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文化はヒトの進化に影響を与えるか

2014年03月13日 17時14分 JST | 更新 2014年05月12日 18時12分 JST

■現代社会も「荒野」で満ちている

桜の季節と新年度の足音がすぐそこまで聞こえてきました。年度末のドタバタを耐え忍びながら、長年の学究生活になんとか別れを告げようとしている今日この頃。知人や友人たちと宴を囲んでは、お互いの幸運と成功を祈りあっています。かつて祇園にはチェーン店が跋扈するより前から、京都の若者たちに羨望され愛されていたバーガーショップがあった。

縁あって筆者らは、「伝説の ハンバーガー」を食べる幸運に巡り合いました(Nご夫妻、大変美味しかったです。本当にありがとうございました)。もう一生の中で一日にあれほどのハン バーガーは見ることはあっても、食べることはないだろうなぁ。

世知辛い現代社会の競争の中で、人々は日々格闘し厳しい風雪にさらされて いる。たまには知人に愚痴を聞いてもらいながら、一人静かに酒を傾ける時間 は貴重なものです。抜群に運動ができるスポーツ選手、要領よく勉強して資格 を取り、日々の糧を得る公務員、IT 技術はじめとする卓越した技術者、腕のいい料理人、力自慢の猛者たち、(発覚するまでの)天才詐欺師。手に職をもってしたたかにまっとうに生きていくことは可能ではあります。太古の昔なら現代のような高度な形での競争は、確かになかったでしょう。

その代わり、食糧や水の確保、身の回りの仕事だけで大変でした。野生の動物との生存競争もあったに違いない。現代は自然との戦いという場面が縮小し、 人々は自らが築き上げた文化に絡みとられている時代ではないかしら。国同士のいざこざは言うに及ばず、現代社会ではそこかしこで人間同士の競争が待ち構えています。グローバルな労働市場はまぎれもなく競争だ。

様々な競争にある程度勝ち抜いた者たちだけが子孫を繁栄させるチャンスを手にすることができるとするならば、「荒野」で生存競争に明け暮れていた日々と現代はどれほど違うというのか。本稿では、科学の一つの視点から人類と文化との関係性に少しだけ触れてみようと思います。

■文化の起源

まず「文化」とはどういうものか、考えておかなくてはなりません。社会学の領域でも捉えどころがないとされる用語ですが、広辞苑には「文化とは、人 間が自然に手を加えて形成してきた成果のこと。衣食住をはじめ、技術・学問・ 芸術・道徳・宗教を含む」とあります。

ここでは、遺伝子と文化との相互関係を捉えようとする、生物学的視点を持 った人類学者や遺伝学の専門家にとっての「文化」に注目します。彼らにとっての「文化」とは、一人一人の行動様式に影響を与えるもので他者の模倣、他者からの教育、あるいは様々な様式の社会的教育を通じて獲得されるもの、とここでは捉えておきます(Laland et al., 2010)。

読書を通じて得た知見を実生活に役立てようとする時。あるいは、「ハリウッド俳優やスーパーモデル、好きな女優がどんな格好をしているのだろうか」と何気なくブログや動画、雑誌を見てついつい真似をしてみたくなる、なんて時はまさにこの定義通りの現象が起きているのでしょう。

「文化」の起源は何か。正確で詳細な記述は歴史学の教科書や文化人類学を含む社会科学の専門家に委ねます。一般には農耕文化が根付くことにより、狩猟採集に明け暮れていた日々から人々は解放されたと考えられています。安定した収穫を期するためには、暦を読み解いて耕作時期を決定することが重要でした。文字も発明されました。安定した食糧供給は人口の増大を促しました。

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図1 古代と現代の食糧生産拠点の分布
古代の農業・畜産の中心地はオレンジ色で、現代の拠点は薄黄色で示されている。 中国 (China) と北米 (Eastern US) を除いて、他の地域では古代と現代の食糧 拠点が近接していない (Diamond, 2002)。

例えば中華文明 (China)やメソポタミア文明(図1の Fertile Crescent/肥沃な三日月地帯)はかつて文明が栄えた地として認知されています。文明が栄えた地は農耕文化が栄えた一大食糧生産拠点に近接しています。安定した食糧供給を可能にした農耕文化は、文明の勃興に重要な役割を果たしていたことが推察されます。

一方で古代には拠点だった地域も衰退し、起源から離れた地域に新たな拠点が形成されているところも多い。北米 (Eastern US) や中国 (China) は比較的近接していますが、ドイツ・フランス含む西ヨーロッパ、今騒動が勃発している地域を含む東ヨーロッパ、南米のアルゼンチンなどは新しい拠点であり、農耕文化が地球規模で伝播した様子が可視化されています。

■人類進化と文化との関係性

人類の進化と文化との間には密接な関係があるのではないか、こうした見立てが 30 年以上にわたって文化人類学で一定以上の注目を浴び続けていました。この考え方を「遺伝子・文化共進化説」といいます。もう一つの主要な学説は「ニッチ構築理論」と呼ばれるものです。

「生物は、自ら環境を変化させる。その変化が、次の世代以降の進化に影響する(ニッチ構築―忘れられていた進化過程より引用)」と考えられています。たとえばビーバーが川を堰き止めてダムを作り、クモが糸を張りめぐらせて巣を作る場合、動物自身が作りだす特殊な環境が「ニッチ」に相当します。ヒトが都市を築きあげ人工的な環境の中で生活することも「ニッチ構築」として捉えることができるのかもしれません。

遺伝子と文化との関係性は、文化人類学のような社会学的なアプローチからだけでは十分に理解することは困難です。現在では現代人や古代人のゲノム解析や、新たな数学的モデルの構築を通じて多面的に捉えようとする、学際的な研究分野として位置付けられているようです。

たしかに文献を調べてみると、文化と遺伝子との関係性を示唆する報告が多数ありました。しかしながら、文化との関連性が確証できるほどの遺伝子数となると少数になります。まずは、そのほんの一部を紹介しましょう。

具体例①-食文化とアミラーゼ遺伝子のコピー数との関係

ヒトは遺伝子を通常 2 コピーずつ持ちますが、ゲノム中に含まれるコピー数に個人差のある遺伝子が存在します。この現象はコピー数多型 (copy number variations/CNVs) と呼ばれています。

ある研究グループはコピー数に個人差があることが知られていた、唾液腺から分泌されるアミラーゼをコードする遺伝子salivary amylase gene (AMY1) に注目しました。彼らはまず、コピー数が多いほど分泌されるアミラーゼの量が多くなることを示しました。そして、穀物摂取が多い(デンプン消費量が多い)食文化に属する集団には AMY1 のコピー数を平均より多く持っている人々の割合が高いことを示していました (図2 Perry et al., 2007)。

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図2 食文化と AMY1 コピー数の関係
横軸は予測された AMY1 のコピー数を示す。縦軸は各集団における割合を示す。 グレーで高デンプン食集団(133 人)を、赤色で低デンプン食集団(93 人)を示す。 高デンプン食集団に属す人々は、デンプンを多く含む伝統的な食事をとるのに対し て、低デンプン食集団に属す人々はほとんどデンプンを摂取しない (Perry et al., 2007)。

デンプン消費量の多い食文化に属した場合(日本も含む)、AMY1 のコピー数が多いほど生存に有利であったため、コピー数の多い人々が集団内で広がっていったのだろう(正の自然選択/positive selection)と、この研究グループは見立てています。

具体例②-成人のラクトース不耐性

一部の地域を除いて、過半数の人類は成人するとラクトースの消化効率が低下してしまいます。一般的な日本人がラクトースを過剰摂取してしまうと、消化できる限界を超えてしまい、下痢症状を発症することでしょう。このようなヒトはラクトース不耐性に分類されます。チーズやヨーグルトのような発酵した乳製品はラクトース含有率が低くなり、消化不良を起こすことはないでしょう。

一方、ヨーロッパの一部(北欧)やアフリカに住む集団では、ラクトース耐性の割合が高くなることが知られています(図3参照)。そして、ラクトース耐性の原因となるゲノム上の変異が複数同定されています。その一つは C-13910>T という変異で、ラクターゼ遺伝子の転写開始点より 13.9 kb 上流の、お隣の遺伝子 MCM6 のイントロンに位置しています(ラクターゼタンパク質をコードする遺伝子の配列自体は同じです)。

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図3 ラクトース耐性を示す人々の分布
集団内で 13910*T の変異を持つ人々の割合から推定された、ラクトース耐性を示 す人々の分布を表わす。色が黒いほど耐性を持つ人々の割合が高い地域であることを示す。調査データは 12 歳以上に限定して集計されている (Ingram et al., 2009)。

その他の例

枚挙に暇がないのですが、たとえば農作物の消費量増加という食環境の変化と解毒作用をもつシトクローム p450 遺伝子との関連性が報告されています。ヒトの脳のサイズコントロールに関わる遺伝子や言語獲得に重要な FOXP2 などは文化との関係性が深いのではないかと考えられている遺伝子です。

■文化の中でヒトは生きていく

文化にも色々あり、何世代にもわたる長期的なものから数年ほどの短期流行的なものまで、多岐にわたります。影響が短期的であれば、遺伝子の選択に影響を与えるには至らないでしょう。ニッポンの人々にとってすれば、これからも炭水化物は主食であり続けるでしょう。

一方で男女のスタイルの好みなどは人それぞれであり、どのようなタイプの人間が時代に要請されるかは時事刻々と変わり続けるので、一定の方向へ進化を促すような圧力を受けない形質は多いのではないでしょうか。この文化の移ろい易さは研究者達にとっても悩みどころのようですが。注目するヒト遺伝子のアリルが、本当に文化の影響を受けて選択されて残ったのかどうか、判別するのは大変困難なことなのです。

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図4 海底ケーブル(KDDI のグローバルネットワーク)マップ
日本―北米、北米―ヨーロッパだけでなく、大陸の海岸をなぞるように海底ケー ブルが敷節されている様子が描かれている。
(http://www.kddi.com.sg/images/global_network_map.pdfより引用)

一方でグローバルな世界に生きる現代人は、世界中で起こる出来事や流行に日々さらされています。例えば世界中に張り巡らされた通信ケーブルのマップを見てみると(図4参照)、「グローバル」なネットワークの一部が可視化され実感できるのではないでしょうか。地域毎の特色のある伝統や宗教、習慣は存続する一方で、現代はファッションや政治思想といった共通性のある価値観が無線、有線を通じて世界中に瞬く間に広がり、人々の生活様式に影響を与える時代になっているのです。

古代の時代に繁栄した一大食糧供給拠点から現存する拠点が開発されるまでにかかった時間は数世紀にまたがるものもあったでしょう。また、点在する古代の拠点は各地で独立して勃興したものであり、相互がノウハウを共有して開発されたわけではありませんでした(図1参照)。現代では先進国で開発された技術が新興国の手に渡り、模倣されて価格競争力の争いが頻発しています。このこともケーブルマップを見てみれば、頷かざるをえません。

本当にヒトは自ら産み出した文化に選択されているのだろうか。この問いに対する完全な答えを用意することは難しい。文化との相互作用の痕跡が見られる遺伝子もあれば、そうではない遺伝子もあるでしょう。既に報告されている膨大な研究成果の中を探索して、今後掘り出し物を皆様にご提供できればなぁと思っております。

【文献】

Ingram, C.J., Mulcare, C.A., Itan, Y., Thomas, M.G., and Swallow, D.M. (2009). Lactose digestion and the evolutionary genetics of lactase persistence. Hum Genet 124, 579-591.

Laland, K.N., Odling-Smee, J., and Myles, S. (2010). How culture shaped the human genome: bringing genetics and the human sciences together. Nat Rev Genet 11, 137-148.

Perry, G.H., Dominy, N.J., Claw, K.G., Lee, A.S., Fiegler, H., Redon, R., Werner, J., Villanea, F.A., Mountain, J.L., Misra, R., et al. (2007). Diet and the evolution of human amylase gene copy number variation. Nat Genet 39, 1256-1260.