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「足るを知り、やり直せる社会にしよう」池上彰さんに聞く「未来のつくりかた」

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IKEGAMI AKIRA
池上彰さん(左)とダライ・ラマ14世 | 飛鳥新社
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「アベノミクス」が流行語になった。経済活性化を公約に掲げて前の年に政権が替わった。景気回復のために原発再稼働、東京五輪の経済効果……でもちょっと待ってほしい。私たちは経済よりも、もっと大事な「心」を取り戻すべきじゃないのか。ダライ・ラマ14世と対談して、経済成長最優先の社会を一度見直そうと唱える池上彰さんに聞いた。

(文中の引用はすべて池上彰、ダライ・ラマ法王14世著「これからの日本、経済より大切なこと」飛鳥新社刊より)

――2014年、日本人が「来るべき数十年を視野に入れ」て行動するために、まず取らなければいけないことは何でしょうか?

池上:「豊かさ」とは何かを改めて考えることです。GDPが増えたからといって、イコール豊かさの向上ではないからです。日本ならではの「豊かさ」を国家として考えることでしょう。

――「これからの日本、経済より大切なこと」、つまり幸福の追求について本を書こうと思ったのは、なぜですか。

池上:バブルがはじけ、「失われた20年」と呼ばれるほど経済の停滞が続く中で、多くの人が目標を失っているように思えます。アベノミクスによって経済が動き出していますが、経済さえ回復すればいいのか、という問題意識を持っていました。そこで、ダライ・ラマ法王に話を聞きたいと思ったのです。

――ご著書の中で、ダライ・ラマ14世は「経済システムのひずみ」について述べています。「お金のおかげで私たちはすっかり弱い存在になってしまった」と。日本の現状に置き換えて具体的に言うと、どんなことでしょうか?

池上:すべて金に振り回されていることでしょう。「カネでは買えないものがある」ということを忘れがちになっています。日経平均株価が上昇すれば全てが解決するかのような安易な考えが蔓延しているのではないでしょうか。

――インターネットやソーシャルメディアが発達して、スマートフォンも新しい機種が次々に売り出されています。私たちの生活はものすごい勢いで進歩を遂げて、一昔前とは比べものにならないくらい便利になりましたが、それで豊かになったかと言われると別問題です。次々に新しい機種を買うので、お金はどんどん出ていきますし、一方で時間の余裕や心のゆとりなどが急速に失われているようにも思えます。この満たされなさは、どこから来るのでしょうか。

池上:人間の欲望は果てしないものがあります。欲しいものを買っても、また欲しいものが出てきます。なまじ欲しいものが手に入ると、さらに欲しいものが生まれてしまいます。だから資本主義経済が成り立っているのです。でも、これでは際限がありません。欲しいものが次々と手に入ってしまうからこそ、「満たされなさ」が生まれるのでしょう。思い出してほしい言葉、それは「足るを知る」です。欲しいものが何でも手に入るわけではないことを自覚すれば、「満たされなさ」も軽減するのではないでしょうか。

――ご著書の中で、ダライ・ラマ14世が「物質的な価値」と「内なる価値」について述べておられます。物質的な価値の追求を6割ぐらいに抑えて、という提案は、日本人にとって勇気の要ることではないでしょうか。

池上:いえ、私は意外感を持って受け止めました。「物質的な価値」など考えるのはやめなさいと言われるかと思っていたら、それを6割程度にして、4割は「内なる価値」を考えればいいというのは、実に現実的な提案だと思います。この程度なら実践できると考えることのできる人は多いのではないでしょうか。

――豊かな時代に生まれ育った我々の世代は、いろいろなことが停滞している今、めまぐるしく発展していた時代がうらやましく感じてしまうこともあります。

池上:やむを得ないことですよね。でも、停滞と見るか、成熟と見るかです。ヨーロッパ諸国の、あの落ち着きは、停滞とも見えますが、成熟でもあるのです。

――自動車や家電製品が世界一であることが子どもの頃から当たり前だったので、ほかの国々が猛烈に追い上げてくると、誇りを傷つけられたような気になってしまう気持ちになることもあります。「誇り」はどうすれば取り戻せますか?

池上:「誇り」は優れた商品やGDPの大きさによって生まれるものではありません。「世界のお手本」の国になることが誇りです。「世界にいい影響を与えている国」アンケートで、日本はいつもトップクラス。十分誇りを持っていいのです。

――でも不況は慢性化しています。日々の暮らしも苦しい人々が増えています。経済成長を追い求めて、もう一度、景気のよい世の中にしようという考え方は間違っていないと思うのですが。

池上:一般的にはその通りです。経済が発展しないと、日々の暮らしが改善しないことも事実です。ただ、「発展すれば幸せになる」わけでもないのです。

――日本でこれだけ格差が広がってしまった原因は何でしょう。是正するには、どうすればいいのでしょう。

池上:数字の上で格差が拡大してみえるのは、高齢化が進んだからです。高齢化が進むと、同じ世代の中で格差が拡大してしまいます。
その一方で、正社員と非正規社員の給与格差は厳然としています。グローバルな規模で戦う企業は、コスト切り下げに必死になり、非正規雇用が拡大します。格差拡大を無理に止めることは現実的ではありません。セーフティーネットの整備、やり直せる社会の建設が必要だと思います。

ダライ・ラマ14世は「足ることを知る」ことの大切さを説いている。

ダライ・ラマ14世:おおよそ普通の生活で必要のない巨額の金を動かし、財産を少しでも増やそうと目の色を変えている。その背景には、お金があれば欲望は何でも満たされる、より深い幸福感が待っている、そんな呪縛があるのです。

経済を「人間らしく」することこそ重要だ、と私は思います。だからこそ、世界全体と来るべき数十年を視野に入れて考えようではありませんか。(12ページ)

チベット仏教の姿勢は、足ることを知る、つまり一種の満足です。(中略)人類が抱えているさまざまな問題をあらゆる次元で解決するためには、経済的な発展と精神的な成長を結びつけ調和させなければならないというのが、私の強く信ずるところです。(88-89ページ)

池上さんは「格差」については北欧型社会への転換の可能性を示唆する一方、日本の良さを再認識し「おかしな方向に引っ張っていこうという動きにまんまと乗せられない」よう訴えている。

池上:頑張れば豊かになれるというインセンティブ(やる気)を維持しつつ、格差を縮めていくということは、結局、所得の再分配の仕組みをいかに整えるかにかかっています。長い目でみると、日本も北欧型の資本主義に近づいていく可能性がありますが、その北欧諸国も今なお試行錯誤しています。

まだ完璧な仕組みをつくった国はありません。しかし、消費税率アップはダメ、年金引き下げはダメ、定年引き上げもダメといった状態をいつまでも続けられないことだけは確かです。(59-60ページ)

日本は着実によくなっています。生活水準は上がっていますし、治安もよくなっています。海外に行くたびに、日本はいい国だと思います。誇りを傷つけられたり、自信を失ったりするのは、歴史や現状を正しく知らないからではないでしょうか。そして、他国の人たちの誇りを傷つけ、反日感情に火をつけてしまう原因は、日本の姿が正しく伝えられていないことにもあるはずです。

(中略)

本当に戦争になったとしたら、真っ先にひどい目にあうのは、政治家ではなく一般人です。おかしな方向に世の中を引っ張っていこうとする動きにまんまと乗せられないためには、まずは事実を正しく知る力を、そして正しく伝える力を、自分の中に培うことが必要だと思います。(153-155ページ)

池上彰、ダライ・ラマ法王14世著「これからの日本、経済より大切なこと」は、飛鳥新社より発売中

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