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オバマはどうなってしまったのか? 彼の公約を覚えているか?

2014年10月31日 23時28分 JST | 更新 2014年10月31日 23時28分 JST

私は最近、所要で北京とオークランド、それにローマに行ったが、その先々でこう聞かれた。「いったいバラク・オバマはどうなってしまったのだ?」と。

このことは本当に多くの疑問を生じさせる。つまり、あのさわやかで理想の高い男に何が起きたのか。アメリカでの彼の権力と人気に何が起きたのか。なぜ彼はかつて政治の舞台で主導権を握っていたのに、今はできないのか。何が原因で期待したほどの仕事ができないでいるのだろうか。

答えのいくつかは以下の通り。

中東。この地域への対応は、最初は彼の博識さを示すものだったが、今ではひいき目にみても混乱状態にある。9年も続くことになったイラクでの戦争を終結させるという公約を掲げて彼は大統領になったのだった。しかし、ウサーマ・ビン・ラーディンは死んだのに、代わってイスラム国がテロ戦争を続けている。そして、この理想を胸に抱いて受賞したノーベル平和賞の大統領は、シリア国内に爆弾の雨を降らせながら、地上部隊投入の要求だけは何とかはねのけている状態だ。

言葉が重要。オバマは弁護士として揚げ足を取られない言葉遣いをする十分な経験を持つはずだ。その彼があまりにあからさまな物言いを続け、自分で威信を損ねている。彼は全国民に対し、オバマケアは誰もが 「自分の医者を持つ」ことができると確約した。しかし、現実は違った。彼は、もしシリア大統領のバッシャール・アサドが 「最後の一線」 を越えて化学兵器の使用に踏み切れば、アメリカはこれに厳しく対処することになる、と宣言した。化学兵器は使われたが、アメリカは何もしなかった。オバマはエボラがアメリカにやって来ることなど 「まずありえない」 と言ったが、その二週間後、ダラスで最初の犠牲者が生まれた。

高すぎた期待。オバマの登場はケネディに通じるさわやかで若々しい楽天主義に満ちていた。アイビーリーグからの信任を勝ち得て、あたかもアメリカが自らの 「原罪」を克服したことを自明の理として知らしめた感があった。彼の人生が多民族性と国際性の勝利を物語っていたのだ。その男により戦争が終結に至り、イスラムとの友好関係がもたらされ、抑圧された人々が救われて、アメリカと世界の経済が活気を取り戻すはずだった。(もちろん彼は全力を尽くしたのだが) こうした期待に応えるのは不可能だった。彼にはできなかった。誰にだってできない相談だ。

インターネット。彼の登場はアメリカの標準に照らしても華々しかった。それを可能にした一つに、デジタルの力がある。彼こそホワイトハウスで初めての伝染性を持つ 「個人ブランド」 だ。しかし、FacebookやTwitter、Instagramの時代に、政治の世界はいっそう気が変わりやすいものになり、しかも細分化されてきた。6年前にオバマは、「中央集権化された」 メディアに新たな花道を作って燃え盛るように登場した。しかし、今では、デジタルの雑音が鳴り響く中で注目度を維持するのに苦戦している。インターネットは別のブランドを求めて新たなトレンドへと進んでしまったのだ。

経済。この分野の実績は、オバマに対する批判者や、さらには友人たちが考える以上に確固たる良いものとなっている。彼が冷静に実施した早期の救済資金の供給により、大きな破綻が避けられた。彼の 「景気刺激策」 はいくらかでも有効だった。彼のチームはアメリカの景気をその最大の競争相手 (そして協力相手) の中国に対しても優位な立場に導いた。オバマケアの導入はボロボロだったとはいえ、何百万人もの国民の助けとなり保険会社に必要な規制の網をかぶせた。

こうした成果を残して彼は2012年に再選を果たしたのに、その支持は失われている。なぜか?

それは、豊かになったのが金持ちだけで、中流の庶民が豊かさを享受していないからだ。生産性は上がったのに、給料は据え置かれたままだ。オバマがそう口にしたわけではないが、「私がいなければ、もっとひどいことになっていただろう」 。それはその通りだ。でも、そんな言葉を心地よく聞く人などいない。

ワシントン。オバマは政府の機能不全を無くすと公約した。しかし、実現していない。その原因は一つには、構造的なものだ。アメリカ大統領は、カリスマ性があるとはいえ、政党の党首でも総理大臣でもないし、もちろん王様などではない。この国を作った先人たちが権力を分散したのだが、今でも分散したままだ。

共和党員がオバマに対してますます手厳しくなってきた。新しい大統領の誕生後しばらくは 「ハネムーン」 の期間が続くものだ。でも彼がそうしなかった。2009年に大統領となってすぐに、共和党員は彼を政治的に終わらせる企みを進め、世間に向かって彼を一期で終わらせるとの誓いを立てた。

人種問題。オバマにとって人種問題は弱点となっているかどうか、そして、それはどの程度の問題なのか、といった議論をアメリカ人はよく行う。多くの人が認める彼の資質、彼がホワイトハウスの主となった初めてのアフリカ系アメリカ人だという事実のために、彼を危険人物視する人々も存在する。オバマの血筋が全く問題ではないという人はアメリカを知らない人だ。また、人種問題がすべてだなどという人も、アメリカを知らない。

能力。オバマは政権運営にハリケーン・カトリーナのような劇的な大破綻が起こることはうまく避けてきたし、彼の在職中に買収や汚職などの大問題も起こっていない。しかし、こうした日々の安全な運営は話の本質ではない。彼の全面的な新医療法案の公表は大混乱を引き起こしたし、国境の安全管理は徹底せず、エボラに対する最初の対応は出遅れて、地味なものだった。どこに飛び火するかわからないエボラの脅威が彼の残り2年の任期の中心課題となる恐れさえある。

オバマ自身の問題。オバマは公衆の面前では自身に満ち溢れた態度を見せるが、気配りや用心深い一面も併せ持つ。単純よりは複雑のほうがお好みだ。その半生は才能に溢れ人並み外れた業績を上げてきたので、愛されたというほどではなくても、常に人々の尊敬を勝ち得てきた。人に心地よく感じてもらうのが好きで、あえて争いを求めない。力づくの争いからではなく、自身の魅力とタイミングの良さでグリースポール(油を塗った棒)をつかみ、今の地位まで上り詰めたのだ。

思慮深く穏やかで希望に溢れた性格は、選挙で有利に働いた。でも、それゆえ、議会を軽視することになり、もともと愉快とは言えない政治的な現実を軽蔑するようになった。シカゴ時代からの取り巻きや2008年の選挙戦を戦ったチームをそのまま登用し、いまだにその繭(まゆ)に囲まれたまま出てこれない。ワシントンで作った友人は数少ないが、そうした事柄を辛らつに批判してくれる人々にも恵まれていない。そして本人は、それを気にも留めていない。

しかし、世界は今日、攻囲戦の真っただ中にある。残忍性をもって相手を打倒しなければならないような事態は容易に起こるのだ。大統領としての残り2年の任期は、彼のリーダーとしての資質がこれまで以上に厳しく問われるだろう。アメリカはもはやかつてのようには世界をリードできないのだが、その役割だけはいまだに両肩に負わされていてこれを避けることはできない。「オバマに何が起こったか」 とその過去を問い直すことは、たった今、彼の周りで起こっていることに比べれば、はるかに小さな問題なのだ。

Obama's Fist Bumps

この記事はハフポストUS版に掲載されたものを翻訳しました。

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