の早期診断に関する研究
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010872973-00

SEAD-Japan
http://square.umin.ac.jp/SEAD-J/

 どちらも規模的には今回問題となったJ-ADNIと比肩するものであり、国際標準に適合した被験者データ処理を行って、改竄その他これといった問題は当然起こさず研究結果の論文を発表して研究プロジェクトは満了している。

 と申しますか、筑波大の朝田教授も、東大の杉下「元」教授も、カンファレンスにいましたよね。先行研究で同様の大規模共同研究があり、実績があることを両先生が知らないはずがない。なのに、J-ADNIが「日本で初めて」。

 嘘はいけません。

 いや、本当に、本当にその嘘はだめでしょう。

 そして、そういう嘘を記者会見で喋り、医療業界の中では素人である厚労省のお役人や新聞記者の前で説明して、あたかも「難易度の高いデータ処理であった」と強弁してしまうのは、とても良くない。

 今回、問題露顕のきっかけになった事例をもう少し詳しく書こう。

 改竄が完全にバレた「WMS-R論理的記憶II」という心理テストはなぜ問題だったかというのは前回ハフィントンポストに述べた。

東京大学で再び改竄問題が発生 J-ADNIなるアルツハイマー研究プロジェクトで起きていた問題とは
http://www.huffingtonpost.jp/yoshiomi-unno/jadni_b_4573204.html

 補足したいことはたくさんあるが、この心理テストは「長文を被験者に読み聞かせた後で、30分後に再現させ、短期的記憶の状態を判断する」ことが目的で、このテストの記録用紙にそもそも採点欄(症状の評価)の隣に時刻記録欄があって、実務上必ず結果を記録する。患者の短期的記憶の状態を把握するために、他の症例と比較するために大事な検査であって、実務上改竄のしようがない仕組みになっているのだ。時刻と評価が一体になって処理されるのが本来の目的なので、どちらかが空欄であったら仕組み上、受理されない。そういう被験者データの基礎を作る大事な部分で改竄があったわけだ。

 この件で、大量の改竄に加担したとされる京都府立医大が「客観記録は残っていない」と主張するのはあり得ない話で、絶対に記録はカルテに残っている。なぜなら施行時刻をカルテに記録しておかないと検査者自身が施行時刻を忘れてしまい30分後に再現させることが不可能になるからである。読み聞かせ時に複数の長文を一字一句たりとも間違えずによどみなく読み、なおかつ被験者の発する一言一句も漏らさず聞き取り記録しなくてはならない。ゆえに検査者は検査中それなりに注意/集中力を使う。

 しかも30分の間隔中ぼーっとしているわけではなく、別の心理検査を同時並行で進めるのが通常の実務だ。そうでもしなければ病院の閉まる17時30分までに予定された検査が終わらない。ゆえに検査者の頭の中だけで「30分後」という時間間隔を管理できるわけがない。そして、アップロードされたデータは、20名以上の関係者が見ている。データセンターで管理しているのであれば、入力項目に検査時間が埋められていないと受理されていない仕組みのはずで、だからこそ、入力項目が不適切であることが後から分かり、岩坪教授や朝田教授らから指示が出て「検査時間の改竄」を行った。おそらく、J-ADNIと京都府立医大にとって都合の悪い記録がカルテに残っているもの、という合理的疑いが成立するわけだ。この京都府立医大については、最後に触れる。

 そして、このデータセンターで、製薬10社で組成している事務局から、製薬会社社員が出向して運営されている(派遣元は8社)。

 だがどうも、臨床研究のイロハが分かっていない可能性が高い。
 捏造に加担したという認識すら薄いのではないだろうか。

 というのも、データセンターが初診後二ヶ月以上たって初めて内容をチェックしていた、というのは重大な問題であり、不正だからだ。プロジェクトの中で、何らかの理由で各臨床施設(大学病院)で間違って不適格な症例を仮登録してしまった場合、研究手順の仕様を意味するプロトコール通りならスクリーニング来院から2週間以内にデータセンターがチェックして仮登録取り消しとなる。臨床記録が本登録されず取り消されればそれ以上の患者負担は生じない、というのがJ-ADNIのプロトコールだった。

 それなのに二ヶ月以上チェックせず放置ということは、その間に当該患者さんは仮登録から本登録になってしまい、不適格な症例で本来は被験者リストから外れるべき人が不必要な検査を受け、それなりに被爆もすることになってしまう。さらに腰椎穿刺は一定の確率で健康被害が出ることが予想されるので、被験者に相応のリスクを負わせていると言える。それでもそれらの検査結果によって、人類がアルツハイマー病を克服する糧になるのであれば被験者のボランティア精神も報われるのかもしれない。だが、二か月後のデータチェックで実は不適格症例でした、ということになると一切の犠牲、一切の健康被害、そして検査費用が無駄になる。検査費用は税金であり、その人のかけた時間、健康被害は取り返しがつかない。

 この「論理的記憶II」は誰がどう見ても完璧に改竄だが、なぜか報じられていないJ-ADNIの重大な問題は、臨床認知症評価法(CDR)の実施不行き届きと、被験者のMRIデータの評価がおかしいことだ。前者はJ-ADNIがプロジェクトの目的として短期的記憶障害(MCI)の症状の中核である「エピソード記憶障害」を判定するために、CDR検査という一時間ほどの半構造化面接を行う。このCDR検査を監督したのが医師ではない東京大学医学部の杉下元教授。日本語版「論理的記憶」の翻訳者であり、研究者としては確かにとても優秀な人物なのだが、CDRをはじめ多施設臨床研究をデータ面、手法面で指揮する責任者としては明らかに適任ではない。

 これは朝日新聞の報道をみれば分かる。平成26年1月10日朝刊で朝日新聞はこう報じている。<「途中データでも良いので至急ご提出いただけないか」。仕事始めの6日、検査データを検証する責任者の朝田隆・筑波大教授と杉下守弘・元東大教授のもとへ、岩坪威・東大教授が代表を務めるJ-ADNIの「データセンター」からメールが届いた。>

 この報道によって、研究開始から約7年経過した平成26年1月になっても朝田教授・杉下元教授らClinical Core(臨床コア)は自分たちの持つデータを途中データという形ですら他部門の研究者たちと共有していないことが分かる。データ面の指揮に問題があるのは明らかだ。なお、J-ADNIホームページの英語版では組織図をみることができる。(なぜか日本語版が公表されていない?)

Organization of J-ADNI
http://www.j-adni.org/e2.html

 J-ADNIと同じ方法を使った臨床研究であるアメリカのUS-ADNIではこのCDR検査を重視し、他の症例との比較、統計評価、症状の進行予測を積み重ねながら、被験者に投入する療法のA/B分析を行って有効な治療法の確立を目指すことを主眼に置いている。

 J-ADNIはUS-ADNIと同じ方法を使うと標榜している以上、J-ADNIもこのCDR検査を行い、患者の短期記憶障害の状態を客観的に把握し、進行状態を比較しながらプロジェクトを進めていく必要がある(症状が進行する経過を見る必要があるので、プロジェクト期間も5年、6年となる)。

 私が筑波大学の朝田教授の能力に問題を感じた事例は、「患者の家に『こんにちは、私は長嶋茂雄です。ははは、いたずらです。びっくりしましたか?』という電話をかけた数日後の受診時に『いたずら電話はなかったですか?』と患者に尋ねることでエピソード記憶障害の有無を測定するのを推奨した」というトンデモがあったからで、US-ADNIに参加した人間からすればあり得ないほどの稚拙な検査方法で臨床認知症の段階評価を客観的に行おうとした(行った)決定的な臨床研究への理解不足が露呈していた。

 決して研究者として劣った人物ではないが、明らかに適任とは言えないJ-ADNIのデータ責任者に朝田教授や杉下元教授が就任するのは人選のミスであると言えよう。

 そして、一連の人事ミスという点では、プロジェクトの総括責任者として立っていた、東京大学の岩坪威教授(神経病理学)にどうしても矛先が向く。

 誤解を怖れずに言えば、彼は確かにこの世界の権威ではある。間違いない。ただ、それは彼の薬学部教授としての実績だ。あくまでも、基礎医学者の世界です。

 臨床? 彼の経歴を見てください。

東京大学大学院医学系研究科 岩坪威教授がメトライフ医学研究賞受賞
http://www.u-tokyo.ac.jp/public/public01_210218_j.html

 岩坪教授の臨床経験は昭和61年(1986年)から平成元年(1989年)までしかありませんよ。神経内科専門医の資格をとるのには教育施設での3年の勤務経験が必要で、当時助手をされて終了して以降は、臨床を手がけていない。

 J-ADNIのような臨床医学研究と、岩坪教授が薬学部教授として実績を積んだ基礎医学研究は全くの別物で、なぜ彼が臨床医学研究の塊のような国家プロジェクトのヘッドに立ったのか、関係者一同はよく胸に手を当てて当時のことを思い返す必要があるだろう。

 岩坪先生の輝かしい臨床への関わりは、日本認知症学会にも掲載されている。

http://dementia.umin.jp/list/tkt.html#tkt

岩坪 威
東京健生病院 内科外来受付
〒112-0012 東京都文京区大塚4-3-8
【TEL】03-3944-6111 (代表)
※隔週1回の神経内科外来にて予約制(要紹介書)で診療しています。

 新聞記者も、健生病院に電話取材をして「岩坪先生には、名前貸しをしてもらって病院に箔付けをしているだけで、実際には診察はしていないのではないですか。貴病院に着任後、月間何名の患者さんを抱えておられるのでしょうか」と聞いてみるとよろしい。

 厚労省も、カルテ持ってますよね。医師ごとの臨床状況、ちゃんとチェックしてますか。

 そんな岩坪教授は元薬学部教授なので、医療業界が国家プロジェクトとして税金を引っ張り、本来彼のフィールドではない臨床医学研究のヘッドに就けるのはそれなりの理由があってのこと。ここにメスを入れないと、適任ではない人材が何億と税金を投じる大規模な研究の陣頭指揮に立つというあり得ない状況を再発させる恐れがあるのだ。

 臨床データ捏造は結果であって、原因は適切な人材を任用しなかったからだろう。多大な税金を投入するプロジェクトに岩坪教授、杉下元教授を送り込んで、問題の察知さえもしなかった東京大学医学部の責任は重い。明らかにガバナンスの問題である。

 いちいち疑いだすとキリはないものの、医学界の病巣とも言える医療法人と製薬業界、委託研究、そして厚生労働省という問題が浮き彫りにならざるを得ない。その端緒となるであろう病院のリンク先を掲載しておこう。不正な医療研究の世界で、典型的な構造がここにあるかもしれないので、心ある医師や大学当局、また厚労省は、責任逃れすることなく、また有耶無耶、隠蔽せずに事実関係を世間にきちんと明らかにして、一連のJ-ADNI問題の教訓を次のプロジェクトに活かせるようにするべきだ。それが、国民の信に応えるガバナンスというものだから。

医療法人芳恵会 三好病院
http://www.miyoshi-hp.jp/

 本稿の最後に京都府立医大病院に触れる。断っておくが、まともな医師も研究者もここにはたくさん居られる。ただ、ノバルティスファーマの「ディオバン」データ捏造事件で、やはり臨床研究の世界では立ち直れないほどの傷を負った。地雷以外の何者でもなく、本件J-ADNI事件やディオバン事件の他にも、重大な興味を持たざるを得ない大型事例が幾つかある。

 要は、医療の世界で結果が出るかどうか際どいプロジェクトは、だいたい京都府立医大他ディオバン事件で話題となった医療機関に頼っている構造がある。外部からでも、洗っていけば問題案件がちらほら見える状態である。そうである以上、そこからの脱却を行うには、問題プロジェクトについては然るべき方法で光の当たるところに出し、倫理観を欠いた医療従事者については厳正な処分を行っていくべきだ。

 さもなければ、思いもよらぬところから告発が出て、追い込まれるように謝罪、賠償を求められることになりかねない。人の命、健康を預かる世界であるからこそ、どこよりも高い倫理観と使命感を持って、臨床研究に当たるのが務めなのではないだろうか。

 蛇足ながら、日経BPの「日経バイオテク」で、増田智子なる記者が与太話を掲載している。

あなたの未発表データも「捏造」扱いの危機【日経バイオテクONLINE Vol.1991】
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20140115/173333/

<科学研究で「捏造」「改ざん」ということが決定的になるのは、査読付きの論文誌に発表した論文でデータに偽りがあったことが示された場合です>って、その改竄された未発表データは、被験者の皆さんや検査に携わる研修者など医療従事者達の労力と犠牲の上に成り立っているものだ。

 「公表されて査読論文になってなければ、データいじっても改竄や捏造ではないだろう」と論じてしまう人間に、医療を語る資格はないと思います。

 日経BPはどこから頼まれて、こんな火消しめいた記事を配信するのかしら。

<レファレンス>

Prediction of outcomes in MCI with (123)I-IMP-CBF SPECT: a multicenter prospective cohort study. Ito K, Mori E, Fukuyama H, Ishii K, Washimi Y, Asada T, Mori S, Meguro K, Kitamura S, Hanyu H, Nakano S, Matsuda H, Kuwabara Y, Hashikawa K, Momose T, Uchida Y, Hatazawa J, Minoshima S, Kosaka K, Yamada T, Yonekura Y; J-COSMIC Study Group.Ann Nucl Med. 2013 Dec;27(10):898-906. doi: 10.1007/s12149-013-0768-7. Epub 2013 Sep 6.

J Neurosci Methods. 2014 Jan 15;221:139-50. doi: 10.1016/j.jneumeth.2013.10.003. Epub 2013 Oct 16. A comparison of three brain atlases for MCI prediction.Ota K, Oishi N, Ito K, Fukuyama H; SEAD-J Study Group.